プロローグ
ほぼ初投稿です。
前世のことなんてすっかり忘れていた。
なんとなく冴えない男だったのは覚えているし、学んだ知識は失われずに今世に活かされている。
けれど、世界に名だたる獅子宮財閥の一人娘として生まれ、誰もが虜になるほどの美しさを得たあたしにとって、そんな冴えない男のつまらない人生なんて、顧みる価値のないものだった。
だから、来たことのないはずの場所に見覚えがあっても、どこかで見覚えのある美少女たちが聞き覚えのある名前を名乗っても、最近親友がどこかで見たような美少女に育ってきていても、「きっと前世かどこかで見聞きしたのよね」と、さほど気にして来なかった。
しかし、ことここに来て、あたしは前世の記憶をもろに思い出した。
高校一年の終わりになって唐突に起こった、あたしの通う聖カタリナ女子と湘西高校との合併話。
あまりに突拍子もない出来事に、頭に浮かんだのは前世でプレイした一本のゲーム。
――確か、あのゲームがそんな始まり方をしたような――
思い当たった瞬間、ぶわっと全身があわだった。
……そうだ。
どこかで見たような気がしていたこの校舎も。
見覚えのある顔に聞き覚えのある名前の美少女たちも。
綺麗になったあたしの親友も。
……財閥の一人娘で美少女という、いかにもな設定のあたし自身も。
すべて、あのゲーム内に登場したものであり。
――あたしの転生したこの世界は、「ゲームの中の世界」だったのだ。
* * *
『俺の恋路は千変万化!?』――通称『俺千』はいわゆるギャルゲーだ。
世に大量のギャルゲーがある中で、この作品の売りは『ルートによってガラリと変わるストーリー』だった。……まあルートでストーリーが変わるのは当たり前と言えば当たり前なのだが。
しかしこの作品においては、確かにそれを謳い文句にしても良いほどの変わりようだった。
ラブコメや感動ラブストーリーはもちろんのこと、サイコホラー、SF、スポ根に禁断愛と豊富なジャンル。
時にゲーム性まで変わってしまうというその様は、「千変万化」とまではいかないまでも、タイトルに偽りなし、と言えるものであった。
……とはいえ、そこまで色々なジャンルに手を出せば無理が出るのも仕方のないことであり。
現代を舞台にしているというのに無理矢理くさい設定がそこそこあったり、キャラの設定がテンプレ臭かったり、一部ストーリー展開に無理があったり超展開したり等々。
……正直なところギャルゲーとしてはいまひとつという出来であった。
実際、『俺千』は人気がそこまであったタイトルではなかった。
それでも、前世のライトなオタクだったあたしがプレイした程度には有名だったのは、純粋にギャルゲーとして楽しまれたというより、B級映画を楽しむような感覚で「クソゲー乙w」と馬鹿にされながら多くのプレイヤーに親しまれた作品だったからだろう。
あとは単にキャラデザが秀逸だった。それに尽きる。
まあそのおかげで初期に購入した奴らは「パッケージ詐欺だ!」と言ったとか言わないとか。
……あたし、獅子宮紅子は、そんなB級ギャルゲーのメインヒロインだったのだ。
――それに気づいた時には、正直かなりのショックを受けた。
最強の勝ち組だと思っていた今世のあたしが、まさかの前世の創作物の中の人で、それもよりによって三流ギャルゲーのヒロインだったのだ。
自分が創作物だという事実だけでも割とショッキングなのに、それが特に思い入れもない三流ゲームだなんて……
「転生して財閥令嬢とか、あたしってば完全に選ばれた民よね~っ!」とか思ってた自分が滑稽すぎる。
あのアホ面を殴りたい。
背中は蹴りたい。
穴があったら入って埋もれたい。
……そんな感じにショックを受け、帰宅直後から部屋にひきこもり、執事の築山をオロオロさせること約半日。
「――なんだ、なんにも気にする必要ないじゃない!」
翌朝には、あたしはもう復活していた。
開き直ったとも言う。
というか、少し考えれば分かる話だったのだ。
この世界が創作物だったところで、あたしの無敵っぷりには何ら支障は出ないのだ。
あのゲームの設定通りになるよう強制力が働くということもないことは、現にあたし自身が証明している。
それは、学業の成績だ。
ゲーム内での紅子は、学業にかんしては落ちこぼれで、そこまで頭の良くない主人公に勉強を教わるというエピソードが存在する(それだけなのに次のテストで主人公より良い点をとってしまうあたり、もともと頭の出来自体は悪くないのかもしれないが)。
しかし、あたしには前世の知識があるわけで。
前世のあたしは冴えない男の割に勉強だけは無駄に出来たみたいで、ちょっと授業で復習すればすぐに思い出すチート振り。
テストだってチョロいのなんの。
したがって今世のあたしは優等生なのだ。
美少女で家柄もよくてしかも頭も良いとか、あたしの無敵っぷりが留まることを知らない。
この世界が創作物?
それで何の問題があろうか。
むしろ都合が良い。
あたしはこの世界のメインヒロインなのだ。
つまりこの世界ではあたしが最強。
……そういうことでしょ?
そもそも、卵が先か鶏が先か、っていう問題もある。
つまり、この世界を模して創られたのがあのゲームである、という可能性があるということだ。
そう考えればあたしが三流ギャルゲーのヒロインに甘んじていることにも納得がいく。
ノンフィクションでは偉大な人物でもフィクションだとチャチくなることは往々にしてあるものね。
――まあ、要するに。
「……やっぱりあたしって最強無敵ね、うん!」
自信を取り戻したあたしは、それまでのショックなんてなかったみたいに傲岸不遜な笑いを浮かべていた。
――すぐ目の前まで迫っている『イベント』たちを完全に失念したままで。