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危険物

「なるほどね、WAPへのアピールか」

 橘川は思わず口元を緩めてしまった。

 ウィッチアイドルにオーディションはなく、完全なスカウト制であることは有名だ。

 だがWAPは、スカウトに関する一切の情報を明らかにしていない。

 以前、橘川もWAPの知り合いに、それとなく尋ねたことがあるが、それに関する情報は全く聞き出せなかった。

 容姿やスタイル、歌唱力はもちろん、魔族と闘うための運動神経と格闘センスを兼ね備えた上で、潜在的に魔法の才能を持つ女性──と世間一般ではいわれている。

 しかしそれは、あくまで憶測でしかない。

 そもそも「潜在的な魔法の才能」というのはどういうものなのか?

 どうやったら、それを見極められるのか?

 肝心な部分が謎だった。

 ウィッチアイドルに憧れる少女の大半は、年齢を重ねるにつれ、そんな得たいのしれない才能が自分にあると信じ続けることができなくなり、やがてサンタクロースの正体に気付く頃には、アニメか特撮の変身スーパーヒロインにでも憧れていたかのように、昔を振り返ってはにかむようになる。

 なかにはウィッチアイドルの夢を捨てきれず、漠然と憧れを胸に燻らせたまま平凡な生活を送っている女子も居るが、彼女のように、なんとしてでも才能を認めさせようとあがいている者は極めて珍しい。

 その真っ直ぐな姿がなんとも微笑ましくて、できることなら協力してやりたいと思えてしまう。

 おそらくあの少年も、橘川と同じ気持ちで、ここまで来たのだろう。

 だが、現実とは酷なモノだ。

 魔法を使うために必要な力を魔力という。

 この魔力は、人によって蓄積しておける最大量が決まっており、それを魔力容量という。

 魔力を水に例えるなら、それを入れるための容器が魔力容量である。

 水は飲めば飲むほど量が減るように、魔法も使えば使うほど魔力を消費する。

 大きな魔法ともなれば、一度に消費する魔力量も多くなる。

 消費された魔力は、安静にしていれば自然と回復するが、滴り落ちる雫で容器を満たそうとするようなもので、その回復量はそう多くない。

 ゆえにウィッチアイドルとして魔族と闘うのであれば、ある程度の魔力容量は必要となる。

 現に橘川が会ったことのあるウィッチアイドルは、候補生も含め、保有している魔力量が一般人とは桁違いだった。

 そこからも、WAPが何を基準にウィッチアイドルをスカウトをしているのかは容易に想像がつく。

 管理義務と称して魔法に関する一切の情報を秘匿しているWAPが、その基準を公表したがらないのも納得がいくというものだ。

 橘川が魔力を感知する能力を身につけたのは、ここ数年のことだった。

 独自に魔法を研究し、その理論を組み立てて、ようやく得られた技術だ。

 魔法の研究者は数多くいるが、そこまで辿り着けたのは、WAPの他には橘川くらいだろう。

 最も基本ではあるが、それがなければ魔法の研究にはならない。

 電気の存在を知らない原始人が、電化製品の研究をするようなものだ。

 しかし、現在の魔法研究は、それが実情だった。

 その点から見ても、橘川の魔法研究は、他の研究者より頭ひとつ抜き出て、WAPに迫れているといえた。

 ただし、橘川は魔力感知はもちろん、魔法研究についても、他人に話したことはなかった。

 特にWAPには、自分がただのオカルト関係のライターで、記事を書くためだけに魔法の知識を蓄えていると思わせておいた方が、情報を聞き出す上では何かと都合が良い。

 どうせわからないだろうという油断から、重要な情報をポロリと漏らしてくれることもあるのだ。

 それはさておき──

 橘川が見た限りでは、あの少女の魔力容量は、ウィッチアイドルに必要な域には達していない。

 いや、それどころか、ほとんど──というより、全く魔力を感知できない。

 魔法の使い方を知らないのだから、魔力を消費して空になっているわけでもないだろう。

 そうなると、魔力を貯める容器──魔力容量が生まれつき完全にゼロということになる。

 一般人──いや、人に限らず動物でも、多少の魔力容量は持っているものなのだが──

 ここまで見事に皆無なのは、ある意味珍しい。

 さらに皮肉なのが少年の魔力量だ。

 少女とは真逆に、とてつもなく大きい。

 ウィッチアイドルすら遙かに陵駕している。

 もし、彼が女だったなら、WAPは放ってはおかなかっただろう。

 なかなかおもしろい凸凹コンビではあるが──いやいや、当人達は本気なのだから、おもしろがってはいけない。

 まったく、世の中うまくいかないものだ。

 それはともかく、この事実を伝えるべきか否か。

 ハッキリと真実を伝え、早めに諦めさせた方が無駄な努力をしないで済むという考え方もあるが、せっかく夢を抱き情熱を傾けているというのに、簡単に打ち砕いてしまうというのもどうかとは思う。

 むしろ、気が済むまでおもいきりやらせてやったほうが、よいのではないだろうか?

 そんなことを考えながら橘川は、一人になってからは一度も使ったことのなかったティーカップを一番上の棚から取り出した。

 と、その時だった。

「それに触るなっ!」

 反射的に叫んだ橘川は、キッチンを飛び越えていた。

 咄嗟とはいえ、普段から体を鍛えているからこそできる芸当だ。

 ティーカップが床に落ち、派手に音を立てて砕け散るが、そんなことを気にしている場合ではなかった。

 少女が手にしている鈍色の筒。

 一見ただの水筒にも見えるが、WAPの知り合いから無理を言って手に入れた、特殊な容器だった。

 入手当時は空だったが、今は中身が入っている。

 その中身は、決して素手では触れてはいけないモノだった。

 だから、つい怒鳴りつけてしまった。

 少女から容器を取り上げたことで安堵し、冷静さを取り戻した橘川は、

「す、すまない、これは、とにかく──大変貴重なモノなんだ」

 さすがに大人げなかったな──と、内心苦笑する。

 しかし、それほど取り扱いに注意が必要なモノでもあった。

 橘川は「貴重」という言葉を選んだが、下手に怖がらせないようにするための配慮で、実際には「危険」と言ったほうが正しい。

 他人がこのリビングに入ることなど想定していなかったため、自分さえ気をつければ良いと甘く考えていた。

「あ、いえ、その……ごめんなさい」

 さすがに、しゅんと肩を落とす少女。

「落ちてたから、乗っかったら危ないと思って……」

「落ちていた?」

 橘川は眉根を寄せた。

 管理がずさんとはいえ、さすがに危険物を床に転がしておくことなどしない。

 棚に入れておいたはずだ。

 よくよく考えてみると、初めて来た他人の家の棚を、なんの許可もなく勝手に開けるような非常識な真似を、この子達がするようには思えない。

 会って間もなかったが、人を見る目には絶対の自信があった。

 空き巣にでも入られたか?

 ならば、この容器だけではなく、他のモノも荒らされているだろう。

 時間勝負の空き巣が、積み上げられた資料を崩さないように気をつかうなど考えにくい。

 そうなると、容器が勝手に?

 橘川は、その可能性を本気で考えていた。

 正確には、容器の中身が──だ。

 そういう代物が入っている。

 そうならないように加工された特殊な容器なのだ。

 ただし、100%安全とは言い切れないと、入手の際に聞いていた。

 だから、入れてあった棚にも、独自の細工を施してあった。

 嫌な予感がする。

 あわてて容器の蓋をひねる橘川。

 思ったより簡単に回る。

 嫌な予感が現実に近づく。

 はやる気持ちを抑えて蓋を開けた橘川の顔から、血の気が引いた。

 中には何も入っていなかった。

「これの中身は?!」

「中身?」

 首をかしげる少女。

 質問が悪かった。

「蓋は? 開いていたか?」

 橘川が問い直すと、少女は目を瞬かせながら、ぎこちなくうなずく。

「くっ──」

 歯がみをした橘川は、片膝を尽くと、床に視線を這わせた。

 少女も、何がなにやら訳のわからないまま、とりあえず、辺りの床を見回す。

「あ、これ──ですか?」

 少女の言葉に橘川は、「危険」とは伝えていなかったことを思い出した。

「絶対に素手で触るんじゃないぞ!」

 慌ててそう釘を刺す。

「え?」

 少女が顔を引きつらせた。

 その指には、涙滴型をした透明な石がつまみ上げられていた。

 手遅れだった。

 橘川は目の前が真っ暗になった。

 これから起こる惨劇が脳裏をよぎる。

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