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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

王牌リウ殺人事件

作者: 王牌リウ

そのニュースを目にしたのは、締め切りに追われる雑然とした編集部でのことだった。


『五反田の資産家女性、自宅で変死体で発見』


被害者の名前を見て、私は思わず息を呑んだ。

王牌リウ。


数ヶ月前、私がたった一度だけインタビューした、あの女性だった。記事には「遺体の損傷が激しく、極めて猟奇的な手口」という言葉が並び、警察は通り魔と怨恨の両面で捜査しているとあった。だが、私の脳裏には、彼女が静かに語った、あの常軌を逸した家族の姿が焼き付いていた。これは、通り魔などではない。私は直感した。犯人は、あの「獣の敷地」の中にいる。


私は、リウとの唯一のインタビューを鮮明に思い出していた。別れ際、彼女は震える手で一冊のノートを私に差し出したのだ。


「もし、私に何かあったら、これを読んでください。そして、真実を暴いてください」


それは、彼女が自身の半生を綴った、血を吐くような手記だった。あの時、私はそれを大げさな被害妄想だと片付けてしまった自分を呪った。あのノートは、彼女が遺した最後のダイイング・メッセージだ。


私はデスクの引き出しの奥から、封印していたノートを取り出した。リウの無念を晴らすため、そしてジャーナリストとして彼女の死から目を背けないために。私は、彼女の言葉を道しるべに、再びあの獣たちの巣窟へと足を踏み入れることを決意した。


私は、リウの遺した手記の最初のページを開いた。


『心が止まるというのは、死んでいるのと同じです。私の心は動くのを止めました。私は死んだのです』


この一文を読んだ時、警察関係の旧知のソースから得た、信じがたい情報が脳裏に蘇った。彼女の遺体は、ただ殺されたのではなかった。


『水野さん、これは絶対にオフレコですが…』と前置きしてソースが語った内容は、私のジャーナリスト人生で耳にした中でも、最もおぞましいものだった。


『被害者は、全身の皮膚を刃物で丁寧に削ぎ落とされていたそうです。それだけじゃない。両の眼球はくり抜かれ、自らの口に…咥えさせられていた。その上で、全身を滅多刺しに。現場は、人間の所業とは思えなかったと』


これは、単なる殺人ではない。被害者の尊厳を徹底的に破壊し尽くす、強烈な憎悪に満ちた儀式だ。私は戦慄しながら、彼女とのインタビューを回想した。あの静かな女性が、なぜこんな冒涜的な死に方をしなければならなかったのか。


数ヶ月前のカフェ。彼女は、驚くほど穏やかな目で、しかしはっきりとした口調で、自身の家族について語ってくれた。


「……決定的な瞬間はありました。小学5年生の冬の日です。私が、祖父の会社のビルから飛び降りた、あの日」


死にかけている娘を前に金儲けを企む両親の話。障害を持ち、獣のように暴れる母。そして、その母を裏で操る、冷酷な父。


「父の目的は、初めから一つだけ。母が相続するはずの、王牌家の遺産です。彼は、暴力の最高の演出家であり、同時に、最前列の観客でした。殴られている私を、ビデオカメラで撮影しながら、にこやかに笑っている父の顔を、私は一生忘れることができません」


彼女の言葉と、あの惨たらしい遺体のイメージが、私の頭の中で不吉に結びついていく。犯人は、彼女の何をそこまで憎んだというのか。


最初に向かったのは、両親が暮らす古びたアパートだった。母のノリに、リウの死について尋ねると、彼女は焦点の合わない目で私を見つめ、支離滅裂な言葉を吐き出した。


「リウ?あいつ、死んだ。そうか。ブググググ……わたし、知らない。皮?目玉?知らない。わたし、ずっと、テレビ見てた。カズが言ってた。そうだ、カズが知ってる。わたし、被害者。あいつが、わたしの人生、めちゃくちゃ。そうだ」


娘の猟奇的な死に方について尋ねても、彼女の反応は変わらなかった。この女に、これほど執拗で儀式的な殺人が可能なのか?それとも、全てを理解せずに操られただけなのか?私の混乱は深まるばかりだった。


次に会った父・カズは、対照的だった。高級ホテルのラウンジで、彼は悲劇の父親を完璧に演じていた。


「娘の死は、本当に残念です。犯人には、極刑を望みます」


「警察から、遺体の状況については聞いているかと思います。極めて残忍な手口です。これほどの憎悪を、誰がリウさんに抱いたとお考えですか」


私がそう切り出すと、彼は一瞬、表情を凍らせたが、すぐに悲しげな微笑みを浮かべた。


「……あの子は少し精神的に不安定なところがありましてね。誰かに異常なほどの恨みを買っていたとしても、不思議ではない。結局、あの子は一度も、私の本当の気持ちを理解しようとはしませんでした。ええ、全くの『産ませ損』でしたよ」


『産ませ損』。娘が皮膚を剥がされ、目を抉られて殺されたというのに、その言葉を平然と口にする男。私は、彼の心の奥底にある、人外の領域の冷たさに慄然とした。


母方の叔母・レイは、姪の死に方を伝え聞くと、歪んだ悦びを隠そうともしなかった。


「まあ、皮を剥がれて?目にものを見せられたというわけね。自業自得だわ。あの子は、生きている価値なんてなかったもの。死んで清々したわ」


彼女は犯人であるかのように挑発的な言葉を並べたが、その裏で巧妙に計算されたアリバイを主張した。私は、この女もまた、事件の真相について何かを隠していると確信した。


私は、リウの手記と容疑者たちの証言を突き合わせていった。矛盾点は、無数に見つかった。弟たちへの接触で、私は決定的な証言を得た。


「姉は死ぬ数日前、『父に全てを話す、と詰め寄られている』と怯えていました。父は、姉さんがジャーナリストと会っていることを、どこかからか嗅ぎつけていたんだと思います」


その証言は、私の推理を確信へと変えた。父、カズ(仮名)。あの男の冷徹な仮面の下にこそ、獣の素顔が隠されている。


全ての証拠を揃えた私は、再び父・カズと対峙した。私は彼の嘘を一つ一つ暴き、祖父がリウに遺した手紙を突きつけた。


『婿のカズという男もまた、金に魂を売った狐だ』


彼の完璧な仮面が、ついに剥がれ落ちた。


「……だから何だと言うんだ!私が、私の人生のために、少しばかり賢く立ち回って、何が悪い!あの障害者の女と、使えない子供たちのために、私の人生を犠牲にしてきたんだ!全てが手に入るはずだった!計画は完璧だった!それを、あの子が、お前のようなハイエナを連れてきて、全てをぶち壊そうとした!」


「だから、殺したのか!あんな惨たらしい方法で!」


私の詰問に、彼は初めて、心の底からの愉悦を浮かべて笑った。


「ああ、そうだとも!あの子は、私の本質を『見て』、それを『語ろう』とした。だから、その生意気な『目』をくり抜いて、全てを語るその『口』に詰め込んでやったのだ。私の上品な『皮』を剥ごうとしたから、あの子自身の皮を剥いでやった。当然の報いだ!」


真相は、私の想像を絶する悪意に満ちていた。カズ(仮名)は、リウが一族の恥を暴露しようとしていることを知り、口封じのため、そして彼の歪んだ自尊心を満たすための儀式として、障害のある妻・ノリを「道具」として操り、この猟奇殺人を実行させたのだ。彼は最後まで「社会のゴミを掃除しただけだ」と叫び続けた。


私の記事は週刊誌のトップを飾り、世論は沸騰した。カズは殺人教唆で、ノリは殺人の実行犯として逮捕され、これで全てが終わるはずだった。リウの無念は、ようやく晴らされるのだと、私は信じていた。あの面会室のガラス越しに、男が不気味に笑うまでは。


記事が出て数日後、私は留置所にいるカズに面会を申し込んだ。事件の総括となる、最後のインタビューのためだ。やつれた姿を想像していたが、そこにいたカズは、逮捕前よりもむしろ晴れやかな、余裕のある表情で私を見つめていた。


「見事な推理だったよ、ジャーナリスト先生。おかげで、あの忌々しい女から解放される」


彼の言葉に、私は眉をひそめた。


「何を言っている。あなたも共犯だ」


すると彼は、ケケケ、と喉の奥で笑い、ガラスに顔を近づけて囁いた。


「あんた、何もわかっていない。全部、あべこべだ」


「あべこべ…?」


「そうだ。俺が、あの獣を操っていた?違うな。俺は、あの獣に飼われていただけの狐さ。お前が見たものは、全て獣が見せたかった幻だ。本当に『見る目』があったのは、リウだけだった。だから、あんな殺され方をしたのさ。…じゃあな。せいぜい、夜道には気をつけることだ」


彼の言葉は、冷たい毒のように私の全身に広がった。あべこべ。その言葉が、頭の中で何度も反響する。私は留置所を飛び出し、全ての資料をデスクに広げ、狂ったように再検証を始めた。


母・ノリの支離滅裂な証言。『わたし、ずっと、テレビ見てた』…知的障害のある彼女が、なぜ自分のアリバイだけをあれほど明確に主張できた?父・カズの自白はあまりに完璧すぎ、まるで誰かの書いた脚本を読んでいるかのようではなかったか?祖父の手紙。『あいつは、人の心を持たない獣だ』…祖父が本当に指していたのは、娘のノリではなかったのか?


全てが、反転していく。私が組み立てたはずの真実が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちていく。冷酷な父が、獣のような母を操っていたのではない。本物の獣である母が、狡猾な父を恐怖で支配し、彼を観客として愉しむために、全てを演じさせていただけだったとしたら?リウの殺害も、その脚本の一部だったとしたら…?


私は戦慄した。真の黒幕は、まだ社会でのうのうと生きている。いや、あるいは、証拠不十分で釈放されたノリこそが…。


そこまで考えた時、背後のドアが、静かに開く音がした。振り返る間もなかった。



・・・・・・・・・・




数日後、私の自宅マンションで、第一発見者である編集長の絶叫が響き渡った。

リビングの中央には、冒涜的なオブジェと化した、人間の亡骸があった。

腕と足は切断され、本来足があるべき場所には腕が、腕があるべき場所には足が、太い糸で無造作に縫い合わされていた。

耳は切り取られて口の位置に縫い付けられ、顔の両脇には、右側に上唇が、左側に下唇が、耳の代わりのように縫い付けられていた。

そして、切断された首は、胴体の肛門部に歪に縫合されていた。


それは、ジャーナリスト・水野響子の、「あべこべ」の死体だった。


リウの事件を模倣しつつ、さらに悪意に満ちた「あべこべ」というメッセージが込められた猟奇殺人。カズは獄中にあり、ノリには明確なアリバイがあった。事件は、リウの熱狂的な信奉者か、あるいはカズの模倣犯による犯行との見方が強まり、やがて捜査は暗礁に乗り上げた。


私の取材ノートは、現場から「発見されなかった」。真犯人は、今日もどこかで笑っている。王牌一族の闇は、さらに深い場所へと潜っていった。ペンは折られ、二つの死の真相は永遠に葬られた。獣の敷地では、今も静かに宴が続いている。

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