騎士になったものの
特に、理由は無かった。ただ、人生が嫌になって。アパートの外には、元気に将来の夢を語る小学生が歩いていて。自分には何もないので死ぬことにした。生きていれば良いことがあるとか、人生はやり直せるとか、もっときつくても頑張っている人はいるとか、そうれはわかるけどもう無理だった。
ロープに首を掛け、足元にある。椅子を蹴ろうとして失敗した。でも、結果的に体重は首の一か所に集中する。
最後に聞いたのはロープの軋む音と、自分の気持ち悪い声。なんだよ、「ぐがぁ」って、最後まで、情けないんだから。
―黒の王国 西の町病院にて―
目を開けると、そこには見慣れぬ天井……。木製の屋根にランプ、そして―――。
「先生、目を覚ましましたよー」
年配の女性の声。先生ってことは、俺は自殺に失敗したのか?でも、ここはどこ病院になるのだろう。……あれ?今の何語だ?日本語でも、おそらく英語でもない。でもなぜか、意味が分かって自然に頭に入る。混乱しながら周囲を見渡していると、一人の中年男性が俺のベッドまで歩いてきた。
「まったく、最近は君のような若者が多くて困るよ」
その男は、やれやれと言いながらも、手に持ったカバンからいくつか道具を取り出していく、おそらくは医者なのだろう。なぜ、「おそらく」なんて表現をしたのかというと、医者の必須アイテムである白衣を着ていないからだ。男は、白い清潔そうな服を着ていたがそれは、ファンタジーの世界に出てくるようなデザインのものだった。
「大体なんでこの時期にあんなことをしたんだ?」
あきれつつも、話す男の言葉はもう違和感なく俺の耳に入る。自然に口が開いた。
「すみません」
日本語のつもりで話した言葉は、どうやら違う言葉で発せられる。しかし、その違和感もすぐになくなる。
「全く、もう少しで死ぬところだったのだよ?」
「……えーと、すみません」
自殺未遂者に対しての発言ではないな。これ、まるで若者の無謀な遊びを咎めるような……。
「昨日の雨で川は増水していた。そこで泳げばどうなるのか、わからない年では無いだろう?」
川で泳ぐ?頭は混乱していく。混乱に任せてある意味、お決まりの文句が口からでる。
「あの……」
「なんだね?」
「ここはどこ?私は誰?」
そこからの展開は早かった。医者からいくつか質問されて答え終えると、俺は記憶喪失の若者となった。体は問題無いからと、次の日にはなにやら役所に連れていかれた。行方不明の若者リストなどと照会したが該当なし。戸籍のない無法者を国に入れておくわけにはいかないが、移民の手続きをすれば国の中にいても良いというので、その手続きをする。
ちなみに、役所では管轄が違うと言われ4枚の書類を書くのに4つの窓口を回った。お役所仕事はどこの世界でも一緒のようだ。
「それでですね。まず、名前ですが希望すれば変更も可能なのでね。一旦、つけてもらいたいのですがね」
ね、が多い担当だった。疲れた顔の中年は哀愁を漂わせて来る。
「じゃあ、ハヤトで」
「フルネームでおねがいしますね」
「じゃあ、ハヤト・ヒルサキ……」
蛭崎迅人が俺の名前だったりする。名前は変えようと思ったが止めた。こういうのは使い慣れたものが一番だ。
「では、ここに」
言われるがままに、羊皮紙に署名をする。日本語で書こうとすると自然に指が違った文字を描く、それでこの世界の言葉に変換されているらしい。文字も自然に読める。
「では、次に年齢と――――」
こんなやり取りを、数回繰り返して。
「最後に移民支援金として、銅貨20枚が支給されます」
最後に小袋を二つもらって手続きは無事終了。
「よっしゃー!」
役所の扉を出たら、叫んだ。周囲の冷たい視線も合ったが気にしない。そう、俺は生まれ変わったのだ。それもファンタジーな世界に!冒険の世界に!剣と魔法の世界に!
「随分、はしゃいでいるねぇ。ふつうは落ち込むもんじゃないのかい?」
「あっエリーさん!本当にありがとうございます。わざわざ付いてきてもらって」
あきれ顔の中年女性に挨拶する。エリーさんは、病院で看護婦をしていて、この数日の手続きに付き添ってくれたのだ。
「まぁ、元気がないよりかはいいか。最後にお茶くらい奢ってやるよ。付いてきな」
エリーさんに言われるがままに、喫茶店に入る。紅茶を飲みながら、エリーさんは色々なことを教えてくれた。まずは、仕事をするには斡旋所に行くのがいいらしい。歩いて数分のところにあるという。
「いや、でも本当に感謝ですよ。おかげで何とかやって行けそうです」
エリーさんは、お世辞にも美人ではないが、優しい人だ。感謝してもしきれない。
「あぁ、いいよ。じゃあこれ」
その恩人は、目の前に羊皮紙を出してきた。
「なんです?これ?」
「領収書。治療費と付き添い代。合計銅貨20枚」
「そうですかぁ。えっ!?」
……優しさは、プラスレスではありませんでした。銅貨20枚でした。俺の全財産でした。
人間、懐が軽くなると気持ちは重くなり、足取りは遅くなる。こうやって人は大人になるのだ。そう、あきらめてはいけない!俺の冒険はこれからだ!と、ある意味死亡フラグを建設しながら斡旋所に到着する。そう、お金がなければ働くしかない。そして、魔物を討伐して英雄になったり、食堂とか居酒屋を経営して大金持ちになればよいのだ。
「その椅子でお待ちください。待ち時間は二時間です」
膨らんだやる気は二時間で萎んでしまった。それも、斡旋所ってあれかと思った、モンスターをハントするゲームの集会所みたいなのを想像してたんだけどさ。あれだね、ハローワークだね。中世ヨーロッパ風の……。何はともあれ名前を呼ばれたので窓口で手続きを開始。
「えーと、ヒルサキさんですね」
「は、はい。お願いします」
「うーん。職歴無し。資格無し。年齢は20歳ということで、若いとも言えませんなぁ。何やってたの?この年まで?」
……泣きそう。てか、これ言われるんだ、転生先で。
「え、えーと。記憶喪失で……」
「それに、持病もあるってこと?きついなぁ。ちなみに住んでるとこは?」
「そ、それは……これから……」
「寮があったり住み込みできるとこなんて今どきないんだよ?少し、働くってこと。舐めてるんじゃない?」
このおじさんの説教は一時間に及んだ。ネチネチと嫌味を言いながら、羊皮紙の束をパラパラとめくっていく。しかし、その手が止まった。
「うーん、あったね。住み込み可、経験問わず、移民可」
「ほ、本当ですか!?」
「まぁ、一つだけだけどね。アットホームな職場です。未経験者歓迎。移民の方可」
「い、いいじゃないですか!」
「無理というのは嘘吐きの言葉なんですよ。途中でやめてしまうから無理になるんですよ。お金のためじゃ無い、ありがとうを求めましょう。だってさ。どうする?」
「ちなみに職種は……」
選べる立場ではない、小さい時はレストランや近所の居酒屋で外食をするのが大好きだった。夢に向かっている人は偉いと思うし、仕事に優劣なんてないと思っている。どんな仕事も必要なものなのだ。でも、飲食系だったら断ろう。
「灰猫の騎士団だね」
「騎士団?」
「うん、騎士の募集だね」
「受けます!そこ!取られないうちに!早く!」
騎士……。銀の鎧を身にまとい……誇りをかけて戦う英雄。うん、イメージできた。俺のためにあるような職業だった。
「じゃあ、今ちょうど担当の人が別の仕事で来ていてね、すぐに面接してもらうから。ちょっと、待ってて」
そういって、おじさんが席を立つ。五分後ぐらいにその席には、黒髪長髪の長身の男が座った。年齢は俺と変わらない。顔を見ると中々良い男のように感じる。男は、先ほど書いた俺の経歴書を見ると質問を始めた。
「健康に自信は?」
「あります」
「やる気は?」
「あります!騎士になりたいです!」
「えっ?騎士になりたい?」
「えっ?なりたいですけど……」
「本当に?」
「たぶん……なりたいと思います。」
「本当に?」
「なりたいんじゃないかなぁ……」
自信がなくなってきたが、男は目を輝かせる。
「よし!合格だ」
合格した。質問は、ありすぎても困るが、少なすぎても心配になる。細かい説明は職場に向かう途中に受けることになった。ちなみに、担当の人はロイという名前らしい、同い年なので敬語は良いとのことだった
「いやぁ、最近はやる気のある奴が少なくてね。ヒルサキのような奴が来てくれるのをずっと待っていたんだよ」
「ずっと。って、あの求人どれくらい前に出したんだ?」
「うーん、一年くらいかな?色々条件を緩くするために何回か更新したんだけど。応募がなかったからね」
一年間応募無し……。不安に拍車がかかる。
「あ、あれだよな。騎士っていうのは剣とか槍とかを使って人々のために戦う人のことだよな」
不思議そうな顔でロイが答える。
「あぁ、主にこの黒の国内の治安の維持や、人々の生活を守るのが仕事だ」
「そ、そうか……だったらいい」
とりあえず、大丈夫だった。そうなると、やる気が出る。
「なぁ、ロイ。俺、頑張るよ!」
「おっ。やる気だな。でも、まずは基礎からだぞ」
「おう!でも、剣術もそうだけど、ちょびっと魔法も勉強したいんだよな~。コネとか無い?」
「はっ?魔法?なんの冗談だ?」
ロイが苦笑いする。
「え?ほ、ほら……。炎を出したりさ、水を出したり、風を吹かせたり……」
「そんなことできるわけないだろ……。ファンタジーやメルヘンじゃあないんだから」
「……えっ?じゃあ、魔物とはどうやって戦うんだ?剣技のみか?」
「魔物?童話や若い者向けの小説には出てくるが?」
「そうじゃなくて!悪魔とか!怪物とか!」
「あぁ、悪魔はいるぞ」
「ほら!びっくりさせんなよ」
「我々の心の中に、悪事をしろと囁く悪魔がどんな人にも住み着いているものだ」
「……違う、違うんだぁ」
「そういえば、怪物の目撃情報もあったな」
「そうそう、そういうのでいいんだよ!」
「町の外れのネシ湖にネッシーと呼ばれる怪物がいるとの証言が出て、観光客が押し寄せている」
「違う……。それは、多分大きな魚を見間違えただけだ……。ウバザメとか……」
確かに、この世界に来てからどうでもいい書類とか、ルールの把握とかで忙しかった。確認はしてなかった。でも、普通あるだろ!わざわざ転生したんだから。魔法とか、魔物とか!ま、まて……そうなると。俺はこの世界に来てから若い女の子に会っていない。大体はおじさんかおばさん……。
「美少女は!?美少女は!?」
「な、なんだよ!襟をつかむな!」
「美少女はこの世に存在しているのか!?」
「いや、女の子はいるぞ……。明日も、護衛の仕事を頼まれている」
「あ、あぁ……」
「どうしたんだ?涙を流して……」
「良かったありがとう……。神様……。よし!頑張っていくぞ!」
「まぁ、やる気になってくれて何よりだ」
次の日、俺は五人の女の子に囲まれていた。右から4歳、3歳、5歳、5歳、6歳。ある町で仲良しのお母さんたちが、優雅に昼食会を開いている間、面倒を見ているのが仕事だ。俺は、とりあえず、子守の仕事を護衛と言った、ロイを睨み付けた。そして、女の子が泣きだし、母親からは怒られた。……この転生に、意味はあるのか?