「EDEN?」
華やかな大通りを一本それれば、そこにあるのは普通の人間なら足を踏み入れるのを躊躇う闇だ。
灯りの少ない街路は、清潔さとは一線を隔す、くすんだ灰色の世界だった。
雪のちらつく冷たい路上に、今夜の宿もなく、打ち捨てられたかのように、小さな躰を丸めたまま座り込む少年が居た。
寒空に、こうしてなすすべなく生きる人は、この国には大勢いる。
一握りの富裕層、大半を占める中間層、そして、忘れ去られた貧困者。
親に捨てられた子ども、職を失った者、表の世界でわけありの者。様々な人が、この闇で生きている。
裏社会でも、ある程度の年齢になれば、まっとうではなくとも生きていくことはできる。けれど、子どもはどうだろうか?
この国の気候では、大人でも屋外で冬を越すのは難しい。その上、栄養状態も良くないので、すぐに病気になる。毎年多くの子どもの姿が、この路地裏から消えていく。
(さむい、な……)
白い息を、汚れた手に吹きかける。
拾ったマフラーに顔を埋めて、少年は降り続く雪を、感情の抜けた瞳で見つめた。
力のない子どもから、淘汰されていく。そんな不条理な世界が、僕のすべてだった。
*****
「――――……」
夜半にふと目が覚めて、温かい寝台から上体を起こすと、青白い月が中天にあった。
まだ夜か。そう思うと、何故か心細い気持ちになった。静かな夜は嫌いだった。雪がすべての音を消していく、あの雪の夜に似ているから。
ひとつため息をつくと、隣に眠る、幼い頃に自身を拾ってくれたその人であり、館の主人でもある女を見つめ、彼女の頭をそっと撫でた。
(――ねぇ、うちに来る?)
十年前のあの冬の夜、そう言って声をかけてくれたひと。
たとえ彼女が裏社会に身を置く者で、手がける仕事がどんなに穢れていようとも、僕にとっては、彼女の存在が、かけがえのない『居場所』だ。
恋人のような、姉のような、母親のようなひと。でも、一番似合う言葉は……。
そんなことを考えていると、カタリ、と扉の傍で音がした。
振り返ってみると、そこには顔見知りの少年の姿がある。
「やぁ、イリス」
ふわりと微笑んで、彼の名前を呼ぶ。
声をかけられた少年は、顔をしかめたまま僕の姿を見ている。
「……アンタ、なんでこんなことしてるの?」
「こんなこと、とは?」
わかっていて、微笑んだまま質問を質問で返してみた。
「女衒や嬪夫の真似事をしていると思ったら、次は娼夫?」
あからさまに不快な顔をすると、イリスが僕を睨む。
「僕は、元は娼夫だよ。彼女が、僕が自分以外の客を取るのが嫌だと言うから、仕方なく他の仕事をしているだけ」
どこか困ったように笑いながら、眠っている彼女の髪を撫で続ける。
「ねえ……ひとついい? それは『飼われている』って言うんだよ」
侮蔑を含んだ嘲笑だった。
「そうかもね」
諦めも、惨めさも微塵も感じない明るいで答えると、イリスは困惑したように床に視線を落とした。
「……俺も、俺に金を積んだ主人に飼われているけれど、それはアンタの飼われているという意味合いとは違うね。……そう、アンタは彼女に『囚われている』のさ」
「それは仕方ないよ。彼女は僕の神様だもの」
十年前のあの日、彼女に拾われなければ、凍え死んでいたかもしれない。僕を捨てた両親や、僕を殴った別の店の主人も、罵声を浴びせた街路の者たちにも届かない素晴らしい世界をくれた。生きる意味をくれたひとだ。
彼女への想いに愛があるのか、と問われれば、正直わからない。愛というよりも、忠誠や崇拝にも近い気がする。
傍に居たい。お互いひとりにはなりたくはない。誰かに必要とされたい、誰かと繋がっていたい。寂しさを寂しさで紛らわせているだけなのかしれない。
そして、それに気付きたくないだけかも?
雪の降りしきる、凍てつく夜は、もう要らないんだ。
僕等はただ、温かい夜明けを――待ってる。
(END)
読んで下さり、有難うございました。
BGM聴きながら書いていると、こっちまで切なくなったっす。
♪「素直になれなくて」




