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庭園  作者: 俊衛門
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 決まりきった文句と、変わり映えのない白と黒ばかりの空間には、静謐な緊張感が漂っている。

 棺があった。木棺には花を敷き詰め、その中央にマックスの亡骸が横たわっている。ビルの上から飛び降りた割には綺麗な顔だが、バラバラになった肉片すべてつなぎ合わせてあるのだろう。彼の顔には継ぎあわせた痕があった。

 教会には、オートヴァスと現場の連中が集まっていた。あるものは棺を沈鬱な目で、あるものは悲しみを隠さずに、それぞれが見送っている。オートヴァスだけは、何の感情も見受けられない鉄面皮を張り付けていた。

 その日、マックスは一人でホテルにいたという。アンドロイドも当然のごとくマックスに付きしたがっていたが、アンドロイドはそのとき機能を停止していた。

 マックスは、部屋の窓から転落した。

 ホテルの下には、連絡走路が通っていた。ちょうど真下を通ったリニアが、彼の体を律儀に引き裂いたのだという。肉片すべてを回収するのに、かなりの時間を要したようだ。

 マックスに特定の宗教はなく、葬儀はキリスト教式に行われた。かつてオールドセンチュリーの時には世界最大の宗教であって、それにはプロテスタントだかカトリックだかあったらしいが、山辺にはその違いが分からないし、おそらく参列した誰もが正確にはわからない。ただし、葬儀というものもそうだが、式典という式典すべてに様式というものが必要なのだ。だから宗教を装う必要があった。

 その様式にのっとって、マックスの棺は土中に埋葬された。この地下ドームの土の下、なんだか地下という言葉の定義から確認しなければならないようなややこしさ。


「不幸な事故であった」

 そう、オートヴァスが告げたのは、マックスが土の中に入ってから半日後。つまり葬儀の翌日だった。

「他の誰もがそうであるように、彼は使命を全うした。我々は彼の意志を継がなければならない」

 ほぼ定型文だが、別にそれは問題ではない。オートヴァスの演説が、決まりきったものであることなど今に始まったことではない。

 それよりも気になることがあった。

 作業につくよりも前に、山辺はオートヴァスの元に行き、問いつめた。

「警察の発表でも、事故死ということになっています」

 唐突に切り出したので、オートヴァスは何のことか分からなかったようだった。

「マックスのことか」

「しかし、奴は私に言ったんです。アンドロイドのモニタリングに引っかかった、メンタルケアを進言されたと」

「ああ、そうだったかな。よく覚えていないが」

「当日」

 オートヴァスはいい加減この話を打ち切りたがっている――そういう態度が透けて見えた。だから、山辺も食い下がった。簡単に終わらせてなるものか。

「奴のアンドロイドは、機能が停止していた。そうですよね」

「アンドロイドに関しては、調査中だ」

「しかし、あいつは技師だ、アンドロイドといえども機械、そいつを強制停止させることも可能ではないのですか。アンドロイドの機能を停止させ、奴自らが飛び降りたのだとしたら――」

「山辺」

 いつになく険しい表情で、オートヴァスはぴしゃりと言い放つ。葬儀の時、演説の時、そんな場には一切出てこないかのような、鋭い射抜くような目をしていた。

「それらはお前の妄想にすぎない。くだらないことに気を取られるな」

「私は真実を知りたいだけです。酔って足を滑らせるなどと、そんな不自然に脚色された事実ではなく」

「真実など、知ってどうする」

 にわかにオートヴァスの目が鋭さを増した。

「どれが真実だと、お前は言うのだ。奴が死んだ理由を、その真実をお前はどこに求めるというのだ」

「どうする、と言われても。真実を明らかにせずにおくことが、果たして正しいことなのですか」

「正しいか間違っているか、そんな判断は都度変わるもの。お前にとって正しいことが、世間にとって正しいとは限らない」

「そんな理屈が――」

「真実が、必ずしも必要であるとは限らないものだ、山辺」

 オートヴァスは、一方的にこの話を切ろうとしていた。

「真実などというものは、結果に対して一つしかないものと言うかも知れない。だが、結果に対する要因など、それほど単純に一つに出来るものではない。単純にまとめることの出来ないものを、事実という蓑を被せる、それだけのことだ」

「だが、それであいつが浮かばれるとは思えない」

「彼の意志など、お前には計りようもない。真実を明らかにしたところで、起きた現実が覆りようもない。たとえ、真実がどうであろうと、それをどうこうする時間は、我々にはないはずだ。そうだろう」

 一言でも逆らうことは許さないかのような物言いだった。気圧され、何かを言おうとしたことも喉の奥に追いやられる心持ちになる。

「それと、真実がどうと言ったが」

 オートヴァスは背を向けた。それが拒絶であることの現れであるかのようだった。

「真実などというものが、もしあるとすれば。お前や私のような人間には見えないものだろうよ。すでに、目の前にあることから目をそらし続けている我々には」

「それはどういう――」

「仕事に戻れ、山辺悟」

 オートヴァスは立ち去った。

 後には山辺一人が残された。


 家に戻るとリオが玄関先に立っていた。

 いつもは扉をあければ出迎える程度だ。いつ戻るとも分からない山辺を、リオはどれほどの時間か分からないが待ちかまえていたようだった。

「お帰りなさいませ、ミスタ・山辺」

 帰宅時の、リオの第一声は変わらない。だが今日はやけに丁寧な物腰である気がした。山辺は応えず、リオの隣を素通りして家に入ろうとした。「今日は行かれないのですか」

 唐突にそんなことを言われる。どこにだ、と聞き返そうとしたが、その必要はなかった。どこへ、ときたのだ。山辺が行ける場所など、限られている。 

「なぜあそこに行く、と」

「週末ですから。最初は休日、その次は週末。あなたはどちらかにお出かけする」

「出かけないという選択もあるだろう」

 背広をソファに投げ出した。布地が触れるか触れないかのうちにリオが回収する。なぜか、それを見て余計なことをされたような気分になる。

「そんな気分にはなれない」

 ソファに身を投げ出すと、いろいろなことが脳裏をよぎった。マックスの、あのとき――このドームのあり方に疑問があるかのような物言いだった。あれが、死に向かう最後の兆候だったのかもしれない。それに気づければ良かったのか、と思っても、それに気づいたところでどうしようもないことだ。

「お前たちは、何のために監視しているんだ」

 ちょうどハーブティーの香りが漂ってきたところで、山辺は訊く。リオが一人分のカップを持ってくるところだった。

「とおっしゃいますと」

「僕や、他の局員たち。現場の作業員や、とにかく計画を知っているすべてのもの。どうしてお前たちは、派遣されてきているんだ」

「以前にご説明した通りです。あなた方の心の支えとなるために」。

「精神状態の監視だけなら、脳波を測定して、それだけで済むならばそれだけやればいいだろう。アンドロイドである必要などない。何でお前なのかと訊いているんだよ。精神状態を知るのならば、部屋のどこかに測定器でも備え付ければいいんだ」

「お言葉ですが」

 あくまでリオは冷静な声音だった。

「単なる測定ではありません。あなたの精神状態を安定に近づけるために、私が派遣されたのです。もし、あなたが私を気に入らないと言われれば、私は即時解任されます。しかし、また新たなアンドロイドが派遣されるでしょう。あなたのおっしゃる測定器のみの設置はなされません」

「だからそれが分からないんだよ。何で、アンドロイドなんて派遣すりゃ、安定に近づくと言えるんだ」

「そういう環境が必要なのです、ミスタ・山辺」

 リオは諭すように言う。

「家族や友人、恋人、そういう人が身近にいればそれで良い。けれどもそうでなければ、誰かとコミュニケーションを欲してしまうのが人というもの。それを補うのが、私たちの役目です。それは今現在ということだけでなく、未来にわたって。それこそ移住ドームでの巻き戻しに連動して時間が進みすぎてしまう、そのときにも。私はあなたのそばにいることを義務づけられているのです」

 リオの答え方は、あらかじめ用意されていたかのような印象だった。何万通りとある問いの中から一つを選び出したのだという、誰かがしたり顔で語ったことをそのまま引用しているだけというような。

「生活に必ずしも必要なわけではない人工太陽が、ひとつのドームにかならずひとつあるように、人が生きていた環境には必ず付随するものです。それでも飽きたらず、わざわざ巨費を投じて庭園のようなものまで作ったのは、人がそれを求めるからでしょう」

リオの言うことはもっとも過ぎることだった。理解もできた。だから、それ以上、何かを言うとすれば、きっとそれ以上の説得でもって反論される気がして、結局それ以上の事はいえなくなる。

「……もういい、分かった」 

 山辺は片手を振り上げた。

「お前の言うことは。分かったからもう向こうに行け」

「ご命令とあらば」

 リオが一礼して部屋を去る、その間際にリオが足を止めた。

「しかしその前に。今日は行かれないのですか?」

「どこに」

「ですから、庭園へ」

 さも当たり前であるかのように告げる。

「夕暮れです。この時間ならば、あるいは彼女も」

「気が向いたらな」

 いちいち細かいことまで覚えているものだ、と変に感心しながら言った。

「気が向いたら行くかもしれない」

「車をお出ししましょうか」

 リオの提案を蹴ることもできたが、それについて深く考えることも、もはやどうでも良くなっていた。腰を上げて山辺はコートを羽織った。

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