契約の村 第4話 儀式の夜
このお話を読んでくださる皆様ありがとうございます。
──ついに、その時刻が訪れた。
私の「苗床」となる儀式の日。
誕生を祝う日がこんなにも恐ろしいものになるとは、想像すらしていなかった。妹を連れて、どこかへ逃げ出したいという思いが何度も胸をよぎった。
そのために、私は両親を説得し、東京の全寮制高校へ通わせてもらっていた。ありふれた若さの日々──友人と過ごし、笑い、泣き、腹を立て、ただ生きることを味わいたかった。そして、この『運命』から逃れられる場所を探していたのだ。
しかし、逃げれば、きっと淫魔は村を滅ぼすだろう。それが私にとって、何よりも恐ろしい。だからこそ、私は、この命と引き換えに使命を果たす。
幸い、淫魔は宇野山家が契約を守る限り、村の他の者たちに危害を加えない。
私は村の人々と共に、淫魔の棲む洞窟へと歩みを進める。幼い頃から私を見守り、優しくしてくれた皆に、心の中で繰り返す。ありがとう。
洞窟の入り口で、私は深く頭を下げた。
「美桜は……命を賭して、契約を果たします。」
涙を流す村人たち、妹の桜の頭をそっと撫でながら、私は告げる。
「桜、お姉ちゃんの分も、幸せになってね」
「御嬢様……本当に、申し訳ない……」
村長の祖父の声は滲んでいる。
「私たちも、心の底から、お嬢様の誕生日が来なきゃよかったと思うんじゃ……。」
「わかっています、じい。桜を、どうか守ってください。それと……。」
私はためらいながら言葉を継いだ。
「昨日から村に来ている、私のクラスメイトの佐倉君のこともお願いします。彼がこの村で過ごしやすいように、どうか宜しくお願いします。」
妹の頬を伝う涙を指で拭い、祖父に深く礼をしてから、私は静かに洞窟へと足を踏み入れた。
暗闇の中を進み、やがて一つの扉を――重く、静かに――開ける。
『来たか、宇野山家の娘よ。』
頭の中に深く響く声。淫魔の王の……
私はその声に従い、地面に敷かれた布団の前に進み、着物を脱ぐ。肌に触れる冷たい空気。羞恥と恐怖で全身が赤く染まる。しかし、私は決して逃げない。私の命をもって、家族と村の安寧を守る。これが、宇野山家に生まれた者の務めなのだから。
「宇野山家長女、宇野山美桜と申します。苗床として、お仕えします。」
布団の上に正座し、手をついて深く頭を下げる。
「この身体も、心も、魂も……全てを差し出します。どうかお納めください。」
洞窟の空気はますます冷たく清冽になり、自分の意識がどこか遠くへ引かれていくような感覚がした。
まるで自分が分身していくような、不思議な浮遊感。
意識は徐々に闇に飲まれ、誰かに手を握られたような気配をわずかに感じたが、もう振り返る力さえ残されていなかった。