便所飯
翌日の万慈はおとなしかった。
あまりに口を開かないので、宮藤も体調が悪いのではないかと心配していた。
昼もいつもなら宮藤らと一緒にお弁当を食べるのだが、教室に顔が見えない。
宮藤は辺りを探し回るが分からず、教室に戻ってきた。
「よっちゃん、万慈見なかった?」
「昼休みに入るとすぐ教室を出て行ったのは知ってるけど、どこに行ったかは知らない。それよりお弁当食べよう、時間なくなっちゃうよ」
「う、うん」
二人がお弁当を食べ終わり、窓際でおしゃべりをしていると、教室に万慈が戻ってきた。
花村が手を振ると、万慈はそのまま二人のところにやってきた。
怒り気味に宮藤が言う。
「どこいってたのよ」
「便所」
花村は用意していたように切り返す。
「うそ。だって、万慈くん、お弁当箱持ってるよ」
「便所飯」
「万慈の性格的に、そんなことしないでしょ?」
宮藤はそう言い切った。
「確かに、一人で食べなければならない状況でも、教室で堂々と食べるだろうな」
「やっぱり。じゃあ、どこに行ってたの?」
「だから便所だって。便所飯をしたものの、何も得るものがなかった。それだけだ」
宮藤は首を傾げ、半信半疑ながら言葉を口にした。
「誰かの気持ちになってみたかった…… とか?」
「まあ、そんなところだ。それ以上は守秘」
宮藤が手のひらを広げて前に出し、万慈の口を塞いだ。
「聞き飽きた」
花村が言う。
「気持ちをわかるには、まずプライドがないとね。一人で食べているなんて屈辱、とか、敵に弱みは見せられない、とか。万慈くんにはそれがないでしょ」
「まあ、そう言われればそうだ。そんなことくだらない、そう思ってしまう」
「行動だけ真似ても理解はできない」
花村がそういうと、三人は席に戻った。
本人のプライドもそうだが、一人で食べざるを得ない状況に追い込まれた者がそうなるのだろう。
なぜ一人で食べることになったか。
そこを追求する必要があるな。
万慈はそう思った。
すると、ちょうど午後の授業を行う先生がやってきて、授業が始まる。
万慈は、自分に頼まれた調査のことをぼんやりと考えていた。
教師が授業を進めていくうち、教師自ら喋るのではなく、当てて生徒に答えさせる雰囲気になった。
万慈はその状況を察知し、視線を逸らし、体をすくめた。
「なんだ、誰も答えてくれないか? じゃ、綿貫答えて」
教室が『シン』となった。
だが、その間をすぐに埋める者がいた。
真壁は立ち上がると、言った。
「綿貫は長期でお休みしているんです」
「そうだったか。じゃあ、お前答えて」
真壁が自らあたりにいったようだ、という状況をみて、教室の一部では笑うものもいた。
だがこの時万慈は、何かがひっかかった。
ただ、それが何なのか、具体的には分からない。
そして、授業が進むうち、それを忘れてしまった。
真壁は教師の問いに答えた。
答えは理想的なもので、教師は少し補足するだけでよかった。
「予習の賜物だな。他のみんなも見習うように」
後の授業はスムーズに進行していった。
万慈は途中で退屈になって、教師から顔を隠すような姿勢をとって寝てしまった。
授業が終わると、宮藤に起こされた。
「また寝てた」
「ああ、授業に謎は潜んでないから……」
万慈は言いかけて『真壁』の顔が頭に浮かんだ。
「ほら、帰ろう」
「えっ、ちょっと待って」
「何か、聞きたかったような」
宮藤は黙って万慈の言葉を待った。
しかし全く言葉が出てこない万慈に痺れをきらすと、言った。
「また今度、思い出したら聞いてね」
真壁の顔を見れば思い出すかもしれない。
万慈はそう思いながら、教室を後にした。




