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第3話 監察役が来たので、今日こそ終わったと思った

 ■ 業務日誌 ■

 担当:勇者一行調整役。

 氏名:エリオット・ハイン。

 状況:本日の胃痛、過去最高。

 備考:本日の来訪者、派遣元王国より監察役一名。


 朝、宿舎に王都の紋章入り馬車が到着したと聞いた時点で嫌な予感はしていた。

 案の定、降りてきたのは灰色の礼装に身を包んだ細身の男だった。

 名をベネディクト・オルセン。

 王国監察局所属。

 眼鏡が光って見えるタイプの文官である。


 「エリオット・ハイン殿ですね」

 「はい」

 「勇者一行の進軍遅延について、現地確認に参りました」

 「そうですか」

 「そうです」


 帰ってくれとは言えなかった。


 ベネディクト殿は宿舎へ向かう道中、ずっと小言のように言った。


 「王都では期待が高まっています。勇者一行は国威そのものです。にもかかわらず、現地からの報告は曖昧で進捗が見えない」

 「進捗はあります」

 「士気向上・関係強化・補給路改善ばかりではありませんか」

 「全部必要なことです」

 「魔王軍を削れという話です」


 正論である。だから困る。


 私は宿舎の扉の前で一度深呼吸した。

 今、勇者一行がまともな状態でありますように。

 せめて誰も寝巻きでいませんように。


 扉を開けると、勇者レオンが床に地図を広げていた。


 「お、エリオット。ちょうどいい。今日は東の入江にでかいイカが出るらしい」


 終わった、と思った。


 聖女ミレイアは窓辺で花冠を編んでおり、魔導士シルヴィアは新しい杖の色味が朝日に合わないと怒っている。

 護衛ガルドは干し網の改良をしていた。


 そこに監察役ベネディクト殿が一歩前に出た。


 「勇者レオン殿」

 「誰?」

 「王国監察局のベネディクト・オルセンです。国命により、あなた方の行動実態を確認しに来ました」

 「へえ」

 「へえ、ではありません。北方戦線は停滞しています。本日ただちに出撃していただきたい」


 空気が止まった。


 レオンはゆっくりと顔を上げた。

 あ、この顔はまずい。

 指図されるのが嫌いな時の顔だ。


 「出撃の判断は俺たちがする」

 「違います。あなた方は王国の命に従う立場です」

 「じゃああんたが前に出るか?」

 「それは任務が違います」

 「だったら現場に口だけ出すな」

 「勇者としての責務を――」

 「はいそこまでです!」


 私は二人の間に滑り込んだ。ここで火花が散ると本当に終わる。

 たぶん前線ではなく物理的に宿舎が吹き飛ぶ。


 「ベネディクト殿、勇者様方には勇者様方の判断基準があります」

 「しかし」

 「勇者様、監察役殿にも職務があります」

 「知らん」

 「知ってください!」


 私の声が一番大きかった。


 一瞬の静寂。

 全員がこちらを見る。

 もう嫌だ。帰りたい。


 だが、ここで崩れるわけにはいかない。

 私は頭の中で最短経路を組み立てた。


 「本日の争点は二つです。王国は『成果』が欲しい。勇者様方は『無理な出撃』をしたくない。ならば両方満たせる形を作ります」

 「どうやって?」

 

 ベネディクト殿が眉をひそめる。


 「局地任務です」


 私は地図を広げ直した。


 「北西の監視塔跡に、魔物の斥候群が居ついています。規模は小さいが、放置すると本隊の動きを早める原因になる。ここなら半日で往復可能、勇者一行の負担も少ない。しかも監察役殿は『本日中の実績』として王都に報告できる」

 「……ふむ」

 

 ベネディクト殿が黙る。


 「大軍相手の進軍ではありません。しかし、前線全体には意味があります。勇者様方、これならどうですか」

 「半日で終わる?」


  レオンが聞いた。


 「終わります。帰りに東の入江へ寄れる程度には」

 「最初からそう言え」

 「最初からイカの話をされたので!」


 結局、その日の午後、勇者一行は北西の監視塔跡へ向かった。


 結果は圧勝だった。


 斥候群は勇者レオンがまとめて蹴散らし、聖女ミレイアが負傷兵を癒やし、魔導士シルヴィアが塔跡の残骸ごと魔物の巣を焼き払い、護衛ガルドが退路と補給箱の配置まで整えた。

 半日どころか三時間で終わった。


 視察に同行したベネディクト殿は、帰り道でずっと黙っていた。

 宿舎前に着いてから、ようやく口を開いた。


 「……強いのですね」

 「はい。だから扱いが難しいんです」

 「なるほど」

 「お分かりいただけましたか」

 「少しだけ」


 そのあと監察役殿は、勇者一行に向かってぎこちなく頭を下げた。


 「本日は、失礼しました」

 「別にいい」


 レオンはあっさり言った。


 「エリオットがうまく回しただけだし」

 「え?」

 

 思わず変な声が出た。


 聖女ミレイアも頷いた。


 「あなたがいないと、たぶん私たち、今ごろ監察役さんともっと揉めてたわよ」

 「補給計画も誰かが見ていないと崩れる」

 

 ガルドが言う。


 「お前は必要だ」

 

 シルヴィアまで当然のように言った。


 「だって交渉も謝罪も書類も、全部あなたの仕事だもの」


 嬉しくない。

 いや、少しだけ嬉しい。

 でもその評価、だいたい苦労の証明ではないだろうか。


 夜。私は報告書を二通書いた。


 一通は王都向け。

 『監察役立会いのもと、北西監視塔跡の局地浄化任務を実施。斥候群を排除し、前線の安全性を向上』


 もう一通は私用の日誌。


 『勇者一行と監察役の衝突を回避。たぶん今日が今までで一番危なかった。なお、勇者一行の中で私がいないと回らない空気が少し出てきた。嬉しいような、逃げられなくなったような。魔王より先に俺の胃が危ない』


読んでいただきありがとうございます。

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