真冬と奈津子 2
「そう言えば、辻さんって誕生日いつなんですか?」
あれから真冬と奈津子は、図書館の帰りにときどき近くのファミレスでお茶をするようになった。連絡先はもちろん交換済みである。
大抵の場合、真冬の方から誘うが、奈津子の勉強の息抜きも兼ねていた。
奈津子が高校三年生で、真冬が一年生であることから、なんとなく真冬だけ敬語で会話する。
「こないだ誕生日だった。8月15日。お盆だね」
奈津子はドリンクバーのウーロン茶を飲みながらさらっと言った。真冬は抹茶アイスを食べている。
「えっ! だったら、過ぎる前に教えてください」
軽い衝撃を真冬は受けた。そんな大切なことも知らなかったなんて。
「でも、自分から言うのって、プレゼントを要求しているみたいでおかしいし……」
「今からでもプレゼントしますよ。辻さんは何がほしいですか?」
すかさず真冬が言う。そうだ、今からでも遅くない。今日は24日、少し過ぎてしまったけど、これくらい誤差の範囲だ。
「いいって! いいって!」
奈津子は慌てて両手を前にして振る。
「プレゼントは何がいいですか? かわいい系? おしゃれ系? それとも実用品がいいですか?」
「だから、小鳥さんは私のプレゼントなんて考えなくていいからね?」
奈津子は話を聞かない真冬に困惑しながら遠慮がちに言う。
「そんなさびしいこと言わないでください。こうやって仲良くなれたんだし、ね?」
「でも、知り合って間もないじゃない」
「時間なんてどうでもいいじゃないですか」
真冬はむむ、と口をへの字に曲げた。まるで奈津子は真冬のプレゼントを受けとるのが嫌みたいだ。
「プレゼント、迷惑ですか?」
真冬が少し沈んだ声を出すと、奈津子はビクッと首をすくめる。
「そんなことないよ! ごめんなさい。私の態度、失礼だったね。 あの、だって私、小鳥さんになんで良くしてもらっているのかいまだによくわからなくて」
「努力する姿を尊敬してるって言ったじゃないですか」
「それがよくわからないの」
奈津子は視線をそらして手元のストローの袋をいじる。奈津子には自分に自信がなく内気なところがあるのに、真冬は気づきはじめてきていた。
高い身長を少しでも小さく見せるようにいつも身を小さくして猫背になっている。いつも控え目で強く拒絶することもないけれど、すべてに対してどこか一線を引いているような印象だった。
真冬が手を放してしまったら、なんの抵抗もなく、空に舞い上がる風船のように遠くに行ってしまう頼りない関係に思えた。
「理由なんて何でもいいじゃないですか。私がプレゼントを贈りたいんです。遠慮しないでください」
真冬は明るい太陽のようにニコッとする。奈津子はすまなそうに微笑んだ。
「ごめんね」
「あ、それなし!」
「なあに?」
「ごめんねじゃなくて、ありがとうです。いいですか、安易なごめんねは禁止です」
真冬が身を乗りだし、真面目くさって指を立てて言うと、プッと奈津子が吹き出す。
「なんか先生みたい。ふふ、ご……ありがとう」
「それでよーし」
真冬は大仰に頷くと、自分でも耐えきれなくなってくくっと喉の奥を鳴らした。奈津子も一緒に笑う。ファミレスの一角に鈴を転がすような少女たちの笑い声が響いた。
◇◇◇
夏休み最後の日曜日、真冬は街で人を待っていた。半袖の白いブラウス、夏らしいカジュアルな柄のミニスカートをはいて、長い髪の毛は編み込んでアップにしている。
「お待たせ!」
「おそーい、暑さで身体が溶けちゃうかと思ったよ」
やって来たのは、真冬のクラスメート内海早織だった。早織は運動部に入っていてよく日焼けしており、竹を割ったようなさっぱりした性格の少女だ。
「ごめんってー」
「ゆるさない」
「このとーりだから」
早織がおどけた調子で真冬を拝むと、真冬もそれに会わせてツンと意地悪をしてみる。でも、口の端はおかしそうに歪んでいた。
真冬と早織は奈津子の誕生日プレゼントを選びに来ていた。
結局、奈津子は「なんでも嬉しい」としか言わなかったので、真冬は友だちに相談しながら選ぶことにしたのだ。
街中は洋服はもとより、かわいい雑貨やアクセサリー、便利な生活グッズ、美味しいものもなんでも売っている。日曜日だけあって、うだるように暑いのに人ごみでごった返していた。
真冬はどちらかと言うと、プレゼントを貰うより選んで贈る方が好きだった。贈る相手のことを考え、ああでもないこうでもないと悩む時間は、遠足の前日と同じくらい胸が弾む楽しい瞬間なのだ。
二人は冷房の効いた涼しい商業ビルの中に入ると、雑貨屋などを冷やかしつつ、会話する。
「それで真冬ちゃんがプレゼントしたい相手ってどんな人なの?」
「んー、どんな人だろ?」
早織が興味津々といった様子で尋ねる。
真冬は奈津子のことを思い浮かべてみた。
背が高い。170㎝近くあると思う。それがコンプレックスみたいだ。いつも制服姿で私服は見たことないから、どんな系統のファッションなのか知らない。鞄やスマホにキーホルダーの類いはついていなかった。でも、小物類は鮮やかな赤のような明るい色が多い。パッと見た印象では、大人しい優等生タイプ。受験生だ。派手さはないけど、中性的な顔だちがすごく美人だと思う。
改めて思い返してみると、真冬は奈津子のことをほとんど知らないことに思い当たった。
「最近知り合った他校の人で、背が高くて、年上で、落ち着いた雰囲気かな。いつも制服だから趣味とか知らない」
「えー、いいなあ。ね、顔はどう?」
「整っている方だと思う」
「きゃー、すごいじゃん」
「なにが?」
早織が両手を頬に当ててミーハーな声を出すと、真冬はピント外れな反応をする。
「で、真冬ちゃんはその人とどんな関係なの?」
真冬は考え込む。
そもそも、真冬と奈津子の関係はなんと呼べば良いのだろうか?
先輩後輩と呼ぶには学校も違うし、知り合って日も浅い。友だちと呼ぶにはなにかが違う気がする。
「……強いて言うなら、友だち。よくわからない」
「ふーん。これからだよ。 まっ、頑張りな!」
早織は一人で何かを納得したのか、元気よく真冬を励ました。真冬は早織のテンションにいまいち付いていけないけど、曖昧に頷いておく。
そんなとき、周囲に男女の二人連れが多いことに気がついた。腕を組み、晴れやかな笑顔で歩いていく。
「いいなあ……」
無意識に声が出て、真冬は驚いた。今までどんなに幸せそうなカップルを見ても、友だちの恋愛話を聞いても、まったく感情が動かず、他人事としか思えなかったのだ。
「真冬ちゃんにも春が来たんだねぇ」
早織が訳知り顔でウンウンと頷く。
「春ってなんのこと?」
「やだ、惚けなくていいから。好きなんでしょ? その人のこと。だって、その人のことを話すとき、真冬ちゃん見たことのないくらい良い顔をしているよ」
「えっ、好きって、まさか! 辻さんはそんなんじゃないって! 尊敬しているだけで……っ」
早織の予想外の言葉に真冬は心臓が止まるかと思った。カーと顔が熱くなり、焦って矢継ぎ早に言葉を継ぐ。
「辻さんって言うんだ?」
早織がにやけながら冷やかす。
「だって、辻さんは女性だよ?」
早織は一瞬びっくりして目を丸くしたが、すぐに気を取り直す。
「あれー、てっきり男子かと思ってたよ。 でも、相手が女子でも全然いいじゃん」
早織は大輪のひまわりのように、どこまでも爽やかに言い切った。
真冬はだんだん動悸が激しくなり、熱中症に患ったかのようにくらくらした。
好き? 好きってなに? 全然わからない。
突拍子もない発想に思考は空転したけれど、胸の奥でずっと噛み合わなかったパズルのピースがカチリとはまる音がした。