第6話 神様、わたし、間違ってますか?
夢を見た。
それは、ひどく静かな病室だった。
消毒の匂い。白い天井。電子音。窓の外には、知らない都市のビル群が並んでいた。
私は、その病室のベッドの上にいた。
体は重く、喉が渇いて、指ひとつ動かすのもしんどかった。
それでも私は、ただ窓の外を見ていた。
(あ……これ、私……?)
声は出なかった。
でも、わかった。
これは、前の世界――私が“ミア”になる前の世界の記憶。
夢の中の“わたし”は、もう長く生きられないことを知っていた。
家族も、友達も、看護師さんも、みんな優しかった。
だけど、最後まで“届かない”感覚があった。
笑っていても、心が乾いていた。
誰かに頼られることも、誰かを助けることもできない、ただ弱っていく自分が――
……こわかった。
◇ ◇ ◇
「ミア!?」
目を開けたとき、ルカの声が聞こえた。
気づけば、私は祈りの間で倒れていた。
額に冷たい布。頬に触れる手の感触。
祈りのあと、意識を失っていたのだという。ルカが発見し、運んでくれたらしい。
「……ごめん……また、無理しちゃったみたい」
私は苦笑した。
ルカは、怒らなかった。
けれど、その瞳は、深く悲しそうだった。
「夢を見たの」
私はぽつりとつぶやいた。
「前の世界の夢。……ベッドの上で、もう動けなくて、ただ窓の外を見てるだけの……そんな夢」
ルカは何も言わず、そっと私の手を握った。
「でも、こっちの世界に来て……少しだけ、変われたと思ったの」
「誰かを癒やすことができて、必要としてもらえて……それが、うれしくて」
涙が、またこぼれそうになる。
「でも、怖いの。全部が嘘みたいで。……私が、誰かを助けるためだけに存在してるみたいで……」
その言葉は、ずっと心に隠していたものだった。
“聖女”だから。強くなくちゃいけないから。誰にも言えなかった想い。
だけど今は、言ってもいいと思えた。
この人の前なら、きっと。
ルカは、私の手をぎゅっと握り返した。
「ミアは、“誰かのためにいる”んじゃない。……君は、君として、ここにいるんだよ」
「俺が、ちゃんと見てるから」
その言葉は、深く胸に染み込んでいった。
私が誰かの“祈り”ではなく、“存在”としてここにいることを、彼は教えてくれた。
◇ ◇ ◇
その夜の祈りは、いつもと違っていた。
私はろうそくの灯に語りかけるように、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「ねえ、神様。わたし、やっぱり、間違ってたかもしれない」
「人を助けるために生きてるって、思い込んでた。でも、それだけじゃないんだね」
「誰かに想ってもらえること。誰かを想うこと。……それだけで、世界が少しだけ優しくなる」
「……ねえ、神様」
「わたし、恋をしてるの」
言葉にしてみたら、不思議と心が軽くなった。
“聖女”としてではなく、“ミア”として。
やっと、自分を受け入れる準備ができた気がした。
◇ ◇ ◇
翌朝、ルカが言った。
「ミア。俺、もうすぐここを出るって、言われた」
その言葉に、心臓が少しだけ痛んだ。
でも、わかっていたことだった。
ルカはもう、ひとりで歩けるようになっている。癒された傷は、彼をもとの場所へ返そうとしている。
「そっか……」
私は、笑った。
その笑顔が、ちゃんと笑えていたのかどうかは、わからなかった。
「でも、また来てくれるよね?」
そう問いかけると、ルカはうなずいた。
「うん。何度でも来るよ。……君がここにいる限り、きっと」
その言葉が、どこまでも優しくて。
わたしは、ぎゅっと胸の奥でその声を抱きしめた。