【2】おぶわれて
大人になるまで知らなかったのだが、母は私の本当の母ではない。
生まれて間もなく、身寄りをなくした私は、親戚の家に引き取られ、さらにその家で育てる事ができなくなり、現在の両親のもとに預けられたのだそうだ。
育ての父は優しい人で、引き取り手のない私に同情したのだと思う。
母はというと、子供にあまり興味がなかったのか、それとも私にあまり興味がなかったのか、あまり構ってもらった記憶がない。
かといって、いじめられたり、虐待された記憶もない。
母はただ、いつも自分の世界に没頭している人だった。
何時間も編み物をしたり、縫い物をしたり、つくしのはかまをとったり、いつも何か眉間にシワを寄せ作業をしていた。
私は、退屈しても、寂しくても、泣いたり愚図ったりするタイプではなかったようで、手のかからない子だとして放っておかれたのだろう。
私が、まだ1歳くらいの頃、近所で大喧嘩があった。
酔っ払った男二人が、ささいな事で言い争いになり、二人して日本刀を振り回しての大立ち回りに、駐在所であった私の父親はすぐに呼び出されたのだそうだ。
心配した母も、すぐに父の後を追い様子を見に出て行った。
なんとか立ち回りを治め、両親が帰宅した時、家に寝かせていたはずの私の姿はなかったそうだ。
両親は慌ててあちこち探し回ったが、どこにも赤ん坊の姿はなく、これはもう誰かに連れ去られたに違いないと、あてもなく近所を走り回った。
すると、笑顔のみいちゃんばあちゃんが私を背中におぶって、土手沿いを散歩していたそうだ。
「前ば通ったら、ぎゃあぎゃあ泣きよったけ、散歩に出とったんばい」
みいちゃんばあちゃんは、さらっとそう言うと、こう付け加えたそうだ。
「こんな小さか子ば、置いていったらいけんが」
ずっと後になって、この話をする時、いつも父は笑ってこう言った。
「勝手に人の家に入って、子供ば連れていっといてよう言うわなあ」
私は、時々思う。
それは、私にとって一体どんな時間だったのだろうか。
親に置いていかれ、泣きわめき、知らないおばさんに連れ出され、その間一体何があったのか。
なんだか心細いような不安なような、せつない気持ちになってしまう。
いまだに。