中間報告
放課後、宮藤と花村が帰り支度をしていた。
一緒に帰るはずの鈴木万慈の姿は見えなかった。
「万慈どこ行ってるのかな」
「なんか色々話を聞き回っているみたい。どうも欠席を続けている綿貫の話ね」
宮藤は自分の知らない事実を花村から聞かされ、表情が曇った。
花村が口に指を立てた後、廊下を指差した。
宮藤はその方向を見ると、万慈の姿が見えた。
二人は気づかれないように廊下に近づくと、声が聞こえてきた。
「そうなんだ。綿貫、学校に来てないのに、真壁とは会ってるんだ」
「けど、真壁がなんかしてるとか、そういう話は聞かないよ。ウチのクラス、すごく平和な人間関係だと思うけど」
万慈と話している女生徒は、多田羅益子という。
「あらあら、益子ちゃん万慈くんと話せて嬉しそう」
「何よ、ただ調査の必要があって話しているだけなんだから」
「静かに」
口をてで塞がれて『よしこの方から話しかけてきたくせに』と言う言葉は音にならなかった。
「みて白鳥PTA会長が……」
廊下の奥から、スーツを着た女性が歩いてくる。
多田羅が頭を下げると、万慈も白鳥に気づいて振り返った。
「鈴木くん、後で応接室にきて」
「校内放送をかければ行きましたよ」
「大ごとにならないよう、配慮してるのよ」
そう言うと、白鳥はそのまま廊下を進んでいった。
万慈は思った。
応接室に呼んだのだから、今来た方へと帰るのが普通だ。
進む先には別の教室があるだけ。
娘が言っていた通り、調査員は複数いるのだろう。
「ありがとう」
多田羅にそう言うと、万慈は教室に入ってきた。
戸口の横にいる宮藤に気付いた。
「今日は一人で帰るから、先に帰ってくれ」
しかし、万慈は宮藤と花村に顔を向けないままそう言った。
「う、うん。わかった」
宮藤はそう言って、花村は無言で頷いた。
万慈はカバンから何か取り出すと、そのまま教室を出て行ってしまった。
職員室の隣に応接室がある。
万慈は応接室に着くと、扉を叩いた。
おそらくまだ白鳥会長はいない。
そう思った万慈が、勝手に開けようとドアノブに手をかけたとき、中から声がした。
「鈴木くんだね? 順番があるからちょっと待って」
万慈の知らない声だったが、声の調子から年齢も上で生徒のものではなさそうだった。
廊下で待っていると、PTA会長である白鳥の母がやってきた。
「お待たせ」
そしてすぐに応接室の扉をノックする。
「入れ替えましょう」
「お待ちください」
万慈はこの時、思い出した。
中からの声の主は『校長』だ。この応接室の位置からも、簡単に推測ができたはずだった。
白鳥が扉の中から音を聞いて判断し、扉を開けた。
万慈も彼女の後について、部屋に入った。
部屋の中には、校長はいなかった。
「早速だけど、調査状況を教えて」
「現時点では判明している『いじめ』はありません。ただ、クラス内に長期欠席者がいて、その理由が分からないまま。これを『いじめ』によるものと考えるかどうかが残された問題点になります」
「長期欠席者…… それはあいまいなままは残せないわね」
白鳥はその欠席者の情報を詳しく聞いてきた。
万慈は問いに対し、可能な限り答えた。
「今言った過去の秘密については調べていないの? 中学の時、彼はいじめられていた、と思われるんでしょう?」
「調べます」
「一年生クラスの掃除で起こった件は、別の方向からも調べさせるわ」
白鳥が立ち上がると、校長室へと続く扉を叩いた。
校長が入ってくると、白鳥は廊下につながる扉から応接室を出ていく。
立ち上がった万慈を、校長が引き留めた。
「君はまだ待って。それと、声を出さないように」
そうか、と万慈は思った。
調査を依頼した生徒同士が干渉しないよう、さっきと同じように顔を合わさないように人を入れ替えるのだろう。
万慈はもう一度ソファーに座った。
外からノックの音が聞こえると、白鳥の声が聞こえた。
校長は校長室への扉を開けると、無言で合図した。
万慈は合図の通り、校長室へと抜けた。
校長は、廊下の状況をみて、万慈を廊下に出した。
「すぐ支度して帰るんだ。いいね」
彼は頷くと、急いで教室に戻り、帰路についた。




