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4/8

あたしは割とポンコツである


 ゲーム『俺千』は、攻略ヒロインによってがらりと変わるストーリーが売りのギャルゲーである。


 例えば、あたし獅子宮紅子のルートは王道のラブコメ展開だ。

 二人で仲良くケンカしたり、ちょっとしたトラブルに巻き込まれたりしながら、なんだかんだイチャイチャし続けるという、それはもうこってこてのラブコメである。

 正直なところ、ギャルゲーとしてプレイするならともかく、リアルであんなのは恥ずかしくてやってられないのだけど……今それはどうでもいい。


 問題は葵だ。


 紅子あたしのルートが喜劇コメディなのに対して、彼女、水多村葵のルートは悲劇のラブストーリーだ。


 徐々に深まっていく二人の仲と、彼女の身体を蝕ばんでいく病魔。

 お互いがかけがえのない存在だと気づく頃には、彼女の病気は既に手のつけられない領域まで進行していて……。

 そして訪れる永遠の別れに、二人は――。


 三流ギャルゲーと甘く見ているとうっかり泣かされてしまうこのルート。実際発売当初から、このルート単体(・・)では、シナリオの評価は非常に高かったという。



 それにケチをつけたのが、他のルートとの整合性だ。



 ……なにしろ、他のルートでは彼女、ぴんぴんしているのである。

 特に病状が悪化したような描写もなく、かといって改善したというような描写もなく、まさしく何事もなしに、だ。


 紅子のルートでなんかそれはもう元気で、たびたびお節介を焼いてきたり、デートをこっそり尾行してたり、ヒロインの親友ポジションとしてがっつり活躍してくれちゃうのである。

 しかもベストエンドではエピローグにて数年後の結婚式にしっかり参加しているので、明らかに生存が確定している。



 まあ確かに、他のルートでまで彼女が死の淵をさまよってたら、プレイヤーは攻略中のヒロインに集中できないだろう。だからそうならない、ということは理解できなくはない。


 とはいえ、戸惑わないはずがないわけで。


 紅子から先に攻略したプレイヤーは「え、何、なんで葵ちゃん死んでしまうん? なんで?」と混乱し、

 葵から先に攻略したプレイヤーは「……ちょっと元気すぎない? あれ? 同じ子だよね?」とこれまた混乱した。


 特に後者のプレイヤーの戸惑いは激しく、「深刻なシリアスブレイク」「ルートじゃどう足掻いても助からなかったのにぃ!」「俺の涙を返せ!」と非難が続出。

 のちにアペンド版で生存ルートが開放される運びとなり、ファンは皆「いや、そういうことではなく」と思いつつもプレイしたのだけど、そちらはそちらでまた問題があって……。


 まあそちらは今のところ関係ないので置いといて。



 今重要なのは、「主人公の恋路が葵の生死を左右する」という事実だ。


 ……いや、事実かどうかは確かではないのだけど。


 実際あのゲームでもそこの因果関係には一切触れられていない。というか見当たらない。

 だからこそ、「葵ちゃんはフラグに殺された」と非難される原因になっているわけなのだが。


 それにこの世界がどこまでゲームに沿っているのかも不明だ。


 あたしのおバカ設定が無くなったという些細(?)な違いはあるけれど、基本的にはこの世界のほとんどがゲームの設定通りだと思う。大分うろ覚えなので自信はないけれど。

 なにより、湘西高校と聖カタリナ女子の無理のある合併話が通っているのが大きい。


 となると、大筋ではゲームと同じような出来事が起こると見るべきだろう。



 何より親友の命が懸かっているのだ。



 多少自分の都合の良いように変わったからといって楽観視するにはあまりに危険である。



 ……“都合の良いように変わった”、といえば。本来ゲーム開始時点での紅子あたしと葵って少しギスギスしてたような――



「――紅子ちゃん?」


「ん、なに? どうかした?」


「保健室過ぎちゃうよ?」


 葵に言われて立ち止まり、左に目を向ける。


 ……着いていた。


「本当だ、ごめん……」


 何やってんのよ、あたし……。

 彼女のためにとかいって考えておきながら、それで今苦しんでる彼女を放ってたら本末転倒じゃない。馬鹿。


 ――なんて自責していたら、葵にほっぺたをつままれた。


「もう、そんな顔しないでよお。これくらいのことでそんな顔されたらわたし、どんな顔していいか分かんなくなっちゃうよ」


 そう言って苦笑する彼女の顔は未だ白いけれど、表情にこわばりはなく、喋れるくらいに調子は戻ってきているようだ。

 どうやら今回の発作は軽いものだったらしい。


 だからといってあたしのやった馬鹿は帳消しにはならないのだけど……彼女が気にするなと言うのだから今は忘れよう。


 ……というかそうしないとほっぺたを放してくれなそうだ。地味に痛いよ、これ。


「分かった、分かったから放して」


「紅子ちゃんが笑ったら放してあげるっ」


「にーっ! ほら笑ったわよっ」


「あははっ、変な顔」


「あたしほどの美少女つかまえて変な顔と仰るか君は」


「美少女だから面白いんだよ~」


 顔を見合わせて、くすくすと笑い合う。


 そうしていると、さっきまで勝手に一人でヘコんでいた自分が阿呆みたいに思えてくるから不思議だ。


 もちろん、そう思わせてくれたのは他でもない、目の前で笑う親友であり。



 改めて、失う訳にはいかない、と強く思う。



 ……ひとまず、まだ白さの残る顔であたしを笑わせようとしてくる彼女をちゃんと休ませよう。


「もう、少し元気になったからって調子に乗り過ぎよ。早くベッドで休みなさい」


「……はーい。」


 まだ笑わせ足りなかったのか、少し不満げな葵を保健の先生に任せ、あたしはすぐに保健室を出る。


 そして、近くの人気のない階段の手すりに寄りかかり、思考を整理する。



 ――葵の命を失わせない。その為にやるべき事は至ってシンプルだ。



 “水多村葵と主人公とのフラグを叩き折る”



 たったそれだけの事だ。実に分かりやすい。



 その最も簡単な方法は出会わせないことだ。


 しかしこれは流石に無理があるだろう。ゲームと同じなら、主人公と葵、そしてあたしは同じクラスだ。



 次に葵に彼氏を作ってしまうという方法。


 ……嫉妬に狂うあたしが容易に想像できる。


 というかそもそもあたしが人に紹介できる男性なんて築山くらいしか居ない上に葵は築山が嫌いだし……この方法も難しそうだ。


 ……決して「良かった」などとは思っていない。半分くらいしか。



 次に主人公を他の子とくっつけてしまうという方法。


 ……まあ、ありだ。


 特にあたしとくっついてしまえば、葵の生存は数年後まで保証されるし、高校生の間も入院などの心配は皆無だ。って何かこれ医療保険の文句みたいだな……。

 とはいえ出来ることなら避けたい。

 ……あのラブコメは厳しい。あたしのメンタル的に。


 とりあえずこれは最終手段としておこう。


 それに何もあたしでなくても、葵でなければ良いだけの話だものね。主人公が他のヒロインをご所望なら、それを後押ししてあげればいいのだ。うん、これなら楽そうだ。


 しかし、もし主人公が葵を攻略しようとしていたら、この方針は困難をきわめるだろう。


 その場合に備えて、こまめに葵ルートのフラグを潰しておく――これが当面において、あたしが出来ることだろうか。



 いずれにせよ、まずは主人公の動向を窺って――



 ――はて? 主人公……主人公?





 ……ここで重大な問題が発生した。







「……あたし、主人公の名前覚えてないわ……。」




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