寄生共存者
「魔法ですかぁ?!」
いち早く我に返った少女が、目を輝かせて問いかける。
「そう」
橘川はうなずくと、
「術式は北欧の魔術の応用だけど、性質は魔族が使う魔弾と同じだ。魔力を練っていないから、弾は視認できなかっただろうけどね」
「男でも、使えるんですか?」
自信満々に出した答えを覆された少年が、少し恥ずかしそうな口調で問いかけた。
「実を言うと、今この国にある魔法は、性別に関係なく、人が扱えるようなシロモノじゃないんだ」
それから橘川は声のトーンを落とすと、
「扱えるのは、魔族だけ」
その重苦しい雰囲気に、少年と少女は息をのんだ。
「じゃ、じゃあ、今のはトリックですか?」
少年の問いかけに、
「いや、本物の魔法さ」
キッパリそう言い切った橘川は、左手首に巻かれた包帯をはずす。
もし腕時計をしていたなら、文字盤がくる位置に、爪の大きさほどのサファイアのような青い石があった。
それはまるで皮膚を突き破って顔を覗かせているような痛々しさがあった。
「コイツの──ね」
少年たちがその意味を理解するより先に、
「これは『魔族石』というんだ」
橘川はその名称を教えた。
「「魔族?!」」
少年たちの驚きの声に、複雑な笑みを浮かべた橘川は、それ以上もったい付けるのをやめ、どういうモノなのかを話して聞かせた。
黙って聞いていた少年たちの顔がみるみる青ざめていく。
「も、もしかして、そっちのも──」
少女が橘川の手にした容器を指さす。
「ああ、魔族石さ。しかも、俺に寄生しているのより、はるかに強力で危険なヤツだ」
さらに顔を蒼くして引きつらせた少女が、慌てて先ほど魔族石を摘んでしまった指先を確認する。
本人は至って真剣なのだが、その様子に橘川は思わず口元を緩めてしまった。
「普通だったら、さっきのアレで寄生されていてもおかしくないんだけどね。どうやらキミは、特殊な体質をしているようだ」
「橘川さんも、いつかは魔族になってしまうんですか?」
少年が心配そうに問いかける。
「可能性はゼロではないね。俺の魔力が食い尽くされれば、そうなるだろう」
「…………」
言葉を失い視線を落とす少年に、
「まあ、悪いことばかりではないさ。コイツのおかげで魔法が使えるわけだし、魔族や魔法を研究している俺としては、むしろ幸運とも言える」
重い空気を打ち消すように、明るめの口調で言った橘川は、
「しかも、魔族としては弱い方だし、俺との相性はすこぶる良くてね、コイツが魔力を吸収するより、俺の自然回復のほうが大きいんだ。魔法の使い過ぎにさえ注意すれば、吸い尽くされることはまずない」
「相性なんてあるんですか?」
「ああ。相性が良ければ魔力の吸収は少なく、悪ければ多くなる。
WAPの調査によると、特に男との相性は悪くて、寄生されて半日以上もった例がないらしい」
そこまで言って橘川は目を細めると、
「つまり、男が魔法を使えないのではなく、寄生されて人の姿でいられる男がいないだけなんだ」
声を低くしてそう続けると、さらに付け足す。
「かくいう俺も、実は女だしね」
しばし凍り付く少年少女。
「もちろん、冗談だけどね」
口調をがらりと変え、笑ってみせる。
「わ、わかってます……」
顔を引きつらせる少年。
「WAPに、隠しているってことですよね? 寄生されて魔族化していないことを」
「そういうこと。寄生共存者──あ、寄生されて魔族化していない人をそう呼んでいるんだけど──男の寄生共存者の情報は、非常にレアなんだ。うまく使えば、いろいろな交渉手段にも使えるし、研究でWAPを出し抜く事もできるかもしれない。だから、このことは秘密にしておいてくれよ、いいね?」
不敵な笑みを浮かべて橘川はそうまとめた。
「あっ!」
少女が突然声を上げる。
「もしかしてウィッチアイドルが魔法を使えるのって、その寄生……共存者? っていうのだからなんじゃ?!」