第2話 勇者一行の機嫌を取るのも業務に入りますか
■ 業務日誌 ■
担当:勇者一行調整役。
氏名:エリオット・ハイン。
状況:寝不足
本日の主な業務は、勇者一行の機嫌を損ねずに王都への体裁を整えること。
誰だこんな役職を作ったのは。たぶん偉い人だ。恨む。
昨日の報告を送ってから二時間後、王都から返答が来た。
『士気向上は評価する。だが進軍速度の改善を求む。勇者一行の出撃予定を具体的に示せ』
具体的に示せと言われても、こちらも知りたい。
私は朝食の席で勇者一行に本日の予定を確認した。
「勇者様、今日は出撃できますか?」
「午後なら」
「本当ですか!」
「午前は海産物市に行く」
「なぜです」
「南から珍しい貝が入るらしい」
「北方戦線ですよここは!」
「だから珍しいんだろ」
勇者レオンは自由だ。自由すぎる。
聖女ミレイアはミレイアで、朝から宿舎の使用人たちに美容水の作り方を教えていた。
本人いわく「癒やしも聖務」らしい。
間違ってはいないが、前線で優先することではない。
魔導士シルヴィアは新しい杖が届いたことで上機嫌だったが、「試し撃ちは景色のいい場所がいい」と言い出した。
護衛ガルドはその横で、「昨日の魚の干物がうまかったから今日は保存食の改良をしたい」と真顔で言っていた。
この一行、魔王討伐隊というより休暇中の貴族旅行団ではないだろうか。
だが、私は調整役である。泣き言を言う前に回すしかない。
「承知しました。では午前中は市街での親善活動、午後は新杖の試験運用を兼ねた周辺魔物の間引き、という形で予定を組みます」
「お、いいじゃん」
勇者レオンが言った。
「親善活動って海産物市に行くだけだけど」
「名称は大事なんです」
午前、私は勇者一行を連れて海産物市へ向かった。
勇者が歩けば人が集まる。
聖女が笑えば子どもが手を振る。
魔導士が高級貝を値切れば店主が泣きそうになる。
護衛が干物の保存法を真剣に聞けば、なぜか商人たちが一斉に相談を持ちかけてくる。
結果として、市場の混雑はすごいことになった。
最初に苦情を言ってきたのは現地兵だった。
「ハイン殿! 勇者様方のせいで広場が通れません! 補給車が止まってます!」
「今行きます!」
私は走った。
広場では、人だかりの中心で勇者レオンが巨大な貝を掲げていた。
「見ろエリオット! これ、焼いたら絶対うまい!」
「それより補給車が止まっています!」
「じゃあ開ければいいんだな?」
「はい、できれば穏便に!」
そこからの対処は我ながら悪くなかった。
まず勇者レオンに即席の握手会をさせて人の流れを片側に誘導し、聖女ミレイアには広場の隅で子ども向けの簡易治療会を開いてもらい、魔導士シルヴィアには上空へ小規模な光魔法を撃たせて「勇者一行の午後出撃予告です」と注目を集めた。
護衛ガルドには補給車の荷崩れを直してもらう。
あの男、保存食と荷運びに関してだけは異様に頼もしい。
おかげで一時間後には広場の混乱は収まり、補給車も動いた。
さらに午後、勇者一行は新杖の試験運用という名目で近隣の魔物の群れを一つ吹き飛ばした。
ついでに街道沿いの崩れかけた岩場もレオンが斬って整地したため、現地司令部から「補給路が通りやすくなった」と妙に感謝された。
私はただ、その場しのぎで組み替えただけである。
夕方、司令官が肩を叩いてきた。
「助かったぞ、ハイン殿。勇者様方はやはり扱いが難しいが、君がいると結果的に全部うまく回る」
「ありがとうございます。あまり褒められると明日の分の不幸が怖いのでやめてください」
「ははは!」
笑い事ではない。
夜、私は王都向けの報告書を作成した。
『午前は市街親善および物資流通状況の視察、午後は新装備の実戦試験を兼ねた局地作戦を実施。街道沿い脅威を排除し、補給路改善に寄与』
またしても嘘は書いていない。
だが、事実をそのまま書くと怒られる自信がある。
私用の日誌には、本当のことを書いた。
『勇者様は貝を買い、聖女様は美容水を配り、魔導士様は杖自慢をし、護衛殿は干物の干し方を学んだ。結果として補給路が改善し、司令部に感謝された。世の中は分からない』
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