第五十一話 もう一度、飛翔
第五十一話 もう一度、飛翔
ここは魔法学院の中級飛行魔法の授業。授業には、既に半年間も通い続けている赤髪の少女がいた。第一回目の授業で、教授の目を盗んで自ら高空から落下して以来、状況は一変していた。
あの時、突然現れたエルリスに間一髪で助けられたが、なぜ七賢者であるエルリスがそんなに都合よく現れたのか、誰も知らなかった。
だがそれ以来、この少女はこの授業で二度と飛び立つことができず、それでも雨の日も風の日も休まずにやって来ていた。
「君の杖……また折れちゃったのかい?」授業を担当する教授は、毎回の授業で飛行に参加できないこの赤髪の少女を見て、慣れた口調と、かすかに気づかれるいら立ちを込めて尋ねた。
「はい……」シャオはうつむき、声は蚊の羽音のようにか細かった。魔法は嘘を検知しなかった。つまりこれは事実だ。だが杖はなぜ折れた?他人のせいか、それとも……彼女自身か?
周囲の青い魔法ローブを着た魔女数名がそれを聞くと、押し殺した笑い声を漏らした。
誰も進んで自分たちの杖を貸そうとはしない。
これらの昇格したばかりの初級魔女たちの認識では、杖がなければ飛べない。少なくとも彼女たちにとってはそうだ。
(彼女の杖が折れたって話、もう初めてじゃないな……)教授は内心考えた。これはどうやらシャオが「飛べない」ことの定番の言い訳の一つらしい。
(エルリス様に連絡すべきか?)あの七賢者の元で指導を受けているのに、まだ飛行を覚えられないとは、にわかに信じがたい。
「だ、だめです!師匠には言わないでください!私……私が自分でもう一本買いますから……」シャオは慌てて言った。声はだんだん小さくなり、哀願が込められていた。まるで授業中に起きたことが最終的に全てエルリス師匠の「魔法書」に伝わることを知っているかのようだ。
もしエルリス師匠に知られたら、彼女に余計な迷惑をかけるだけだ。
(でも私がこんなに飛べないこと自体が、エルリス師匠にとって最大の迷惑なんじゃないか……)彼女は手中の臨時に拾った枯れ枝を死に物狂いで握りしめ、指先が白くなった。
「予備の杖を貸そうか?それとも……」教授は気遣って尋ねた。
何と言っても飛行授業で空へ上がれなければ意味がなく、杖は魔女が飛ぶための必要媒体だ。
「い、いいえ、結構です。今日はちょっと体調が悪いので、下で見学しておきます……」シャオは緊張して手中の枝をもみながら、教授の視線を避けた。
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澄んだ笛の音が空気を切り裂き、草地の魔女たちは次々に杖に乗り、弦を離れた矢のように高空へと飛び立った。
赤髪の少女シャオだけがぽつんと地面に取り残され、彼女たちがだんだん小さくなる姿を仰ぎ見ていた。
「俺たち、ちょっとやりすぎたかな~」空中で、青いローブを着た魔法使いが疾走感を楽しみながら言った。
「どうせあいつ使えねえんだから、むしろ感謝されるべきだろ」もう一人の仲間は気にも留めずに応えた。口調は軽薄だった。
「あの杖、エルリス様がくれたものかもしれないぜ?」
「違うよ、俺がこの目で見たんだ。道端でさっと拾うのを」
「よくまああんなボロボロの枝を杖代わりにしようと思ったもんだな?」
「ははは!」彼女たちは空中で遠慮なく大笑いした。
地面のシャオは、手中のいつの間にか真っ二つに折れた枯れ枝を見下ろし、心中複雑で、苦くて言いようがなかった。
「杖がなければ……飛べない……」彼女は折れた枝をしっかり握りしめ、あたかもそれが虚ろな支えを与えてくれるかのようだった。
(だから今日の授業は受けられない、そうだ、こういうことだ、私の問題じゃない)
彼女は手中の残った枝を地面に叩きつけようとした。後はただこの長くて苦しい授業時間が終わるのを静かに待つだけだ。
ここに居続けてこそ、どうにか「自分はまだ飛行を勉強中」という偽りを維持できるだろう。
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「今日の風……気持ちいいね」彼女は気づいていなかった。近くの巍峨とした高い塔の頂上で、魔法帽子をかけた黒髪の少年が、広々とした紺碧の空を静かに眺めているのを。
「飛ぶにはいい天気だ!」彼女は興奮して呟き、眼中にはやる気に満ちた輝きがきらめいていた。あたかも何か重大な実験を行おうとしているかのようだった。
黒髪の少年はこの時自身の杖を召喚し、しっかり握りしめた。
後ろには、彼が何をしようとしているか見当もつかないエルリスと、金髪の少年に変装したライラがいた。
「風の精霊シルフィード、我が声により覚醒せよ!」
ランは朗らかに呪文を詠唱した。無形の風の力が彼の意志の導きの下で集合し始め、静かに地面上のあの赤髪の少女の周囲を取り囲んだ。
「呪文……?」ライラは顔にかけた紺碧の瞳を反射するサングラスを押し上げ、ランンの背中を困惑して見つめた。
彼女は魔法使いが「呪文」を使って魔法を使うのを初めて見た。これももしかしたら代償の一種?
「あれは上級魔法だ!」エルリスはあのよく知った神秘的な文句を瞬間的に認識し、激動して叫んだ。
「待って、ラン!何をするつもり!」彼女はランに向かって叫び、内心は焦りでいっぱいだった。だが上級魔法の呪文は一旦詠唱が始まると、途中で強引に遮れば魔法は制御不能になる。
彼女は一瞬躊躇し、止めるべきかどうかわからず、ただランが詠唱を続けるのをじっと見ているしかなかった。
「我は風を信とし、光を翼となす。塵芥の重さを忘れ、天空の静寂を思い出せよ」ランの声は明瞭で力強く、塔の上空に反響し、一種の奇妙な穿透力を帯びていた。
「羽影はお前の背中より咲き出で、朝露光に遇うが如く、夢覚まされるが如し。
行け――雲層を穿ち、恐懼を穿ち、名もなき高みに向かい飛翔せよ」ランの口調はますます激昂し、空気もそれに伴って激しく湧動した。
「もう一度……もう一度飛翔せよ!」ランは手中の杖を高く掲げ、最後の導きを完了した。
刹那間、地面上の赤髪の少女の背後で、純粋な風元素で構成された透明な翼が猛然と展開した!
彼女が完全に反応する間もなく、その翼は彼女を――「ひゅっ」という音と共に――天衝させた!
「待って!これどういうこと?!」シャオは慌てふためいて叫んだ。地面上の景物が急速に縮小していくのを目の当たりにし、強い無重力感が襲ってきた。
エルリスの心は瞬間的に喉元まで上がり、視線はシャオの身影にしっかりと釘付けになった。シャオは瞬間的に彼らのいる塔を穿ち、速度を緩めずに上昇を続けるのを見て、彼女は息もできないほど心配した。
シャオは容易く空中の全ての練習中のクラスメートと教授を超越し、彼女の上昇の勢いは微塵も衰えなかった。
「彼女……彼女そんなに速く飛べるの?!」教授は頭を仰ぎ、黒い点と化した赤い身影を見つめ、理由もなく感嘆した。まだこれがシャオ自身の能力ではないことに気づかず、却ってこのずっと飛べない少女が実は奥深いものを隠していたと感慨にふけっていた。
高度は依然として狂ったように上昇し続けた。
ある限界に達すると、シャオの背後にある風の翼は泡の如く瞬間的に消散した。あたかもエネルギーが耗尽したかのように。
一秒前まで加速上昇していた衝力が戛然と止まり、彼女を恐怖の表情で雲一つない高空に浮遊させた。短くも息詰まる浮遊感を経験した。
下一秒。
重力が無情にも彼女を捉えた。
「待、待って……!」シャオは恐怖で嘶き叫び、手中にはまだあの半分に折れた枝をしっかり握りしめ、体は驚異的な速度で急降下し始めた!
「助、助けてええ――!」凄烈な救難の叫びが長空を切り裂いたが、高空で練習に忙しい他のクラスメートたちはどうやらすぐにはこの異常な状況に気づかないようだった。
クラスメートたちがまだ反応しきれない注視の中、彼女の体は流星のように絶え間なく加速落下していった。
(これ一体どういうこと……)シャオは絶望的に体を丸め、あの役立たずの枝を死に物狂いで握りしめ、果てしない恐怖と冷たい不安が瞬間的に彼女を飲み込んだ。クラスメートたちの身影がどんどん小さくなるのを見ることは、堅い地面がどんどん近づいていることも意味した。
(師匠……)極度の恐慌の中で、彼女の視線は本能的に周囲を掃ったが、意外にも――
エルリス師匠が、あの彼女が永遠に自力では到達できない高い塔の上に立ち、かつてないほどの驚恐の表情で、しっかりと彼女を見つめているのが見えた。師匠の傍らには、あの二人の少年も立っていた。
(なぜ師匠がここに?今日は授業ないから、学院には来ないって言ったのに……)シャオは目を強く閉じ、電光石火の間、彼女は何かを悟った。
(あの塔も……もし私が飛び上がらなければ……私は永遠に知らないままだった、師匠が実はずっとそこで見ていたって……)
(師匠がこんなこと……どれくらい続けてたの?まさか私がこの授業を受け始めた初日から……?)
「助けて……師匠……」彼女は声を震わせて哀願した。背後に迫る地面の死の気配を感じ取れる。魔女は決して不死身ではない。
(私を捨てないで!)彼女は内心狂ったように叫んだが、どうしてもこの最も真實な乞いの言葉を口に出すことはできなかった。
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「はあ……はあ……」シャオは強く閉じた目を猛然と見開き、激しく息をした。手中の枝はとっくにどこへ落ちたかわからなかった。
地面に衝突する最後の刹那、彼女は堅実で温かい腕にしっかりと抱き寄せられた。
新雪のように純白な髪は、陽光の下で救済の光線の如く、彼女が落下する最後の関頭で正確に彼女を受け止めた。
「シャオ!」エルリスの声はかつてない緊張と後悔に満ちていた。彼女は懐に抱いたシャオを見下ろした。少女の眼神は空洞で呆然としており、どうやら驚魂が定まっておらず、まだ完全に我に返っていないようだった。
「エルリス様だ!」
「本人ですか!?」
「きゃあああ――!」
空中のクラスメートたちはこの時ようやく下の状況に気づき、興奮と驚きの叫び声を上げ、エルリスがあたかも英雄の登場のような颯爽たる英姿を目撃した。
「シャオ!大丈夫?シャオ!」エルリスは切迫して呼びかけた。口調には彼女自身も気づいていない慌てと心配が込められ、胸は急な呼吸で明らかに起伏していた。
「師匠……?」シャオはエルリスの温かい懐の中でゆっくりと焦点を合わせ、視線が次第に明瞭になり、目に飛び込んできたのは師匠の焦りで微かに紅潮した顔と荒い息遣いだった。
彼女は小声で胸の内に渦巻く疑問を問いかけた:
「なぜ師匠は……ここにいるんですか……?」
今日は授業がないって言ったのに、学院まで送ってくれないなんて。
あの塔だって、飛び上がらなければ……
私は永遠に見られない、師匠が実はずっとそこにいたって。
師匠がこんな風に黙って私を見てる……いったいどれくらい?
まさか私がこの授業を受け始めた初日から……?
あの日、師匠が突然現れて、落下しそうになった私を救ってくれた。
師匠は最初から……ずっとそこで私を見ていたの?
(ああ……そういうことだったのか……)全ては私のせいだ。私が余りにも不甲斐ないから。
「ごめんなさい、エルリス師匠……」シャオは顔をエルリスの胸に埋め、涙がついに決堤し、声は詰まって引き裂かれた。
【ご迷惑をおかけしました】シャオは悲しそうに訴えた。これは彼女が初めてエルリスの面前でこのような失態をして大声で泣くことだった。師匠はこのように彼女を気遣ってくれているのに、彼女は師匠の期待に応えられず、さらには最大の重荷になってしまった。
エルリスの瞳は震え、唇は微かに震え、一時的に何も言葉が出せなかった。
「どうか……早めにあなたの元を去らせてください……」シャオは最後の勇気を振り絞り、同時にある種の苦しい決心も固めた。
「この間……本当にありがとうございました」
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夕暮れ時、夕日が空の端をオレンジ色に染めていた。
雪に覆われたエルリスの屋敷で、ランはこっそりとドアを少し押し開け、不安そうに中を覗いた。
部屋の中では、エルリスが一人で元気なく机に伏せり、微動だにせず、周囲には濃厚な低気圧が漂っていた。
「私……悪いことした?」ランは小声で独り言のように言い、ドアの外に立ち、両手を胸の前で不安そうに組みながら、原因を考えた。
「私がこっそり魔法都市の外に行こうとしたから?」
「それとも……授業中にこっそり『ペン回し魔法』を研究してるのがバレたから?」一体どっちなんだ?
「夕食を作りに行こう、ラン」ライラは傍らに立ち、軽快な口調で提案した。
(あの赤髪がいないなら、ここでは自然にランの名前を呼べる)この考えは、彼女の心底に一抹の密やかな愉悦をもたらした。
「師匠のこと心配しないの?」ランは振り返り、どうやらエルリスの状況に全く興味のないライラを見た。
【彼女はあなたの師匠でしょ】ランは陳述した。口調には理解できないものがあった。
ライラはこの言葉を聞くと、顔の笑みが瞬間的に消え、無表情になった。
「ランは本当にこの言葉が好きだね……」彼女の声は温もりを失い、サングラスの下の眼差しは明らかに冷たく不機嫌になった。
「師匠って……大切な人なの?」ライラは尋ねた。彼女はランがいつもこの「師匠」を自分と結びつけるのが好きではなく、あたかも彼女たちの間に何か特別な絆があるかのようだった。
「もちろんそうだよ!」ランは激動して応えた。口調に疑いの余地はなかった。
「私の師匠は私のとてもとても大切な人だ!」
「私は師匠が大好き!彼女が辛そうにしてると、私も辛くなる!」
「何とかして彼女を喜ばせたい、彼女に……迷惑をかけたくない……」
ランの声は次第に低くなっていった。たとえ今エイブリン師匠が一時的にコントロールから解放されても、師匠を傷つける根源はいつも自分と関係があるように思える。
ランは内心深くでいつも思わず考えてしまう。もしかしたら自分がエイブリンに不幸をもたらしたんじゃないか?
そうでなければなぜ彼女の側近い人は、いつも「召喚」の運命に遭うのか?
ライラは静かにランの面前に立ち聞いていた。すぐには応えなかった。
だがランが顔に表れた明らかな落胆と、眼底に次第に広がり始めた陰りを見て。
「そうですね、じゃあ私は何をすればいいですか?」ライラは淡々とした口調で言葉を受けた。
(どうやらエルリス様の情緒状態は、直接ランに影響するようだ……)この認識はライラの内心に一陣の不快な酸っぱさを感じさせた。
「どうやって魔法使いを喜ばせるか、正直、私は知りません」だが彼女はより一層、ランがエルリスの情緒によって起伏するのを見たくはなかった。
(差し当たりまずはエルリス様のことを何とか解決しよう……)ライラは速く思考した。とはいえ彼女は他の魔法使い自体にはあまり興味がなく、注意力はほとんどラン一人に集中していた。
「私、私なら……師匠の好きな料理を作ってあげる……」ランはライラの質問を聞き、正直に自身の考えを言った。
「でも私は師匠以外の人が……何が好きか全然見当がつかない」彼女の心は全てエイブリンに向いており、他人の好みはほとんど無知に等しかった。
今回は自分がエルリスをこんなに落ち込ませてしまったかもしれないのに、どう償えばいいかわからないと思うと、ランの表情はまた曇ってしまった。
「こんな時は、他の人に聞きに行きましょう」ライラは提案した。彼女はこれ以上ランが他人のことで持続的に消沈するのを見たくはなかった。彼女は率先してランの手を取ると、彼女を連れて外へ出た。
「前の……外見が子供みたいな魔法使いを探しに行こう……」
「確かセレンって言うんだよね?」ライラは言いながら、ランの手をしっかり握って歩き出した。
ランは彼女の後について行き、視線はライラのくっきりとした横顔に落ちた。
「そうだね!」この提案はランを瞬間的に元気づけた。
ランは杖を召喚し、二人は夕日の残光を乗って飛び立った。
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「あなたたち二人……何の用?」セレンは太陽も沈みかけたいう時間に突然訪れた二人の少年を見て、内心思わず警戒心を抱いた。
特に彼らの身分は特殊で、魔法協会内部で秘密裏に注目されている対象だった。
「エルリスを元気にする方法、教えて!」ランはセレンの警戒を無視し、単刀直入に、激動した口調でストレートに尋ねた。




