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代償魔法  作者: 若君
第二章 魔法学院
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第六十六話 呪文の詠唱


第六十六話 呪文の詠唱


エルリスは魔法書のページ上に並ぶ、既知あるいは公開された魔法のリストを指でなぞりながら、神経を集中させていた。中庭には夕日の名残が差し込み、彼女の白い髪を暖かな金色に染めている。

傍らで白い猫マントを羽織り、サングラスをかけた黒髪の少女ランは、好奇心に駆られて内容を覗き見ようとしたが、エルリスに片手で容赦なく顔を押しのけられた。ランの頭上の猫耳が、瞬間的に落胆してへにゃりと垂れる。


金髪の「少年」ライラはこの機に乗じて、横からそっとランを抱きしめた。すると、ランの猫耳はすぐに警戒してピンと立った。

「抱きつかないで!」ランは怒って言い、体をくねらせて彼女の腕から逃れようとした。

「私はさっき師匠と別れたばかりで、まだ悲しいんだよ!」

(私の心の中の名残惜しさがわかる?)ランは相変わらず、エイブリンが着ていたあの黒い猫マントを大事そうに抱きしめていた。これが今、彼女が唯一師匠の気配を感じられる慰めなのだ。


「私が慰めてあげるよ~」金髪の「少年」ライラは顔を近づけ、彼女の耳元で囁いた。

「いらない!」

(それに、全部お前のせいで私は師匠と別れなきゃいけなくなったんだ!)

ランは不機嫌そうに、片手でライラを強く突き放した。


「あなたたち二人とも……喧嘩はやめなさい……」エルリスは呆れたようにため息をついたが、視線は魔法書から離さなかった。


---

「この魔法を試してみて……」

エルリスはそう言うと指先を軽く滑らせ、リストの一つにかかっていた封印を解除した。

エルリスとライラの脳裏には、瞬間的に軽やかな鎖の断裂音が響いた。ランにだけは、何も聞こえなかった。

金髪の「少年」ライラは従順に自身の魔法書を召喚し、その中に新しく現れた内容をつぶさに読み取った。ランはまたも好奇心から覗き込もうとしたが、ライラはその隙を突いて彼女の手を握りしめた。


ランは慌てて力一杯手を振り、その手を振りほどこうとした。


「これはランが以前使った上級魔法よ」エルリスが傍らで説明を加えた。ライラに、既に効果を目の当たりにしている魔法を試させれば、比較的成功しやすいのではないかと考えたのだ。まさに、かつてシャオに透明な翼を生やし、遥か高空へと飛ばしたあの魔法である。

「これは、呪文を完璧に詠唱すれば発動できる魔法なの」

これならば、ライラが苦手とする「風を感じ、水を感じる」といった抽象的な感覚を代償とする初級魔法とは、勝手が全く違うはずだ。


「ただし、それぞれの文字の発音が非常に正確でなければならないわ」エルリスは説明を続けた。これが上級魔法の特徴の一つだ。

「途中でつっかえたり、読み間違えたり、イントネーションを違えてはいけない。さもなければ、魔法は暴走する恐れがあるわ」

上級魔法にはいわゆる「失敗」のリスクが存在する。しかし、正しく唱えさえすれば必ず行使できるという利点がある。その代償は「正確無比な詠唱」そのものなのだ。

(どうせ彼女は貴族の出身なのでしょう? エイブリンは、彼女が王宮に住んでいたと言っていたし……)

エルリスは内心で考えた。格式ある教育を受けてきたのであれば、呪文の詠唱は彼女にとって造作もないはずだ。


――元、王女なのだから。


「ただ読むだけでいいのですか?」金髪の少年が確認した。視線は素早く魔法書上の、長く複雑な呪文を走り読みした。

これは風や水といった不確かなものを感じる代償とは、確かにはっきりと異なっている。彼女にとっては、こうした規則に基づいたものの方がずっと理解しやすかった。


「私に使って! 私に使って!」

ランはすぐに興奮して叫び、期待に満ちた顔でライラの前に立った。

手には依然として黒いマントをしっかり抱きしめている。心配する様子は微塵もない。

ライラへの信頼ゆえか、あるいは単にスリルを楽しんでいるだけなのか。


金髪の「少年」はサングラス越しに、ランが珍しくこれほどまでに興奮する様子を凝視した。

「この呪文……何か危険はありませんか?」彼女はふと不安を覚えた。

「成功すれば、一人を連れて空高く飛ぶ呪文。失敗しても……それでも上へは飛ぶけれど、おそらく安定しなくなるわね」エルリスは平然と説明した。ラン相手ならば、過度な心配は不要だと思ったのだ。

「それだけですか?」金髪の少年は怪訝そうに尋ねた。これでは「上級」魔法に相応しいリスクとは思えなかった。


「それだけよ」エルリスもまた不思議そうに答えた。珍しく彼女がこの魔法に対して多くの質問を重ねるものだから。

「上級魔法の特徴は、効果が非常に限定的で明確だということなの。失敗した際に起こりうる状況も、現在はすべて記録されているわ。基本的な魔法効果はあらかじめ『設定』されており、術者の感性や制御能力とは関係なく、純粋に呪文によって駆動される。けれど欠点は……あまり実用的でないことね」

エルリスはさらに補足した。この種の魔法は行使に時間と労力を要するが、効果の持続時間は極めて長い部類に入る。

「制約の多い上級魔法ね」ランが横から補足した。変装系の魔法を除けば、彼女自身も実戦でこの種の上級呪文を使うことは滅多にない。


金髪の「少年」ライラは、依然として困惑したまま魔法書を見つめた。

呪文を唱えること自体に問題はない。しかし、この二人があまりにも平然としているその態度が、彼女には少し不気味に感じられた。

「では……試してみます」ライラは言った。珍しくランがこれほど喜んでいるのを見たからだ。

(けれど、失敗する可能性があるとなると、やはり不安だ……。丸一日ランに会えなかった分、彼女が傷つくようなことだけは避けたい)


---

ランは興奮を隠せずライラの前に立ち、エルリスは傍らで警戒を解かずに見守っていた。ランのことだから心配ないとは思いつつも、午後にライラが高台から転落した事件が脳裏をよぎり、一抹の不安を拭いきれなかったのだ。

(この呪文、覚えているわ……)エルリスはこの飛行呪文の詠唱に失敗した場合のケースを思い返した。

(途中で途切れたら、飛行中に突然停止する。イントネーションが狂いすぎると、予期せぬ方向へ暴走する可能性がある。そして、もし文字を間違えたら……)


金髪の「少年」はその場に佇み、目の前のランへ視線を向けると、ゆっくりと口を開いた。

「風の精霊、シルフィード、我が声にて覚醒せよ」その声は明瞭で美しく、暮れゆく中庭の空気に凛として響き渡った。

瞬く間に風の元素がランの周囲へと集まり、一対の、ほとんど透明で微光を放つ翼が彼女の背中に優雅に形を成した。


(もし、文字を間違えたら……)エルリスは思考を止め、驚愕の面持ちで金髪の「少年」を見た。

これは……あまりにも完璧で、音色が美しく、さながら幾千もの鍛錬を経たかのような詠唱だった。

ライラは詠唱を続け、その語調は平穏かつリズムに富んでいた。


「我は風を以て信と為し、光を以て翼と為す。

汝に塵土の重さを忘れさせ、天空の静寂を思い出させん。

羽影は汝の背に咲き出で、朝露の光に遇うが如く、夢の喚び醒ますが如し。

行け――雲層を穿ち、恐懼を穿ち、の無名の高処へと飛翔せよ」


流暢に最後の音節が紡がれると、ランの背にある透明な翼は力強く羽ばたき、彼女を茜色の空へと一気に押し上げた。

「はははは!」ランは空中で興奮して声を上げ、白いマントのフードは風に飛ばされ、黒い長髪が恣意的に翻った。彼女の高度はぐんぐんと上昇し、地上で見上げるライラは、だんだんと小さくなっていくその姿を凝視した。

「これ、どこまで飛ぶのですか……?」ライラはふと不安を口にした。

「三百メートルで自動停止するわ」エルリスが答える。高度すら魔法であらかじめ設定されているのだ。


ランの姿は高空で一瞬停滞し、刻一刻と変化する壮麗な天幕に浮かんでいるかのようだった。直後、彼女の体は真っ直ぐに落下し始めた。

「それと、この魔法は人をその高度まで連れて行くだけで、その後の緩衝や降下措置はないの。だから使用後は、みんな垂直落下することになるわ」

エルリスが淡々と補足した。まともな魔女なら誰も使いたがらないほどマイナーな魔法だ。ランが以前この呪文を知っていたこと自体、エルリスには驚きだった。

「まあ、ランなら自分で何とかするでしょう」エルリスは助けに入る様子もなく、静観していた。


案の定、ランは自ら杖に飛び乗り、軽やかな身のこなしで戻ってきた。

「もう一回! もう一回!」彼女はサングラスをかけ直し、風で少し乱れた髪をそのままに、興奮で頬を上気させていた。手にはしっかりと黒いマントを抱えたままだ。

「ラン自身はこの魔法を使えないのですか?」金髪の「少年」ライラが尋ねた。

(珍しく彼女が楽しそうだ。しかも、自分が行使した魔法でもないのに)


「この魔法の制限の一つ……自分自身には使えないんだよ!」ランが残念そうに言った。そうでなければとっくに自分に使っている。


「では、もう一回……」ライラが言いかけるよりも早く、耳元で再び魔法の鎖が鳴る音が響いた。

「私が言ったのは『試させてあげる』ということだけよ」エルリスが傍らに立ち、その口調はいつもの冷徹さを取り戻していた。

「これは上級魔法よ。あなたが上級魔女に昇格するまで、自由に使わせるつもりはないわ」

「えー!?」ランが愕然として声を上げた。

「……なぜ、あなたが驚くのよ」エルリスは呆れてランを見た。


(それにしても……彼女の詠唱技術は尋常ではないわね……)エルリスは内心で舌を巻いた。あの優美で正確なイントネーション、一字一句をはっきりと発音する方法は、ランのそれとは全く異なっている。ランが呪文を唱えるときは、常にどこか冷たく低い響きを帯びるのだ。

「とにかく、あなたは現段階ではまず基礎魔法をしっかりと学ぶことに専念しなさい」エルリスはライラに向かって告げた。今回のテストは、あくまで彼女に上級魔法を使用できる「可能性」があるかを検証するためのものだ。

「それから、必ず私が立ち会って監督している時だけ練習すること」基礎魔法であっても、一歩間違えれば危険が伴う。特に、目の前の「飛び降り」前科のある弟子については細心の注意が必要だ。エルリスはそう言い残すと、魔法書を閉じた。


(……それにしても、ニアは上級魔法の門前で足踏みしているし……)

彼女が抱える問題は、一つだけではなかった。


---

「師匠! 描けました!」茶色の髪で、同年代の魔女よりも背が高い十四歳の少女ニアが、嬉しそうに一枚の紙を掲げてエルリスのもとへ駆け寄ってきた。

エルリスは視線を落とし、その紙に描かれたいわゆる「魔法陣」を冷淡に一瞥した。

「描き直し」一瞬の迷いもなく、非情な宣告を下した。

「どうしてよ! 私、すごく真剣に描いたのに!」ニアは不服そうに抗議した。


ニアは自らが丹精込めて描いた魔法陣を改めて見つめた。――線は雑然と歪み、曲がりくねって規則性がなく、魔法陣の基本中の基本である外側の円形すら、ぼやけて認識し難い代物だった。

「魔法陣の基礎である外円すら、まともに描けていないじゃない……」エルリスは苦々しい顔で魔法書の標準的な見本を見つめた。比較すればするほど、その差は絶望的だった。


「あなたには、描画の授業を追加する必要がありそうね」エルリスはページをめくり、魔法学院で次に開講される選択科目を確認し始めた。

(けれど、彼女には中級魔女向けの『魔法陣描画課程』を選ばせるべきか、それともヴィヴィアンが開く『芸術絵画クラス』か……)ヴィヴィアンがニアのこの「傑作」を見たら、どんな反応をするだろうか。しかし、前者は基礎から体系的に教えるため、ニアの助けにはより直接的だろう。


「それからランとライラの選択科目も決めなくては……」エルリスは小さな声で独り言を漏らし、机に向かってペンを握り、真剣に計画を練り始めた。

傍らのニアは不満げに考え込む師匠を見つめていたが、やがて抜き足差し足でエルリスの背後に回り込んだ。

「師匠~」ニアはエルリスの耳元に寄り、悪戯っぽくふうっと息を吹きかけた。

「うっ!」エルリスは瞬間的に電気に打たれたように、椅子から跳び上がった。


「あ、あなた、何をしているの!?」エルリスは顔を真っ赤にして、熱くなった耳を押さえながら叫んだ。普段必死に保っている「高冷な魔女」のイメージは、跡形もなく消え去っていた。

(この子は本当に、唐突に人を狼狽えさせるようなことをするわね……)エルリスは呆れながらも考えた。ニアは時折、自分を狙って不意打ちを食らわせているような気がしてならない。

「師匠、特別好きな食べ物はありますか?」見ると、ニアは何食わぬ顔で満面の笑みを浮かべて尋ねていた。

「突然、何なの……」エルリスは表情を取り繕ったが、瞳には依然として困惑の色が混じっていた。


「特に、好きなものなんてないわ」エルリスは淡々と答え、先ほどのきまずさを無かったことにしようとした。自分は大人なのだ。特定の食べ物に固執するような嗜好があるはずがない。

「ふーん」ニアは楽しげに相槌を打ち、瞳をくるくると動かした。どうやら何かを企んでいるようだ。

「師匠、今日は呪文の練習に行きたいな!」彼女は一転して、弾んだ声で要求した。

「今から……?」エルリスは窓の外、次第に暮れてゆく空を眺めて少し躊躇したが、視線が机の上の無惨な魔法陣の図面を掠めた。


「魔法陣の学習……どうやら、一筋縄ではいかなそうね」これには絵の才能と基礎的な技能が相当に要求される。

「わかったわ、練習に付き合いましょう」エルリスは最終的に妥協し、魔法書を手に取った。

「やったぁ!」ニアは嬉しそうに歓声を上げると、エルリスの手を引いてドアの方へと向かった。

「行きましょう!」前を歩く彼女の口調は軽やかだった。


エルリスは引っ張られながら、ニアの活力に満ちた後ろ姿を見つめた。

(幼い頃から魔法都市の規範の中で生活してこなかったせいかしら……)彼女はニアの過去を想った。

(性格がみんな、どこか……あまりにも直接的で奔放なのね……)忘れないでほしい。私はこれでも七賢者であり、ほとんどの魔女が恭しく礼を失しない存在なのだ。

ランも幼い頃から魔法都市を離れ、エイブリンと森で暮らしていたせいか、自分に対して礼儀知らずな口を利く。もっとも、彼女が私を「師匠」と呼んでくれるのはとても嬉しいのだが。ライラの状況は……さらに複雑だ。


(どうやら私はもう長い間、弟子に『尊敬』される感覚を味わっていない気がするわ……)

エルリスはニアに手を引かれながら、内心で呆れたようにため息をついた。

今のこの三人の弟子は、誰も彼女のことを、距離を保って敬うべき師匠とは見ていないようだった。


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