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「EDEN?」

作者: 斎木 皓夜
掲載日:2011/10/18



 華やかな大通りを一本それれば、そこにあるのは普通の人間なら足を踏み入れるのを躊躇う闇だ。

 灯りの少ない街路(ストリート)は、清潔さとは一線を隔す、くすんだ灰色の世界だった。

 雪のちらつく冷たい路上に、今夜の宿もなく、打ち捨てられたかのように、小さな躰を丸めたまま座り込む少年が居た。

 寒空に、こうしてなすすべなく生きる人は、この国には大勢いる。

 一握りの富裕層、大半を占める中間層、そして、忘れ去られた貧困者。

 親に捨てられた子ども、職を失った者、表の世界でわけありの者。様々な人が、この闇で生きている。

 裏社会でも、ある程度の年齢になれば、まっとうではなくとも生きていくことはできる。けれど、子どもはどうだろうか?

 この国の気候では、大人でも屋外で冬を越すのは難しい。その上、栄養状態も良くないので、すぐに病気になる。毎年多くの子どもの姿が、この路地裏から消えていく。


(さむい、な……)

 白い息を、汚れた手に吹きかける。

 拾ったマフラーに顔を埋めて、少年は降り続く雪を、感情の抜けた瞳で見つめた。

 力のない子どもから、淘汰されていく。そんな不条理な世界が、僕のすべてだった。

 




*****






「――――……」

 夜半にふと目が覚めて、温かい寝台から上体を起こすと、青白い月が中天にあった。

 まだ夜か。そう思うと、何故か心細い気持ちになった。静かな夜は嫌いだった。雪がすべての音を消していく、あの雪の夜に似ているから。

 ひとつため息をつくと、隣に眠る、幼い頃に自身を拾ってくれたその人であり、館の主人(マスター)でもある女(ひと)を見つめ、彼女の頭をそっと撫でた。


(――ねぇ、うちに来る?)

 十年前のあの冬の夜、そう言って声をかけてくれたひと。

 たとえ彼女が裏社会に身を置く者で、手がける仕事がどんなに穢れていようとも、僕にとっては、彼女の存在が、かけがえのない『居場所』だ。

 恋人のような、姉のような、母親のようなひと。でも、一番似合う言葉は……。

 そんなことを考えていると、カタリ、と扉の傍で音がした。

 振り返ってみると、そこには顔見知りの少年の姿がある。

「やぁ、イリス」

 ふわりと微笑んで、彼の名前を呼ぶ。

 声をかけられた少年は、顔をしかめたまま僕の姿を見ている。

「……アンタ、なんでこんなことしてるの?」

「こんなこと、とは?」

 わかっていて、微笑んだまま質問を質問で返してみた。

「女衒や嬪夫の真似事をしていると思ったら、次は娼夫?」

 あからさまに不快な顔をすると、イリスが僕を睨む。

「僕は、元は娼夫だよ。彼女(マスター)が、僕が自分以外の客を取るのが嫌だと言うから、仕方なく他の仕事をしているだけ」

 どこか困ったように笑いながら、眠っている彼女の髪を撫で続ける。

「ねえ……ひとついい? それは『飼われている』って言うんだよ」

 侮蔑を含んだ嘲笑だった。

「そうかもね」

 諦めも、惨めさも微塵も感じない明るいで答えると、イリスは困惑したように床に視線を落とした。

「……俺も、俺に金を積んだ主人に飼われているけれど、それはアンタの飼われているという意味合いとは違うね。……そう、アンタは彼女に『囚われている』のさ」

「それは仕方ないよ。彼女は僕の神様だもの」

 十年前のあの日、彼女に拾われなければ、凍え死んでいたかもしれない。僕を捨てた両親や、僕を殴った別の店の主人も、罵声を浴びせた街路《ストリート》の者たちにも届かない素晴らしい世界をくれた。生きる意味をくれたひとだ。

 彼女への想いに愛があるのか、と問われれば、正直わからない。愛というよりも、忠誠や崇拝にも近い気がする。

 傍に居たい。お互いひとりにはなりたくはない。誰かに必要とされたい、誰かと繋がっていたい。寂しさを寂しさで紛らわせているだけなのかしれない。

 そして、それに気付きたくないだけかも?


 雪の降りしきる、凍てつく夜は、もう要らないんだ。

 僕等はただ、温かい夜明けを――待ってる。

 







(END)





読んで下さり、有難うございました。

BGM聴きながら書いていると、こっちまで切なくなったっす。

♪「素直になれなくて」

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