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真冬と奈津子 1

 晴海の研究室で眠る私は夢を見る。高校1年生の夏の真冬の夢だ。古いフィルム映画を鑑賞するような、真冬の背後霊として半分だけ昔の真冬と同化しているような不思議な感覚だった。



 ◇◇◇



 肩甲骨まである長い髪を鬱陶しそうに跳ねあげながら、自転車を漕ぐ少女がいる。スクールバッグを前籠に入れ、上腕に小さくイニシャルの入った白いYシャツに赤いリボンタイ、灰色のプリーツスカートという高校の夏服を着ている。

 その少女は午前の夏期講習を終え、市内の図書館に向かう小鳥 真冬だった。真冬が高校に入学してはじめての夏休みだった。連日の暑さにうんざりした様子ながらも、その猫目がちな瞳は明るく輝いている。


 図書館に着くと、真冬は涼しい館内でシャツの襟元を摘まんでパタパタと仰ぐ。

 汗をぬぐい、人心地ついたら、日本文学の棚から適当な本を一冊抜き取り、いつもと同じ閲覧テーブルにつく。

 図書館の奥まった場所にある閲覧コーナーの一番隅の席、ここからは閲覧コーナー全体の様子が自然に見渡せる。


 テーブルをふたつほど挟んだところに、これまたいつもと同じように一人の少女が一心不乱に参考書や赤本に取り組んでいた。

 半袖の開襟シャツに、膝丈の深緑のチェックスカートという制服を、生徒手帳の見本のようにきちんと着こなしている。

 赤本もあるということは受験勉強なのだろう、周りのことはいっさい意識から締め出しているようだ。

 お下げにして大人しい印象だが、女性にしては長身で、隣に座っているおじいさんより頭ひとつ分高い。本人はそれを気にしているのか、少しでも小柄に見せようと猫背だ。

 

 真冬は読書をしながら時々目をあげて、お下げの少女を伺う。お下げの少女は難しい問題にいきあったのか、口をムッとさせて、ペン先でノートをトントンと叩いている。


 真冬は思わずほほ笑んだ。

 真冬はこのところ、毎日のようにこの図書館に通っている。夏期講習の初日、何気なく高校の近くのこの図書館まで来た真冬は、真剣に受験勉強をするこのお下げの少女を見掛けて以来、なぜか気になってここに来てしまうのだ。入浴中や食事中など、気がつけばその真摯な横顔を、ぼーっと思い出してしまう。

 本当は声をかけたいのだが、勉強の邪魔をするわけにもいかず、なにより切っ掛けがなくて、毎日こうして見守るだけになっている。

 数時間がたち、閲覧コーナーは鮮やかなオレンジの夕日で染まっていた。平日の夕方、館内に人はまばらで、閲覧コーナーには真冬と勉強するその少女しかいなかった。

 6時過ぎ、そろそろ帰る時間だ。真冬は名残惜しそうにしながらも席を立つ。


「あ、雨」


 館内から出るとすぐ、ぽつと冷たい(しずく)が頭に当たった。手のひらを上に向けて確認する。ぽつ、ぽつ、と大粒の水滴がアスファルトに染みを作ると、後は転がるように雨足が強くなっていった。ついさっきまでは晴れていたのに、急な夕立が来たのだ。

 図書館のひさしの下で、帰り道をどうしようか考えていると、背後から声が聞こえた。

 

「うそっ 傘持っていない!」


 振り向くと、あの受験生の少女だった。おろおろとあたりを見渡している。


「あの、この傘、よかったら使ってください」

 

 真冬は鞄から折り畳み傘を取り出して、その少女に押し付けた。

 

「えっ、あの、申し訳ない……ですし、その」


 少女が驚きつつ遠慮しようとすると、真冬はさらに一歩前に出て傘をその少女の前に突き出した。


「いえ、申し訳なくないです。むしろ使ってほしいです。使ってください!」


 真冬は強引に迫った。この絶好のチャンスを逃すわけにはいかない。

 これをきっかけに名前を知ることができるかもしれないし、次会ったときも自然に声をかけることができるのだ。


「いや、やっぱり初対面の方なのに、悪いですし……あなたは帰り道どうするんですか?」


 真冬の勢いに少女は1歩後退る。顔にはハテナマークがたくさん並んでいた。


「私は自転車ですし、家は歩きには遠いですし、傘があってもしょうがないです。ちょっとは濡れるかもしれませんが、自転車でサッと帰ってすぐ風呂に入るから大丈夫です!」


「なんでそこまで!?」

 

 少女は驚愕の声をあげる。警戒したのか、身を守るように参考書が入っているかばんを両腕でぎゅっと抱きしめる。

 

「なんでって、それは……えっとその……」


 少女の思わぬ問いかけに冷静になってみると真冬は、確かに自分でもなんでこんなに必死なのかよくわからなかった。思わず、口ごもる。理由を考えているうちに、なぜか顔が赤くなってきた。


「そこまでするからにはなにか理由があるんですよね?言えない理由?」

「そんなことない!」


 とっさに大きな声を出してしまって真冬はハッとする。真冬にとっても自分の言動が支離滅裂で焦り始めてきた。少女の瞳には怪しむような光がますます強く浮かんでいる。


「あの、ほんとに困らせたいわけじゃなくて、ただあなたに、風邪引いたりとか、してほしくなかったんです……。いつも真剣に勉強しているの、よく見掛けるから私知ってて、受験生ですよね?あんなに真摯に努力できるのってすごいなぁって、いつも憧れていたんです!」


 最初の方は真冬の声も弱々しく、ぽそぽそと聞き取り辛かったが、段々自分の気持ちに励まされて最後は力強く言い切った。


「確かにあなた、よくこの図書館に来てますよね。そう、そうなの……よくわからないけど、ありがとう……?」

 

 ひとまず納得して警戒心が薄れたのか、少女は多少ぎこちなかったが、微笑みを浮かべた。双方ともにほっと息をつく。


「じゃあ、この傘使ってください!」

「それはやっぱり出来ません」

「どうして!?」


 少女は眉根を下げて苦笑して答えた。


「だって、あなたみたい可愛い年下の子をずぶ濡れで帰して、自分だけ悠々と帰るわけにはいかないよ。近くのコンビニまで一緒に行かない?私はそこで傘を買うから。あなたも自転車はここに置いてバスで帰ったらどうですか? 明日取りに来ればいいでしょう?」


 少女の言葉に真冬はぎょっとする。今、かわいいって言った?


「一緒に……って、つまり相合い傘ですか?」

 

 少女は首をかしげる。


「私、なにかおかしいことを言いましたか?もちろんそのつもりだけど、嫌だった?」


 真冬は慌てて首を降る。なぜか頬が弛み、心臓が高鳴るのを真冬は感じた。


「嫌じゃないです。ぜひご一緒させてください」


 まだ完全には固さが取れていないものの、少女は緊張していた身体から力を抜いて真冬へ歩み寄った。


「ありがとう。ねぇ、名前を教えて?私は、辻奈津子。南高校の3年生です。それにしても、どうしてそんなににこにこしているの?」


 それが奈津子と真冬の出会いだった。


現在の主人公が過去の夢を見るという設定なので、三人称に変えてみました(あまり徹底できていませんが)。混乱させてしまったら申し訳ありません

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