【終幕の物語】ロイとヒルサキ その1
私がその男に出会ったのは、町の職業斡旋所だった。
すべてを失ったと思って、でも騎士団自体はまだ失っていないと思い立ち、求人を出した。そもそも、今までは求人なんて出す必要は無かった。騎士団に欠員が出たと聞けば、町の腕自慢の若者が騎士団の末席に座ろうと列を作った。しかし、それは過去の話だった。私にできたのは、仲間を求めて求人票を出すことと、自分一人でできる仕事を探して町を歩くことだった。
その男は、移民だという。それも記憶を失ったと言っており、この世界の基本的な常識も知っているか不明とのこと。斡旋所の職員からその情報を聞いて、私は形式的な面接だけして、断ろうと思っていた。移民でも構わないが、騎士は守らなければいけない戒律や礼節が多い、トラブルを起こされては困ると思ったのだ。
しかし、私は彼を自分の仲間として迎え入れることにした。理由は思っていた以上に、彼がしっかりしていたこと。そして、騎士になりたいと言った彼の瞳。自分が子供の時に、きっとこういう目で父親を見ていたのだろう。私は、彼を迎え入れたいと思った。
見習い騎士となった男は良く働いてくれた。文句は言うし、彼の元居た国の言葉なのか時々分からない単語をしゃべるが、彼はどんな時でも、一生懸命だった。不思議だったのが、彼が走るという行為に何やら特別な感情を持っていること。そして、少し生き急いで見えるほど、どんなことにも手を抜こうとしなかったことだった。
疑問はある日、解消された。日々の鍛錬で組み手をすることもあり、当然私は多少ハンデをつけても彼に負けることなどなかったのだが、その日は壁に押し付けられ、動くことが出来なかった。
彼の語ってくれた過去は、分からない単語で埋め尽くされていた。ただし、一つ分かったことがある。この男は、過去の後悔を打ち消したくて、全力で生きようと決めたのだ。そして、私の姿を見て、このままでは後悔するからと、その選択はお前が本当に選んだものなのかと、問いかけてくれたのだった。
そして―――――。
そして、2対30人の不利な戦いに挑むことになった。
「いや、広場を出るときに一人、ここに倒れている二人の男を合わせると残りは27か……」
自然に口から出た言葉に、目の前にいる7名の男たちが震え上がった。
数分前。
広場から走りながら、これからの計画を確認する。緑蛇の騎士団が30名だとして、私には9名の追手がいる。ヒルサキが10名を引き付けてくれている間に、まずはこの9名を倒す。そして、広場にいるスネイルに奇襲をかけ、打ち倒すことで勝利を手にする。
なんと単純で、ご都合主義な作戦だ。無謀ともいうのかもしれない。でも、この方法でしか、緑蛇騎士団には勝てないし、本当の意味で灰猫騎士団を守ることはできない。
背後を見る。9人の男たちが確かに私を追っている。ヒルサキとの打ち合わせで何通りもの攻め方を考えてある。その中で、私はもっとも自分らしい方法を取ることにした。
十字路に差し掛かり、右に回る。走っていくと大きな壁、つまり行き止まりだ。男たちが追い付いてくる。分隊長なのか、背の高い男が息を切らしながらしゃべりだした。
「はぁ、はぁ……。随分逃げてくれたなぁ。でも、追い込んだぜ」
私は、男達の方を向き、胸のところで剣を構える。戦いのためではなく、宣誓のためのポーズだ。驚いている男たちに向かって声を張り上げる。
「灰猫の騎士団。団長、ロイ=シュナイドの名において、この場で決闘を申し込む。今は、集団戦といえど、誇りある勝利を目指す者、騎士としての義を守りたい者はわが剣に答えよ」
男たちに動揺が広がる。
「ど、どういうつもりだ」
「どうもこうもないさ、確かに集団戦だ。私を囲んで倒そうと、全員でかかってきても問題はない。まぁ、この道はそこまで広いわけじゃない、お前たち全員が一度かかってくるのは難しいとは思うが……」
私の話を男たちは黙って聞いている。
「ただ、そういう決まりとは別に、もしお前たちにただ一人を複数で倒すことに気が引ける、という者がいるのなら。正々堂々勝負をしよう、ということだ」
隊長格の男は、横にいる他の騎士団員と顔を見合わせる。数秒の沈黙の後に、一人の男が前に出てきた。この集団では、一番体格が大きかった。
「行くぞ!いざ、尋常に勝負だぁ!!」
男は大きな声を上げると、突進してくる。
「どりゃぁぁ!!」
男は木剣を大きく振り下ろす。大振りだった、俺は右に避ける。
「死ねぇ!!」
それは、私の声でも目の前の大男の声でもなかった。小柄な男が大男の背後から飛び出し、私の首を狙って木剣を突き出した。
「そうか……」
私は、小柄な男の刺突を避けると鎧を掴む。
「返答は、受け取った!!」
そして、地面に叩きつける。小柄な男は失神した様だが、確認せずに木剣で目の前の大男の顎を打ち付ける。倒れた大男と小柄な男を一瞥して、目の前の隊長格を睨み付ける。
「……卑怯とは言わないが、あきれた戦法だ」
男は悔しそうに顔を歪ませた。
「ちぃ、あの二人のコンビネーションがやられるとはな。てめぇ、読んでやがったのか」
「別に、予測できなくてもあの程度は対応できるさ。何はともあれ、お前たちの考えは分かった。これで、思いきり戦える。お前たちは義理をかける好敵ではなく、屑と理解したからな」
私は剣を構える。その姿を見た、男は全員に号令をかける。
「てめぇら!飛び牙の陣だ!」
男の声に何人かが動揺した。
「で、でも……。隊長それは」
団員の一人が、何か言おうとする。
「黙れ。俺たちは何としても、こいつを倒さなきゃいけねぇんだよ。それともお前が責任とれんのか?」
「す、すみません……」
その声をきっかけにして、男たちは不思議な形に並んだ。少し歪だが隊長と呼ばれた男だけが後ろに下がり、残った6人は2列に並んだ。隊長が号令をかける。
「飛び牙!放て!!」
その光景は、本来騎士の戦いでは見られない、あってはいけないものだった。2列目の3人の男が一斉に木剣を投げつけたのだ。
「ッ!?」
回転しながら向かってくる木剣。とっさに二本を叩き落すが一本は兜に当たり、兜を吹き飛ばした。
そして、投げられた木剣はいつの間にか1列目の男たちが回収している。隊長の男が、勝ち誇って言う。
「どうだ!スネイル団長考案の飛び牙の味は!」
「どうだ?反吐が出そうだ。たとえ木剣でも、剣は騎士の誇りだぞ」
「問題ねぇよ。規律には載ってねぇ」
その言葉を聞いて、意外と冷静になっていた。彼らにも何か事情があったのかもしれない、悲劇の背景があったのかもしれない。
でも、こいつらの相手をしているのは時間の無駄だと思った。ヒルサキと建てた計画をもう一度頭の中で復唱する。中途半端に、作戦を練るよりも正面から戦った方が良い、という自分の考えは取り消す。
これからは、ヒルサキのように勝利に向けて邁進させてもらう。




