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第1話 今週中に前線を押し上げろと言われましても

 ■ 業務日誌 ■

 担当:勇者一行調整役。

 氏名:エリオット・ハイン。

 状況:本日の胃痛、朝から強め。


 まず先に言っておくと、勇者一行は強い。


 本当に強い。


 北方戦線に巣くう魔物の群れを、正面から突っ切って本陣まで切り裂けるくらいには強いし、実際に先月は魔将級を一体、昼食前に片づけた。


 あのときは現地司令部が泣いて喜び、派遣元王国は「さすが我が国の勇者」と大喜びし、勇者本人は「汗かいたし午後は休もう」と昼寝を決めた。


 その認識のズレが、すべての始まりだったのだと思う。


 朝一番、執務室に届いた王都からの魔導通信には、こう書いてあった。


 『今週中に北方前線を押し上げ、魔物軍の補給線を断て。勇者一行を中心に進軍を加速せよ。なお、追加予算の予定はない』


 最後の一文が毎回ひどい。


 私はその羊皮紙を三回読み返し、三回とも同じ結論に達した。


 「無茶だろ……」


 だが、調整役たるもの、口に出してはいけない。私は深呼吸をして勇者一行の宿舎へ向かった。


 宿舎の裏手では、勇者レオンが川辺に座っていた。


 剣を持っている。

 鎧も着ている。

 だが姿勢が完全に釣り人だった。


 「おはようございます、勇者様」

 「おう、エリオット。静かにしてくれ。今、でかいのが来てる」

 「魔物ですか?」

 「魚だ」


 だめだこりゃ、と思った。


 隣では聖女ミレイアが温泉宿の案内冊子をめくっており、魔導士シルヴィアは新しい杖の装飾石について職人と口論している。護衛役のガルドに至っては中庭で寝ていた。立ったまま。


 「皆さま、本日なのですが」

 「出撃はなしで」

 

 レオンが浮きを見たまま言った。


 「まだ何も言ってませんが」

 「どうせ出撃の相談だろ」

 「ええ、まあ、だいたいそうです」

 「今日は無理だな」

 「理由をお伺いしても?」

 「釣れる日だから」


 勇者が言うと妙に説得力があるのが腹立たしい。


 私は順番に説得を試みた。


 王国から急かされていること。

 現地司令部も焦っていること。

 今ここで一度前線を押し上げれば、後が楽になること。


 だが、勇者一行は揃って首を縦に振らなかった。


 「私、昨日の戦闘で髪が傷んだのよね」と聖女ミレイア。

 「新しい杖が今日届く予定なの。旧式で出るなんて私の魔力に対する侮辱よ」と魔導士シルヴィア。

 「無理に進むと補給が雑になる。雑な補給は嫌いだ」と護衛ガルド。

 「あと今、魚が食ってる」と勇者レオン。


 最後のは理由としてどうなんだ。


 しかし私も、この一か月で学んでいる。

 ここで正論を振りかざしても、彼らは動かない。

 下手に機嫌を損ねれば、明日も動かない。

 明後日も動かない。

 最悪、一週間くらい「なんかやる気が出ない」で停滞する。


 勇者一行は、強い。

 強すぎる。

 そのため、機嫌を損ねた時の被害も大きい。


 私は戦略的撤退を選んだ。


 「……承知しました。では本日の出撃は見送ります。ただし、王国向けの報告に最低限必要な『何か』は欲しいのですが」

 「何か?」

 「はい。前向きな材料を」

 「じゃあ、釣果」

 

 レオンが欠伸混じりに言った。


 「魚を王都に送りましょうか」

 「要りません」


 結局その日は、勇者一行が宿舎裏の川で大魚を釣り上げ、現地兵がなぜか盛り上がり、その勢いで夕食会が開かれた。

 魔物軍との戦況は一歩も動かなかったが、士気だけは少し上がったらしい。

 人はなぜ食事会で士気が上がるのか。


 夜。私は机に向かい、王都への報告書を書いていた。


 『勇者一行は現地兵との関係強化および補給拠点周辺の安全確認を兼ねた活動を実施。将兵の士気向上に一定の成果あり』


 嘘は書いていない。

 ただ、だいぶ丸めているだけだ。


 そのあと、私用の業務日誌に本当のことを記した。


 『本日も出撃しません。理由、勇者様が釣りに行ったため』

読んでいただきありがとうございます。

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