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第五話:十秒ちょっとの戦場

第五話:十秒ちょっとの戦場


私が陸上を始めたきっかけは、単純だった。小学生の頃、ただ足が速かったから。


中学校に入っても、百メートル走では校内でぶっちぎりだった。自己ベストは十三秒ジャスト。ストップウォッチの液晶にその数字が浮かぶたび、私は自分が「何者か」になれるような気がしていた。


けれど、努力だけでは超えられない壁があることを、私はこの三年間で痛いほど思い知らされた。


十三秒〇から、ピタリと時計が止まったのだ。練習メニューを工夫し、フォームを研究し、どれだけ自分を追い込んでも、数字は残酷なまでに動かない。県大会には三年間出場したけれど、結局、準決勝の壁を越えることはできなかった。


正直に言えば、狂おしいほど悔しかった。


顧問の先生はよく、「陸上は自分との戦いだ」と口にする。


耳障りのいい言葉だ。でも、私にはそれがどこか、負けた時の言い訳を用意されているようにしか聞こえなかった。


「陸上は自分との戦いだなんて嘘だ。だって、隣のレーンの子が私より先にゴールしたら、私の『自分への勝利』なんて何の意味もなくなっちゃうんだから」


これは明らかな「競争」だ。隣のレーンの走者の息遣い、風の向き、スタートの一歩目。百メートルという極限の短時間であっても、そこには確実に作戦があり、剥き出しの駆け引きがある。


「自分に勝つ」なんていう内面的な充足だけで満足できるほど、私はお人好しじゃない。


私の視界は、いつも他の選手より少し低い。


スタートラインに指をつき、腰を上げたとき、私の目に映るのは隣の選手の力強いふくらはぎや、よく手入れされたタータンの粒だ。その低い視点から、私は獲物を狙うようにゴールを見据えてきた。


体格の差、素質の限界。


いくら本を読んで知識を蓄えても、この「肉体」というハードウェアだけは、自分の言葉で書き換えることができない。


十三秒〇。その数字に閉じ込められた三年間は、私に「努力の限界」と「世界の広さ」を同時に教えてくれた。


高校は、陸上わ続けるかは分からないけど。


でも、あの低い姿勢から見つめた、歪むほどに熱い直線の景色だけは、私の血肉となって残っている。


敗北の味を、誰よりもリアルに知っているからこそ。私は次の場所で、もっと別の「勝ち方」を探したいと思っている。



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