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パラダイスロスト  作者: 如月イオ
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第2話 夢と記憶と

天使は基本的に、人間が生きるためにするようなことをやる必要はない。別に食事をしなくても、眠らなくても、生きて行けるのだ。 しかしそれは霊的な力の満ちる天界での話であり、ここ人間界ではある程度食べたり、眠ったりしなくてはならない。特に、下級の天使で霊力の低い私は回復のために定期的に食事や睡眠をとらなければいけなかった。私は体育座りのような格好になって、ゆっくりと目を閉じる。



「逃げなさい、早く!」


その日、お気に入りの場所でいつものように友達と二人で遊んでいると、母が慌てた様子で私たちのところへやってきて、そう告げた。いきなりどうしたんだろう?私は友達と顔を見合わせ、首をかしげる。


「いいから、早く!」


ここも危ない、逃げて大天使様たちのところへ行くのよ。そこならきっと安全だから。さあ、早く行きなさい。母が、私たちの背中を押す。わけがわからない。急に逃げて大天使様のところへ行けだなんて。どこに逃げる必要があるのだろうか。天界は、いつも通り平和なのに––––そう思った、次の瞬間だった。


「っ!?」


遠くに、こちらに向かってくる謎の集団が見えた。なんだろう、あれは。明らかにおかしい。この天界にそぐわない、醜くおぞましい、生き物と呼べるかどうかさえ怪しいものたち。こんなもの、今までに見たことがない。そして、それを率いているのは、私たちと似た見た目をした、けれど絶対的に違う存在。


「何、あれ………」


まさか……悪魔?

ここは天界だ。悪魔なんかがいるはずはない。話によれば数千年もの間、悪魔の侵入を許していなかったという。けれど、いま目の前にいる黒い翼と角を持ったそれは、話で聞いた悪魔そのものだ。これが悪魔でなければなんなのだろうか?しかしなぜ魔界に住んでいるはずの悪魔がここにいるのだろう?どうやって入ってきたのだろう?あまりに突然の出来事に考えが追いつかない。だが、あいつらは危険だということはわかる。母の言う通り、早くこの場から逃げなければ。もし捕まったらどうなるかわからない。隣で呆然と立ち尽くす友達の手を引っ張って、大天使様たちのいる宮殿のほうへと走り出す。


「母様!母様も一緒に––––––」


早く、逃げよう–––––––

と、振り向いたときには、すでに遅かった。


「あ……」


母に覆いかぶさる、異形の怪物たち。

血飛沫が散り、悲鳴と、この世のものとは思えないような音が響く。あいつらに食べられているのだと理解するのに、そう時間はかからなかった。あまりの恐ろしさに、全身から力が抜けその場にへたり込む。早く逃げなければ、自分も同じように食べられてしまう。あいつらに殺されてしまう。わかっていても、体は震えるばかりで思うように動いてくれない。まるで他人の体のようだった。まったくコントロールができない。


「い、や……」


逃げないと、早く逃げないと…しかし足は私の命令を聞かない。その間にも、血塗れの怪物たちはじりじりとこちらに迫ってくる。ゆっくり、ゆっくり縮まってゆく距離。それが余計に、恐怖心を煽った。


「やめて………」


いやだ…お願い、来ないで。お願いだからこっちに来ないで。お願い、だめ、やめて、やめて、来ないで、来ないで、殺さないで、殺さないで、殺さないで、お願い、やめて来ないで来ないで来ないで来ないで殺さないで来ないで殺さないで殺さないで殺さないで来ないで殺さないで来ないで来ないで殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで–––––––––



「やめて………!」


そこで、スイッチの切り替わるような感覚があった。


夢、か。


ゆっくりと息をして、乱れた呼吸を整える。

今まで何度、この夢を見ただろう。今まで何度、この記憶を思い出したことだろう。あの日のことを、忘れたことは一度もない。いまそこで起こっているかのように鮮明に、またはその瞬間にタイムスリップしたかのようにどの場面もはっきりと思い出すことができる。忘れたくても忘れられない、脳裏にもはや呪いのように焼きついたその光景。再生されるたびに、鋭利な刃物で内側を傷つけられているかのような感覚がする。心の傷口から血が溢れて、口から小さく呻き声が漏れた。


「ッ…………」


気がつけば、割れた窓から薄く光が差し込んでいた。どうやらもう、朝らしい。息を吐き、立ち上がって、軽くその場で伸びをする。


「あ」

「え………?」


寝ぼけているのか、それとも夢の続きか。なんだか人間の子供の姿が見える。こちらを見て、声を発した気がするが…


「……?」


そんなはずはない、と目を擦ってみる。それから瞬きを、数回。


「………」


しかしその子供は消えたりなどせず変わらずそこに立っていて、困惑する私を見ながら不思議そうに首をかしげ、それから、笑った。



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