決闘は終わったものの
ロイという男は一見すると弱々しい優男だ。軽装になり腕をまくると余計にそう感じる。中性的な顔立ちに、腕や足が細く、長い。俺の方がそれで言ったら、筋肉はついているように感じる。
しかし、それは間違いだ。俺はこの世界に転生して、ロイには剣術でも腕相撲でも一度も勝ったことがないのだから―――。
四角く作られた決闘場、その中央にロイが歩いていく、その向かいからグログも歩いてくる。そして、中央でお互いの歩みは止まる。手に持った木剣を胸の中央に構え、綺麗に通る声でロイが宣誓する。
「灰猫の騎士団。団長、ロイ=シュナイド。我が先祖から受け継ぐ騎士の誇りに誓う。わが剣は人々の平和、笑顔のために振るわれんことを」
これが、騎士の名乗りと言うものらしい。悔しいが、ここまで絵になる行動を取られると、何やら感動を覚える。ちなみに、グログとスネイルの表情を見ると、小馬鹿にしたような表情。おそらく、こいつら芸術品を見てもこんな表情をするんだろうな。少し、間をおいてグログがしゃべりだす。
「緑蛇の騎士団。特攻隊長、グログ=ロックス。……し」
以前ロイに教わった決闘の方法では、相手の名乗りが終わった瞬間に勝負が開始される。タイミングが計れる、後の方が有利というわけだ。でも、騎士は先に名乗りを上げるのが誇り高い行動という考えもあるとか。とにかく、どもっているグログの宣誓を待つ。しかし――。
「し……死ねぇぇ!!」
グログが胸に構えた木剣をまっすぐにロイの頭めがけ振り下ろす。その行動を目にして俺の口からは自然に罵倒が飛ぶ。
「おい!宣誓がまだだろうが!何やってやがる」
後ろからは、同様にブーイングが飛ぶ。
「言いがかりです。宣誓は名前を言い終わることが最低条件。勝手に終わっていないと判断した方に問題がある」
スネイルは涼しい顔でとんでもない言い訳。汚いなぜか騎士なのに汚い。自然にこちらにも熱が入る。
「なんだ?場外乱闘がお好みなのか?そうなら―――」
「やめろ。何を騒いでいる?」
頭に血が上った俺の声をロイの澄んだ声が制止した。改めてロイを見ると、グログの木剣を足で踏みつけ。涼しい表情、おそらく紙一重で攻撃を避け、空振りした木剣を足で踏みつけたのだ。グログの行動に怒り、一瞬ロイのことが目線から離れたが、ロイにとってはあんなもの奇襲に入らなかっただろう、あるいは剣速が遅すぎたのか。
ロイはその状態から、自分の木剣をグログの頭に向かって振り下ろす。
「ひっ!?」
グログの頭、数センチのところで木剣は止まっている。寸止めという奴だ
「始まっていたとはな、失礼した。仕切り直しといこうか」
ロイはそういうと踏みつけていた足を離し、数歩下がる。そして両手で木剣を構えなおす。その行動に、怒りを爆発させたのは、他ならぬグログとスネイルだ。
「グログ!!」
「舐めやがって!!」
スネイルとグログが同時に吠える。グログの猛攻、通常より太い木剣を滅多打ちにする。
「うぉぉぉぉぉ」
パワーとスピードは並ではないだろう。
「荒いな……」
しかし、ロイはそのすべてを卓越した剣術でさばいていく。
「ぐっ、うおぉ…」
そして、グログの息が上がってきたとき。次の瞬間、ロイは一気に攻撃に転ずる。
「何ぃ!?」
グログの木剣はあっけなくグログの手からはじかれ、流れるようにグログの全身に連撃が加えられる。
「ゲハッ!」
グログは泡を吹いて倒れこんだ。その様は、ゲコゲコと泡を吹くカエルそのものだった。ロイは気絶したグログを横目に、木剣をスネイルに向ける。
「勝負はあった、負けを認めてもらいたい。それとも、団長として弔い決闘をするか?」
スネイルは、悔しそうに答えた。
「いいえ。この酒場に二度と我が騎士団は入店しないことを誓いましょう。……もともと、品のない店で我々には相応しくなかった」
その瞬間、酒場中が勝利の喝采で包まれる。俺の横、後ろから喜びの声が聞こえる。
「皆さん!宿に戻ります!誰かグログを運びなさい!」
スネイルの号令で何名かの男がグログに近づいていく。しかし、運ぶ必要は無かった。タフさだけはあるのか、グログはぼんやりとした表情で意識を取り戻した。そして、周囲をキョロキョロと確認する。ぼんやりした表情は火が付いたみたいに憤怒の表情になる。
「ぐわぁぁぁ!!」
グログは突然、叫んだかと思うと偶然転がってきたコップを掴みそれをロイに向かって投げつける。
「……ふん」
ロイは、顔をわずかに動かし。そのコップを避ける。そして―――。
ヒュー。ゴン!
「ぐわぁ。い、いてぇ……」
コップは俺の額に直撃した。
本来なら、可愛い店員(アリカ以外)が心配してくれるところだろうが、周りの人々は全員ロイを称えるので一生懸命で俺のことなど眼中になかった。しかし、それもしょうがない。俺も痛みなんか忘れてロイの肩を叩こうとしていたのだから。
ふと、帰ろうとする。スネイルと眼が合った。
寒気、それほどに冷酷な眼。---しかし、負け犬ならぬ負け蛇。俺はロイの頭を叩く作業に戻るのだった。