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代償魔法  作者: 若君
第1章は44話まで更新、9/1で停止します。第二章は年内に公開できると思います。
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第九話 グレンヴァーク襲来

第九話 グレンヴァーク襲来


グレンヴァーク──七大魔獣の一体。

狼の王を思わせる姿で、三百頭近い野狼を率い、王国の国境へと迫っていた。

今や王国全体が、その震え上がるような遠吠えをはっきりと聞くことができる。


---

住民たちは次々と倒れ、深い眠りに落ちていく。

「これが魔法なのね…」

金髪の王女は宮殿の廊下を歩きながら、地面で眠る使用人たちを見下ろした。

「手を振るだけで眠らせるなんて、信じられない」


彼女の視線の先には、オレンジ色の髪を肩まで伸ばした女──『辺境の魔女』エイブリンがいた。

「重要なのは手を振ることじゃないわ」エイブリンが言った。

「ただの癖よ」


「これにも代償が必要なんですか?」金髪の王女は緊張して尋ねた。

「もちろん」

「じゃあ…私が何か差し出すべき?」金銀財宝とか。

表情がさらに硬くなる。


「お金では代償にならないわ」エイブリンは笑った。

「それに教えられない」一般人に魔法のことを知らせるわけにはいかない。


「眠い…」黒髪の少女が最後尾で目をこすっている。

ラン。エイブリンの唯一の弟子だ。

(なんだかすごく眠い…)

(でもグレンヴァークが来るんだから、しっかりしないと!)


師匠には宮殿にいるように言われたけど…

(言うこと聞くか!)

「眠い…」うつらうつらとする。

(ダメ、気合い入れないと!)意識を無理やり保つ。


(魔法って結局…)

金髪の王女は考えながら、眠り込んだ使用人たちを見た。

(たくさんの財宝が必要だと思ってたのに…)

でもお金では代償にならないと言った。じゃあどうやって魔法を使ってるの?


---

「あ、マリア!」

いつも傍にいてくれたメイドの元へ駆け寄り、地面で眠る姿を見つめる。

「すぐに目を覚ます魔法はないわよ」

背後からエイブリンが静かに言う。

「王国中の人を眠らせたいって言ったのは貴女でしょ」


少女はしばし黙り、それから立ち上がった。

「いいえ、これでいいの…」

メイドの髪を優しく撫でる。

「マリア…目が覚めた時、全て終わってるわ」

小さな声で呟く。

(グレンヴァークも、私も…)


突然、少女は動きを止め、魂が抜けたような目になる。

「またか…」

エイブリンは静かに彼女を見つめ、それからランへと視線を移す。


ランも虚ろな目をしており、周囲の空気が激しく揺らぎ始めていた。

「同期がどんどん強くなってる…」呟く。

二人はほぼ同時に発作を起こしていた。


エイブリンが軽く手を振ると、ランはゆっくりと目を閉じ、バランスを崩した。

「ラン…」彼女を受け止める。

「宮殿で待ってなさい」抱きながら優しく言う。

「ここで死ぬ必要はない」

微笑むが、声には重みがあった。


---

「王女陛下、目を覚まして」誰かの声が少女を呼ぶ。

だが彼女の意識は深淵に囚われたままで、反応できない。

「限界か…」エイブリンは呟き、光のないその瞳を見つめた。

手を下ろし、部屋で座っている金髪の王女を見る。

「自分の役目は終わったと思ってるんだろう」


魔法の帽子を出現させ、軽く被る。

「あとは最強の魔法使いがグレンヴァークを倒し、王国を救うだけ…そう?」

ベッドで眠るランを見やる。

「約束を覚えていてくれるといいが」


杖を握り、窓から飛び降りる。

「どこまでできるか、見せてやる」

王国の上空を飛び越えていく。


今や王国の誰もが眠りにつき、ただ一人彼女だけが目を覚まして移動している。

「ガオオオオーン―――!」

遠くで、グレンヴァークが天地を裂くような吠え声を上げた。


---

どれくらい経っただろうか。宮殿内で、黒髪の少女がゆっくりと目を開けた。

「師匠!」飛び起きる。

周りを見回すが、すでに師匠の姿はない。

「まさか…グレンヴァーク…!」


「ウォォォォーン―――!」

巨大な狼の遠吠えが宮殿全体を貫く。


「くそ、急がなきゃ…!」

慌ててベッドから降りると、部屋に座る金髪の王女が視界に入った。

虚ろな目で前方を見つめ、お茶を飲むような動作をしているが、カップすら持っていない。

「お前…」ランは彼女を見た瞬間、意識が遠のき、よろめく。


「くっ…くそ…!」

体を支えながらテーブルへ行き、杖に手を伸ばす。

「師匠を助けに行かなきゃ…!」

歯を食いしばるが、突然手を掴まれた。


王女は立ち上がり、彼女の手を取って部屋の中を動き始めた。

「何してるんだ!?」体が操られるように、ぐるぐると引き回される。

「これって…踊ってるの?」

目の前の人物を見る。瞳は虚ろだが、機械のように彼女を回転させている。


部屋の中で、二人は無音のダンスを踊っているようだった。


「こんなことしてる暇ないんだよ!」

ランは怒鳴り、窓の外へ焦りの視線を向ける。

遠くで、激しい戦闘音が続いている。

「師匠…」小さく呟く。


金髪の王女は彼女を見つめ、突然抱きしめてきた。

「ちょっと、何すんの!」

激しくもがくが、どうしても逃れられない。


「くそ…離せ…!」

手を上げ、魔法を発動させようとするが、何も起こらない。

「おかしい、どうして…?」

自分の手を驚いたように見つめる。


金髪の少女は彼女を強く抱きしめたまま、何も言わず、言えず。

ただ静かに、ランの頭を撫でていた。


---

「本当に…使えない…」

ランは呟きながら手を見つめ、受け入れられない様子。

魔法使いが…魔法を使えないなんて。

「まさか…」


抱きしめている金髪の王女を見る。

「でも彼女は魔法使いじゃない…それにこの状態…ありえないよな…」

考え込む。

金髪の少女は再び手を伸ばし、彼女の頭を撫でた。


「撫でるのやめろって!」ランは怒鳴る。

(無意識なのか、それとも…わざとなのか?)

虚ろな瞳を見つめる。


「今重要なこと考えてんだよ!」苛立ちながら叫ぶ。

魔法が使えないということは、師匠を助けに行くこともできない。


窓の外では、まだ魔獣の咆哮が聞こえる。

(それに…なんでこうなったのかもわからない!)

ランの表情は次第に暗くなる。

「もし…師匠が死んだらどうしよう…」


恐る恐る呟き、金髪の王女の服を自ら掴む。

「その時は…多分私もお前と一緒に死ぬんだけど…」

やはり、魂は繋がったままだから。


「まあ…それでもいいかもな…」

呟き、瞳の輝きがさらに薄れる。

(彼女の気持ちがわかる…彼女の苦しみも…)

魂の繋がりで、全てを感じ取れる。

(私を外に出さないのは、なだめて守ろうとしてるから…)


「もし師匠が帰ってこなかったら…」

「じゃあ…お前と一緒にいてもいいよ…」

王女を見上げる。


「もう、一人にはなりたくない…」

【魔法発動】


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