決闘をすることになったものの
酒場での事件から一週間後、俺とロイは町の街道を歩いていた。今日は午前中に馬の世話をして、依頼主の代理で役所に書類を持って行った。これから、午後の仕事の前にどこかで昼食でとろうと相談していたところだった。
「なんか、最近忙しいな。単純労働以外の仕事も増えてるし」
最初の頃はひたすら農作業だったり、荷物を運ぶ仕事が多かったのが最近はバリエーションが増えてきた気がする。
「それは、ヒルサキの力だよ。本来は、男性二名でできる仕事はたくさんあった。最初は、訳ありの移民ということで断られていたこともあったが、最近はそういうこともなくなった。それなりに顔も知れたし」
「ほう、それはそれは。町の皆さんに俺の才能が知れちゃったかな」
「それに先週の、あれもあったし」
「先週?」
「ほら、豚のしっぽでのあの行動が良かった」
本来なら、忘れたい出来事だがそれが評価にされているのなら話は別だった。
「何?女の子のために体を張った二枚目として?」
「いや、騎士なのに一発でノビた三枚目としてだが……。しかし、助けようとしたのは本当だし、警戒するような人間ではないと思われたようだ」
「それさ、馬鹿にされてない?」
「安心しろ、悪い印象じゃないさ。と、せっかく話題にも出たし、食事はここにしないか?」
気が付けば、豚のしっぽの前に来ていた。ふと、あの時食べた食事を思い出した。確かにまた食べたい味だった。
「そうだな……」
同時に、暴力店員に殴られたことを思い出す。できることなら二度と会いたくない。
「いや、まだ町の飯屋はたくさんあるだろ?今日は他のところに連れてってくれよ」
とりあえず、しばらくはここに来るのは控えたい。俺の噂が無くなった時にまた来たいものだ。
「そうか、じゃあ近くのパン屋にでも行くか」
そう言って、ロイが店の前を離れようとする。俺もそれに続くが俺たちを呼び止める声があった。
「おーい!灰猫の!いいところに」
店から出てきたのは先週のゴツイおっさんだった。この人が店の主人でアリカの父親らしい。
「どうかしましたか?」
ロイが尋ねる。
「いや、ちょっと相談があるんだが……」
周囲をキョロキョロと伺っている。どうやら、他の人には聞かれたくない話らしい。
「よければ、店の中で伺いますよ。ちょうど、食事をする場所を探していたので」
ロイはそう言うと、おっさんと一緒に店の中に入ってしまった。
「ちょ、ちょっと待てよ」
俺は焦りつつも続いて店に入った。
店の中は、夜とは違った雰囲気だった。明るく賑わっている店内を俺とロイは店主に続いて、店の奥まで案内される。そこは個室のようで、テーブルと椅子が用意されていた。席に着くと溜息をつきながら店主は話を始めた。
「相談というのはな。この前の緑蛇騎士団の連中の件だ」
「あいつらが何か?まさか、店に嫌がらせを?」
「まぁ、そんなところだ」
逆恨みして、嫌がらせとは、何ともケチな連中だ。でも、そんなことをすればこのオヤジさんや看板娘のアリカが黙っていないと思うのだが。
「やり口がね、巧妙なんだよ。特に団長のスネイルとかいう奴はなんというか、掴みどころのないやつでな」
「あぁ、緑蛇騎士団だけにね。蛇だけに」
「……」
「……」
空気を和やかにしようとした。俺の冗談は見事にスルーされた。
先週の一件の次の日、緑蛇の連中は謝罪に来たそうだった。団長はスネイルと名乗り、部下の非礼を詫び今後もこの店を利用したいと伝えたそうだ。オヤジさんも謝罪を受け入れた。しかし、その日から、毎日のように店に来ては嫌がらせと思われることをしているとのことだった。思われるというのは、証拠が無かったり、その嫌がらせが巧妙だからだという。
例えば、ある日店員を呼びこんなことを言い出したと言う。
「すみません。店員さん」
「はい、なんでしょう?」
「ちょっと、いいですか?」
そう言うと、店の奥に一緒に行き、スープの入った皿を見せる。ほとんどなくなった皿にはハエのような虫が浮いている。
「いや、スープに虫が入っていまして」
「そ、そんなはずは……」
掃除は毎日しているし、持っていくときにチェックもする。そんなこと、あるはずもない。店員は必死に弁解する。
「実際に入ってますよ?」
その男は、怒った様子はなく笑顔で話し出すという。
「いや、わかっています。窓だって開いているし、お客が服につけてきたかもしれません。別にお店を責めたいわけじゃないんですよ。ただ、これもう食べられませんよね?」
「は、はい……。そちらのスープの代金はいただきません」
「実は、同じものを団員全員が頼んでいるんですよ」
「そ、それは……」
「だって、同じ鍋で作っているんですよね?もしかしたら、鍋に入っていたかもしれません。しっかりと作っているというが、人間誰でもミスはあります。それとも、このお店の方は見間違いや手違いをしたことが一度もないのですか?」
このようにネチネチと因縁をつけては、食事代を支払わなかったり、店の女の子にセクハラまがいのことをしてくるらしい。ちなみに、アリカと主人が対応するときは特に問題をおこさないという。
「だったら、はっきりと入店を断ればいいじゃん」
店側にも迷惑な客を、締め出す権利はあるだろう。しかし、オヤジさんは否定する。
「いや、それには明確な理由がなきゃあかん。それにあの男は、言いやがった。城下町の司法官に知り合いがいる。不当な権利を行使するなら覚悟しろとな……。ずっと、この町で休まず商売を続けてきたんだ、話が大きくなれば町を出なきゃいけん」
なるほど、確かに無銭飲食ではなく店側が認めているので犯罪ではないし、困っているのも店だけ。バックには偉い人がいるから、うかつに手を出せないということか。
「でも、俺らにできることあるのか?」
俺たちは今のところ馬小屋の掃除や子守、小間使いくらいしかしていないのだが。
「あぁ、できるだろ。俺はガキの頃見てたんだよ。あんたのお爺さんがこんな風に困った店を助ける姿を。礼ははずむ、助けてくれ」
オヤジさんが頭を下げる。ふと、ロイのほうを見ると、その目は今までにない輝きを見せていた。
それで、その日の夜。俺とロイは、一緒に豚のしっぽまで来ていた。道中ロイに話を聞いたが、このようなケースは昔は多かったそうで、対応方法はいくらでもあるとのことだった。店に近づいていくにつれ緊張しているのかロイはドンドン無口になっていった。
とりあえず、緑蛇の奴らが来る時間の前に店に到着した。店に入ると、意外というか出迎えたのはアリカだった。
「ロイさん、なんか悪いわね。こんなことになっちゃって」
「いや、いいんだよ。どうせ、この時間はつまんない稽古してるはずだし」
俺は、集中しているのかムスッとして無口なロイの代わりに答える。
「……ちっ」
おや、今のは何かな?口の中で舌を打つ音が聞こえたぞ。
「一番の奥の席を頼む」
「はいはい、一名様ごあんなーい」
そう言って、アリカは先に進む。あれぇ、二名だけどなぁ。あれかなアリカちゃんも緊張しているのかもしれないなぁ。テーブルに着くと、アリカが水を持ってきた
「まずは、お冷やをどうぞ。父さんから代金はもらうなって言われているから好きなものを頼んでね。注文が決まりましたら店員をお呼びください」
そして、ロイの前に置かれる、水……。
「あのー。お冷や足りないですよー。店員さーん」
アリカは聞こえないのか、すたすたとテーブルから離れていく。
「あのー。アリカさーん。アリカちゃーん」
そうして、店の奥に入ってしまった。
「ちっ。なんだよ。凶暴貧乳娘が」
小さな声でそうつぶやく。と、ドドドドドド、大地を揺らす音が聞こえたかと思うと。
「誰が貧乳じゃぁ!」
アリカが俺の脳天めがけて、お盆の一撃を振り下ろしてきた。
「ぎゃあ!」
とっさに両手で、お盆を抑える。真剣白刃どり、ならぬお盆どりになった。
「な、なんだよ!俺がなにしたっていうんだ!」
「何をとぼけるかぁ!」
さらに、アリカは体重をかけていく。次第に頭に近づいていくお盆。やばい、このままでは俺はお盆で二回倒れた男になってしまう。
「静かにしてくれ」
ロイの声でアリカの力がフッと抜ける。
「ぜぇぜぇ。た、助かった」
「ちっ。ロイさん、こんなやつ雇うのやめたら?失礼だし」
「最初はちゃんと礼儀正しくしただろうが!」
「弱いし」
「いやいや、弱くないから。どっかの、凶暴戦闘民族店員と比較したらどうかは分からんけどさ」
「なんか、女々しいし」
「まぁ、君は男らしいけどね。おもに体の一部が、ぬぉ!」
再び、アリカが俺の頭にお盆を振り下ろす。
「今日のところは、許してやってくれ」
「おーい!アリカぁ!こっち手伝え!」
ロイとオヤジさんの声でアリカはふんっ、と踵を返し行ってしまった。結局、お冷や他の店員さんが持ってきた。
「まったく、なんなんだよ……。一応助けようとしたのに。あの態度は」
そう、第一印象は悪くはないと思っていたがあの様子では随分嫌われたようだ。
「あぁ、それはな――」
ロイの説明だと、先週俺が気絶した後、このようなことがあったようだ。
「うそっ!この人灰猫の騎士団の人だったの?あちゃー、悪いことしちゃったな」
「まぁ、ちゃんと止めなかった僕も悪い。それにきっと酒を飲んでふらついていたんだろう。君のせいじゃないよ」
「がはは、でも面白い兄ちゃんじゃないか。こういうのがいると騎士団も面白くなるかもな」
店の端っこで、俺は寝かされ、ロイとアリカ、心配した常連などが介抱してくれたらしい。
「う、うぅぅ」
「おっ、起きたか?大丈夫か」
「ごめんなさいね。わかりますか?」
「い……」
「い?」
「いた……」
「痛いのか?頭か?」
「血は出てないけど……、私氷でも持ってきま―――」
「板が襲ってくる……」
その瞬間、ロイは時間が凍り付いたように感じたという。
「板が……。凶暴なまな板が……。」ガクッ。
そう言い残し倒れる俺。そして、その場にいたロイ以外の客と店員は妙にツボに入ってしまい、笑い出したとのこと。そして、アリカはその笑った人間全員を血祭りにあげた。
「おそらく、体型のことを言われるのが嫌だったのだろうな。いや、一応弁解はしたんだ。お盆と伝票を挟む板のことを言っているとな。でも、ダメだった……。一番笑っていたおじさん、最近見ていないな……」
「何その話、聞いてない」
「言ってない」
「言えよ!大体、今日も俺が危ない目にあっているのにお前は―――」
「その話は今度だ。お客さんが来たようだ」
ロイの視線の先には十名ほどの団体が入ってきたところだった。その全員が緑の蛇をあしらった肩当をしていた。
ロイは立ち上がると、足早にその団体に向かっていく。俺も後に続く。
どうやら、店に入ろうとしているのを店員が止めているようだった。店員と話をしているのは、長身の男。慇懃な態度で店員に話しかけているこの男がおそらく団長のスネイルだろう。
ロイは店員の肩を叩き、交代すると告げる。店員はほっとした表情で少し、離れた位置で様子を見守る。気が付けば店の店員、お客さん、店の奥から顔を出しているオヤジさんとアリカ、店にいるもの全員がロイとスネイルに注目した。
「あなたは?」
スネイルの声はなんともネットリした声だった。口調は穏やかで礼儀正しく感じるが、こちらを小馬鹿にしているようにも感じる。
「灰猫の騎士団。騎士団長、ロイ=シュナイド。あなたは緑蛇の騎士団長どのとお見受けするが?」
「いかにも、緑蛇騎士団。騎士団長、スネイル=ネイルと申します。以後、お見知りおきを」
そういって、スネイルは頭を下げる。俺は、顔を下げる瞬間、スネイルの目が鋭くなったことに気が付いた。しかし、顔を上げた時にはその鋭さはなくなっている。
「しかし、騎士団の方が我々になんの御用でしょうか?我々は一日の最後に楽しく食事をしようと思っただけなのですが」
「その件だが、この酒場の使用に関して、主人より申し出があった」
「申し出?」
そう言うとスネイルは視線をロイから離す。気が付くとオヤジさんとアリカが近くまで来ていた。
「ご主人どういうことですかな?もし、こちらの自由に食事をする権利が侵害されているのであれば。正義のために行動をすることになりますが」
スネイルの言葉にアリカが瞬時に反応した。
「あんた!どの口で!」
「ば、馬鹿!やめろって」
俺は急いで、アリカを抑えた。事前にロイから邪魔はされないように言われていたからだ。
「ちょ!ちょっと!どこ触ってんのよ!」
「は?腹だろ!凹凸がないし!なんか固いし!」
「んだとぉ!」
なぜか、あちらが話し合いという大人な交渉をしているのに、こっちは子供のケンカみたいだ。とりあえず俺はアリカを自分の後ろに回してロイの方を向いた。オヤジさんが話を始める。
「いや、別に緑蛇の騎士団の方々がどうだっていうんじゃないんですよ。おっしゃる通り、この店はただの酒場だ。服装や身分は関係なく食事と酒を楽しんでもらうところですからね」
オヤジさんは、営業スマイルでスネイルに話しかける。
「そうでしょうな。我々は何もルールを犯してはいないわけですから」
スネイルも笑顔で答える。この二人、腹の中は絶対に笑っていない。
「ただね、この酒場も昔、色々あったんでね。大きなトラブルは避けなきゃいけないんですよ」
「と、言うと?」
ロイが前に出る。
「騎士法の中に酒場の利用に関していくつか決まりがあることは知っているな?」
騎士法というのは、騎士同士や騎士と町のトラブルを避けるために定められたものだ。暗記しろと本を渡されたがまだ一切読んではいない。
「酒場の利用に関してですか?そうですね……」
「酒場を複数の騎士団が利用する場合―――」
「店側や町長が利用によって騎士団同士の抗争に発展しそうになると感じたとき。一部の騎士団の入店を拒否することができる。でしたっけ?」
ロイの言葉をさえぎって、スネイルはその法律をすらすらと述べた。嫌味な奴だ。しかし、ロイは気にしていない様子で話を続けた。
「店側は、今回我が灰猫騎士団と緑蛇騎士団の関係性を心配されている。残念なことだが、以前酒場で酔った騎士同士のケンカから騎士団同士の潰し合いに発展したこともあった。主人の気持ちは当然だと思われる」
「随分、古い事例を出される。そんなものは、大戦後の混乱期の話で現代には全くもって適さない」
スネイルの発言を。
「しかし、法は法だ。それに迷惑で卑怯な客の入店を断ることには適している」
ロイが一刀両断する。
「騎士とは町の治安を守り、誇りと法を守るものだ」
スネイルの表情が一変した。眼を見開いたその眼光はやはり狡猾な蛇を思い浮かべる。
「ふん、綺麗ごとがお好きなようだ。しかしこの法は対等な騎士団の間でのみ、成立する。三十名の団員数である我が団と。わずか二名の貴様らとでは成立は認められない」
「いや、これを見ろ」
ロイはそう言うと、羊皮紙を掲げる。この世界は、紙も流通しているが正式な文章などの書類は羊皮紙を使用することになっている。
「馬鹿な……」
「我が灰猫騎士団は確かに人数が少ない。しかし、この町での歴史と実績がある。王室で我が騎士団の“格”は認められている。そう、どの騎士団でも我が灰猫の騎士団の名において、この町での無法は許されない」
羊皮紙から顔を上げたスネイルは悔しそうに顔をゆがませる。
「……それで、方法は?」
「方法?」
「とぼけるな!酒場を利用できる騎士団は公平な手段で決めることになる。くじ引きなどの運の勝負。投票などの民主的多数決。あとは―――」
「決闘」
ロイが言い放ち、スネイルが驚きの表情を見せる。
「代表一名ずつの決闘だ」
「ふ、ふははは。いいのですか?騎士団長どの?くじ引きなどのほうがいいのでは?」
「あぁ、くじ引きなど論外だし、投票もそんなことで町の皆を巻き込むのは騎士の恥だ」
負けるわけないと思ったのか、元気な声でスネイルは言い放つ。
「それも代表者を選出するのですね?そちらの代表は?」
まさか、うちのヒルサキ・ハヤトだ。とか言わないよな。
「もちろん、私だ。そちらは」
とりあえず、灰猫の騎士団は団長のロイが出ることになった。そうなると、緑蛇はスネイルが出るのか?
「こちらは、彼がお相手します。グログ、入りなさい」
そう言われて入ってきたのは、身長が俺やロイの頭二個分くらい大きな男だった。顔は蛇というよりはカエルに似ていた。
「なんすか?団長?」
「決闘ですよ。楽しいですね」
大男に圧倒される俺たちを横目に、スネイルは微笑んだ。
この場合は、店の中で決闘するのが通常とのことで、店員とお客さんが椅子とテーブルをずらして四角いリングのようなものを作った。
スネイルは笑顔で、グログと呼んだ大男に話しかける。
「グヘへ。まさか、町に来てこんなに早く暴れる機会があるとは思いませんでしたよ」
「そうですね。いや、団長同士で決闘という条件じゃなくて良かったですよ」
そうか、そういうことなら、代表じゃなくて団長が戦うことにすりゃ良かったのに、ロイの奴はうっかりしたのだろうか。
「わざとだ、気にしないでいい」
ロイは腰の木刀の握りを確認しながら、つぶやいた。
「一番強いやつを倒してこその、騎士の決闘だ」
俺がこの世界で初めて目にする。騎士同士の戦いが始まろうとしていた。