クリケット部の噂
朝。
万慈と宮藤の二人が、登校した。
二人は自分のクラスに向かって、廊下を歩いていた。
「なんか、騒がしいな」
「あれっ!? よしこちゃん!」
宮藤が廊下を先に歩いて行き、花村と何か話している。
その間もゆっくりと万慈は教室に近づいていく。
宮藤が何か手で合図をしているようだが、万慈にはその意味がわからない。
「あっ、来たぞ鈴木万慈が!」
その声と同時に、万慈の教室から十数人の生徒が飛び出してきた。
あっという間に廊下が埋まり、万慈は進めなくなった。
「鈴木、なんか調査してるって話だな」
「お前、どういう報告するつもりだ」
「変な報告したらわかってるんだろうな」
万慈は顔色を変えずに正面を向く。
「最後の『わかってるだろうな』は報告に含めてもいいのかい?」
万慈の前にいる集団の先頭にいた男子生徒が、恫喝した生徒を諌める。
「……おい、言葉も言い方、選び方次第で暴力なんだぞ」
「すみません」
「部長である私から、先ほどの発言を撤回させてください。我々はクリケット部です。鈴木さんの調査如何で活動が大きく変わってしまう可能性があると聞き……」
万慈は視線を避ける者を見つけた。
体は教室の中に消えていたが、遅れてついていくブロンドの髪でその人物が特定できた。
確かに彼女なら母親が何を調べているか分かるだろう。
「守秘義務があるので」
「守秘義務はいい。俺たちの部活がどうなるのか知りたい」
「悪いけどそれは俺の判断じゃない」
万慈は、立ち尽くすクリケット部の連中をすり抜け、教室へと入っていった。
先ほど、半ば万慈を脅した生徒が言った。
「部長!」
「伝わったはずだ。重大な決断だと言うことだけでも伝われば」
「あいつ、顔色ひとつ変えてない。本当に大丈夫ですか!?」
クリケット部の先頭に立っていた部長は振り返り、部員に向けて言った。
「今後は、私一人で続ける。心配するな。部活に集中するんだ、いいな」
『はい!』
「では解散」
廊下を埋めるほど立っていた生徒が、一気に自分の教室へと散開していく。
部長の視界から、部員が消え去った後、教室の戸口から彼を見つめる影があった。
「何か?」
「あの…… 万慈はちゃんと真実を突き止めます。だから信じてください」
部長は唇を強く噛み締めた表情で、彼女の言葉を聞いた。
真実がクリケット部にとっていい結果かどうかわからない。
だから……
「またきます」
部長は宮藤に深くお辞儀をして、自らの教室へと去っていった。
宮藤が去っていく部長の姿をみていると、担任の真岡がやってきた。
「どうした宮藤、ショートホームルーム始めるぞ」
「いえ、何でもありません」
二人は教室に入り、いつも通りの学校生活に戻っていった。
ショートホームルーム、授業、と時間は進んでいき、昼休みになった。
今日の万慈は、便所飯をする訳でもなく、宮藤や花村と一緒に教室でお弁当を食べた。
食事が終わると、宮藤は心配そうな顔をして万慈に話しかけた。
「今朝の話だけど」
「しゅひ……」
「いつもの万慈でいてね。圧力に負けないで」
万慈は宮藤の顔をあらためて見つめ直した。
いつもだって彼女はふざけている訳ではないのだが、いつもとは違う大人な雰囲気を感じ取った。
「心配しないでも、俺は俺だから」
「な、何よ」
彼女はそう言うと、急に顔を赤らめた。
「なんで私が万慈のこと心配してるかわかる?」
そう言うと目を逸らし、やがて返ってくる言葉を待っている。
「いいところ悪いけど、もういないわよ、万慈くん」
「えっ? よっちゃん?」
「多分、何も聞いていないんじゃないかな? すぐ教室の外に出てっちゃった」
宮藤は怒ったが、もうどうしようもない。
一方の万慈はというと、校庭の端で同じクラスの白鳥玲を見つけ、声をかけた。
「どこまで聞いてるんだ?」
「別に。お母様は話す訳ないし、断片的に聞いたことが勝手に頭の中で組み立てられただけ」
白鳥は、万慈の顔を見ると、言った。
「自分だけがキーマンだとか思わないことね」
「どう言うことだ?」
白鳥は答えずに、校舎の方へ歩いて行ってしまった。
万慈は白鳥の後ろ姿越しに校舎を見つめた。




