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庭園  作者: 俊衛門
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 弦の震える音で目が覚めた。

 一つ一つ、弦を弾いている音だ。演奏するのではなく、本当にただ鳴らすだけで。時折何か締め上げるような音もする。

 そしてそれはすぐ近く――具体的には隣の部屋から響いてくるのだ。ベッドから這いだして、その耳障りな騒音の元へたどり着くと、なんと同居人のアンドロイドが勝手にバイオリンをいじくっている。

「おはようございます、ミスタ・山辺。お目覚めですか」

 さも当たり前というように微笑みかけてくるリオに、山辺は詰め寄った。

「とりあえず言いたいことはたくさんあるんだが、僕が何か言えばあれか、また実力行使するんだろうなお前は」

「申し訳ありません、あの場合は仕方なく。ですがあれは緊急の措置です、あのような真似は滅多に行うことはありません」

「ああ、そんなしょっちゅうやられちゃ困るよな。けど頻度は重要じゃないんだよ、お前が僕にしたことは――」

「委員会から認められた防衛措置ですので、人的危害とはなりません。ただ、あなたに不快な思いをさせたことはお詫び致します」

 わりと神妙に、リオは頭を下げた。だからといって怒りが収まるわけでもない。

「僕は現在進行形で不快な思いをしているのだが?」

「それはどのようなことでしょう」

「どのような、じゃない。何だよこれ、人のもの勝手に触って」

「これは」

 と、リオはバイオリンを差しだした。

「差し出がましいとは思いましたが、調律をさせていただきました」

「調律?」

「あと、清掃も」

 バイオリンの表面が、昨日までと違って光沢を帯びている。ワックスか何か差したのだろうか。

 山辺はバイオリンを受け取り、弦を弾いてみた。弓を取り、音を奏でてみると、昨日より音が響く感じがした。

「お前に、楽器の調律なんてことができたのか?」

「まだあなたは、私の電子脳について誤解しておられるようですね。きっとあなたはこう思っているのでしょう、アンドロイドに音楽の機微は分からない。だから調律などできない、と」

「違うと言うのか」

 なにやらいちいちこちらの意図を見透かしてくるようで気に入らない。このアンドロイドに、人を小馬鹿にするという情動があるか分からないが、少なくとも言葉だけ捉えればそのように聞こえてしまう。

「あなたもご存じだとは思いますが、音律は単純な数学です。比の関係と、等比級数から導き出されます。一つの中心音を定めれば、そこから計算によってほかの音を定めること。たとえあなたと私の脳に差があったとしても、調律自体はそう難しいことではありませんよ」

何度か弦を弾いて音を出してみた。完璧なほどにそれは仕上がっていると分かった。

「罪滅ぼしってことか? お前なりの」

「罪ということが、法を犯すことであるならば、それは私には当てはまりません。何にしても私は法から逸脱した行為はとっておりませんので」

「よくもまあぬけぬけと……」

「しかし、あなたに危害を加えたことは確かです。それは、社会的な法ではないにしても、あなたの中でそれが罪であれば、私にとってもそれは罪です」

 全く訳の分からない物言いをする。それではぐらかされるのも癪に障るし、何もわかっていないくせに分かっている風なリオの態度もいけ好かない。

「じゃあ僕が白と言えば白、黒と言えば黒って、お前は言うのか」

「それは、状況によります。あなたほどではありませんが、私の回路も単純にはできていないので」

「ああそうかよ。まあ一応、感謝はしといてやる」

 山辺はバイオリンを置いた。時計を見ると、そろそろ出勤の時間だった。スーツに着替え、端末をとると、メッセージが入っていることに気がつく。

 オートヴァスから、各所員に向けてのメッセージだった。



「計画の段階が早まった」

 いつもの朝、見慣れた光景――オートヴァスが全員を前にして演説するこの風景に、いつもと違うことがあったとすれば――最初のに告げた一言と、それに対して驚く所員たちだろう。

「予定では、半月後の計画始動となるはずであったが、委員会よりあと一ヶ月後の始動を通達された。準備の都合もあるので期限を一ヶ月伸ばすよう交渉したが、それでも当初より大幅に計画が早まる」

 オートヴァスは相変わらず感情のこもらない声であったが、全員を動揺させるには足るものだった。

「何だっていきなり……」

 山辺の隣で、キムがそうつぶやく。そのキムの疑問そのままに、最前列にいた所員が声を上げた。

「何故いきなり、ここに来て計画が早まるのでしょうか?」

 オートヴァスの演説に、疑問を挟む者がいる。これもいつもと違う光景。そして最初で最後のこととなるだろう。。

「地下ドームの老朽化問題から始まった計画だが、耐久性を鑑みると一刻も早く移住者たちを送り込まなければならない。つまりはそういうことだ」

 どうやら、選択の余地はないらしく、計画の実行を早めるそのことに変更はないらしい。

 隣でキムが盛大に息を吐いた。

「簡単に言ってくれるような、まったく」

 ぶつくさ文句を垂れる、キムとは対照的に、山辺は言葉を失っていた。

 計画の段階が、早まる。

 つまりは庭園に行くことも――そこに行ける回数も、それだけ少なくなるということを意味していた。

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