主人公といえばモブ顔である
あやうくエタりかけました。
ギャルゲーの主人公というとどのようなキャラクターが頭に浮かんでくるだろうか。
過酷な運命を背負うイケメン?
特別な能力に目覚めたブサメン?
そういった主人公も確かに多いが、一番多いのはやはりアレだろう。
そう、“モブ顔お人好し”だ。
モブっぽい見た目から普段はモテないのだが、巻き起こるトラブルに持ち前のお人好しを発揮して足をつっこみ、主人公力で解決。その結果ヒロイン達に愛される、という規定路線を行く主人公である。
まあ平たく言えば某竜を探索するRPGの勇者みたいな奴だ。
……王道も王道である。そりゃ多いはずだ。
この世界――三流ギャルゲー『俺千』の主人公も、見事にこの類型に当てはまる。
そしてこのタイプの主人公の場合、大抵描かれないものがひとつある。
それは顔だ。
「ぱっとしない顔」だとか「容姿は普通」だとかという描写自体は確かに存在する。文章として。
しかし、絵としての描写がないのだ。
キャラのバストアップ絵は存在せず、イベントスチルで登場するときであっても、後ろ姿であったり、前髪で目元が隠されていたり、上手い具合に見切れていたりとその人相がはっきりしないようにされているのだ。
まあこれは主人公を没個性化することでプレイヤーが自分を投影しやすくする先の某RPG的手法を使っているのだろう。
あるいはヒロインのスチルに男の赤ら顔など誰も求めていない、という考えからかもしれないが。
そして、『俺千』の主人公は例に漏れず顔の描かれないキャラクターである。
――つまり。
「顔も名前も分からないんじゃ、探しようがないじゃない……」
そういうことである。
* * *
自分で探すのが困難である以上、あたしにとれるのは待ちの戦略しかない。
もしゲームのシナリオ通りに事が進むのであれば、主人公とメインヒロインたるあたしが出逢う“イベント”が起こるはずだ。
それも今日これから。
……確か、廊下の角でぶつかるようなとんでもなくベタな出逢い方だったような……
――と考えた矢先に、目の前にはおあつらえ向きのT字の角が。
……これはあれか。
不意に飛びだしてみるべきなのか。
いや、逆に意識すると失敗するパターンのやつなのか。
「……まあ、なるようにしかならないわね」
そう自分に言い聞かせ、一歩二歩と踏み出すと。
――どんっ! ばたっ!
いきなり左肩に強い衝撃を受け、たまらず尻餅をつく。
「いたた……」
予想はしてたけどそれを上回る強さでの衝突だった。
テンプレな出逢いは現実に起こるとこれほどの痛みを伴うものなのね……正直ときめきとか感じる余裕無いわよ……。
結構な勢いでぶつけたお尻をさすりながら、痛みに潤む目でぶつかった相手――主人公のモブ面を拝んでやるべく顔を上げる。てかあたしヒロインなんだからもうちょい丁重に扱いなさいよ……
……
…………
………………誰やねん、お前。
――はっ! 思わず心の中でエセ関西弁が出てしまった。今の声に出てないわよね、恥ずかしい。
でもそんな風になっちゃうのも仕方ないと思う。
だって、あたしのぶつかった相手は――
――黒髪オールバックで、
――鋭い目つきの、
――学ランを着崩した男子。
……平たく言えば不良である。
いやあ、こりゃあどう見ても『俺千』の主人公じゃないわよねー。規律正しい進学校の中にいる不良よ、不良。没個性どころかキャラ立っちゃってるじゃない。てかこんなキャラあたし知らないんだけど、何、オリキャラなの? てかオールバックって。ちょっと古風よね。優等生が不良ぶっちゃうとこうなるのかしら。学業でストレス溜まっちゃった結果なのかもしれないわね――などと考えていると。
「……テメェ……」
あたしの思考が伝わったのか、超上から(物理的に)ガンを飛ばしてくる不良くん。流石にその高身長で立ったままっていうのは角度的に無理がない? なんて頭の中では煽ってるけど割と怖い。
てか被害者なんですけどあたし! どう見てもそっちに被害ないし! ぶつかって来たのそっちだし!!
ここで屈したら負けな気がしてあたしからも睨み返す。だってあたしは悪くない。はず。……まあ避けようとか考えてなかったけど。でもこんな風にガンつけて謝らないで済まそうなんてのは許されないでしょ。
そうして睨み合うこと数瞬。
先に目をそらしたのは不良くんの方だった。
ふん、ざまあ。あたしの眼力にびびったか。
それとも美少女に見つめられて恥ずかしくなっちゃった? 耳がちょっと赤いんじゃないの?
……いや、単に周りの空気に気づいたのだろう。美少女を突き飛ばしてガンつける不良に味方する人間などいるはずもない。彼を恐れてか関わろうとはしないけれど、皆不快感を露わにしている……稀にハアハアしてる奴もいるけど。何フェチなの?
まあ変態はさておき、この状況は向こうからしたら完全アウェーだ。
それでどうにも居心地悪くなったのだろう。不良くんはそのままこの場を去るつもりらしい。……いや、謝りなさいよ。
「……チッ」
……謝るどころか舌打ちして行きやがったよ。
これには何か怒りを通り越して呆れてしまった。
……何なんだろうね、あの不良くんは。虫の居所でも悪かったのかしら。
美少女にぶつかってあの態度ってのも中々無いわよねー。むしろ美少女を敵視してるんじゃないかって感じすらしたけど。
もしかして:ホモ
……流石に違うと信じたい。ホモは一人で十分だもの……。
「あの、紅子さん……大丈夫ですか?」
呆然と座りこんだままのあたしに声が掛けられる。焦げ茶の髪をおさげにした可愛らしい同級生からだ。
「あ、薫子さん。大丈夫、ちょっと呆れてただけ」
答えながらなんでもない様に立ち上がる。確かにこんな所で座りこんでたら心配するわよね……。
声を掛けてくれたこの少女――薫子さんはあたし獅子宮紅子の友人だ。ゲーム『俺千』でもネームドモブとして登場する彼女は、地味ながら人気のあるキャラだった。
彼女はとても良い子なので、さっきの状況を傍観していたことに罪悪感があるらしく、
「……すみません、何も出来なくて……」
なんて謝ってしまう。お嬢様の薫子さんが不良に立ち向かうとか絶対無理なのに! むしろ出て来たらあたしが守ってあげなきゃなのに!
ほんとかわいい子よね……。
「いいのいいの! こっちこそ心配かけちゃったわね」
「いいえ……」
いじらしい……! ぎゅーってしたくなる!
欲求をぐっと堪えてなでなでにする。
……こらえられてない気がするが気にしない。
薫子さんは苦笑しながら受け入れてくれたけど、その表情をきゅっと引き締めて、
「でも、紅子さんももう少し警戒心を持った方がいいですよ」
そんな忠告をしてくれた。
「そうね、確かにぶつかったのは不用心だったわね」
「いえ、そちらもそうなんですが……」
あたしが口にした反省に、薫子さんは少し話しづらそうにしながら、それでも教えてくれた。
「先程、その、ずっと……
…………下着が、見えていました……」
「……そっか……」
尻餅ついたあの体勢って、確かに見えるよな……。
うわっ……あたしの女子力、低すぎ……?
……てか思い出したよ。
最初のイベントスチル、いきなりパンチラだったっけなあ……。
まじかあ……。
……待てよ。
ということはあの場に主人公いたのかしら?
あの場にいたモブ顔は……。
……まさか!?
あのハアハアしてた奴!?
ないわーまじないわーてかそれはないと信じたいマジで。
「……すみません、何も出来なくて……」
「……あ、うん、気にしないで……」
そういう意味だったのね薫子さん。
……それなら早く助けて欲しかったなあ……。
続きます。