第四十六話 嘘を見抜く魔法
第四十六話 嘘を見抜く魔法
「お変わりありませんか、エイブリン様?」
整ったメイド服を着た人影が、丁寧に調合され温かさが程よい蜂蜜入りのお湯を運び、静かにエイブリンの部屋へ入ってきた。
朝の光がカーテンの隙間から差し込み、部屋内に浮遊する微細な塵を優しく照らしていた。
「さあ、蜂蜜湯をお使いください。少しは楽になりますよ」マリアは優しく言いながら、湯気がゆらゆらと立つカップをベッドにもたれるエイブリンの手に渡した。
「ありがとう……」エイブリンは弱々しく応えた。声はかすれてほとんど聞き取れない。
「ゴホッ!ゴホッゴホッ!」続いては抑えきれない激しい咳込みが起こり、青白い顔を苦しそうに少ししかめた。
「喉がお痛みですか?」マリアはベッドの傍らに立ち、専門的な気遣いを込めた口調で尋ねた。
これは彼女が正式にメイド職務に就いた初日だった。家主である『辺境の魔女』エイブリン様が突然風邪を引くとは、まさに彼女にとって最初の試練だった。
「少し……」エイブリンは無理に体を起こし、温かく優しい蜂蜜湯を少しずつすすり、喉の灼熱感を和らげようとした。
「では、食べやすい消化の良いものをご用意して参ります」マリアはそう言うと、部屋を出ようとした。
「待って……」エイブリンは急いで彼女を呼び止めた。かすれた声には一抹の焦りが込められていた。
エイブリンがゆっくりと手を上げ、掌を上に向けると、微光が走り、ふっくらとした濃い青色のブルーベリーが一つ、虚空から現れ、彼女の青白い掌の上に静かに横たわった。
「今日は珍しく『当たり』が出たわね」エイブリンは弱々しく微笑んだ。手のひらにある完璧なブルーベリーを見つめながら、子供のような嬉しそうな眼差しが一瞬走った。
「これで……何か作ってくれる?」彼女は昨日、マリアが様々なブルーベリーデザート、中でも彼女の一番好きなブルーベリーケーキを得意としていると聞いたばかりだった。
マリアは近づき、ぽつんと置かれたそのブルーベリーを一瞥すると、顔には特に表情を浮かべなかった。
「風邪の間は甘くて脂っこいお菓子はお控えくださいませ」彼女の口調は優しいが疑いの余地はなく、そっとエイブリンの手からそのブルーベリーを受け取った。
「ジュースにさせていただきます」
「本日はケーキはお召し上がりいただけません」彼女の顔には職業的な完璧な微笑みが浮かんでいた。
「うっ……」エイブリンの表情は瞬時に曇り、お菓子を取り上げられた子供のようだった。
「せっかく当たったのに……」彼女は落胆して呟き、蜂蜜湯をすすり続けた。
内心では、自分の運の悪さを嘆かずにはいられない——
いつもそうだ。一番甘いものが食べたい時に限って、体調が許さないのだから。
「師匠!」焦るような声が家の外から響き、雑然とした着地音が続く。
慌ただしい足音が家の中に駆け込み、二階へ一直線に向かう。
先頭を走る黒髪の少年ランは、気もそぞろに階段を駆け上がった。
「まったく……」屋外のエルリス一行は、仕方なく入口に立つしかなかった。中へは一歩も踏み込めない。
「まず中に入れさせてよ!」小柄なセレンは閉ざされたドアに向かってむくれながら叫んだ。
エルリスもセレンもわざわざエイブリンを見舞いに来ていた。何と言っても「エイブリンが風邪を引く」というのは、極めて稀なことなのだから。
「ふむ……」金髪の少年ライラも静かに屋外に立ち、開かれた玄関口を見渡した。
彼女はゆっくりと手を上げ、試すように家の中へ差し伸べたが、指先は無形ながらも堅固な透明の障壁にしっかりと阻まれた。
「なぜランはすんなり入れるのだろう……」ライラは好奇心と困惑を込めて呟いた。
魔法使いは招かれなければ、通常「他人」の住居には入れないはずだ。
「ここは彼女の家だからよ」エルリスが傍らで静かに説明した。
「ではなぜ私は……」ライラは思考に沈んだ。自分も確かにここに住んでいたことがあり、他人を招き入れたことさえあるのに。
「あなたの心はここを『家』だとは思っていないのでしょうね」エルリスはさりげなく言った。
これは全ての魔法使いが守るべき規則で、招かれなければ他人の家に入ることはできず、黒の魔法使いも例外ではない。
「ただし、あなたが普通人であれば、そのまま入ることができたでしょうが」エルリスが補足した。魔法使いのみがこの規則に縛られ、普通人は制限されない。
「まったく、ランったら一体上がる気があるのかしら!病気のエイブリンにずっと迷惑かけちゃいけないでしょ!」
セレンは傍らで憤慨しながら足を踏み鳴らした。後ろには師匠が帰って来なくなるのではないかと心配する彼女の弟子たちもいる。
「昨日もう一日居残るべきだったわ……」彼女は悔やむように呟いた。離れた翌日にエイブリンが病気になるなんて。
「でも午後には授業が……」セレンはため息をついた。もうすぐ魔法都市へ戻らなければならない。
「私も同じだ……」エルリスも同じく困惑した表情を浮かべた。
学院の教授として、どうしても避けられない職務があり、長くここに留まることはできない。
「弟子を一人だけにしておけば、自由気ままに動き回れるのに」とセレンはつい夢想した。唯一の弟子を連れて諸国を漫遊する、そんな便利な生活を。効率は悪いかもしれないが。
「あなた、あんなに大勢弟子を取ってるんだから、無理でしょ……」
エルリスはセレンの後ろにいる大勢の目立つ白ローブの弟子たちを見つめ、淡々と言った。
私は二人でてんてこ舞いなのに、こんなに大勢が見ていたら目が回るわ。
「我らは永遠に貴女に付き従います、セレン様!」後ろの弟子たちは感激して声を揃えて叫んだ。
「エイブリンの家の前で騒ぐんじゃない!」セレンは怒って振り返り叱りつけた。
「病人なんだから!」本当に心配性だ。
「魔女も風邪を引くのですね……」ライラは静かに感嘆した。魔法使いの体質は常人とは異なり、病に侵されることはないと思っていたのに。
「特効薬のようなものはないのですか?」ライラは興味深く追及した。
魔女は薬剤に精通しているのだから、おそらく一服ですぐに治る霊丹妙薬のようなものが存在するのでは?
「いいえ、あれは魔法を使った『代償』です。時間が来るまで症状は解除されません」エルリスが彼女の疑問に答えた。
どうせ今は外に閉め出されて暇なのだから。
「代償?」ライラは馴染みのあるその言葉を困惑して繰り返した。
全ての魔法には代償が必要だが、「風邪」を代償とする魔法とは、いったいどのようなものなのか?
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「師匠、『嘘』をついたせいで風邪を引くなんて……」魔法都市から慌てて飛び帰ってきたランは、心配そうにベッドで弱っているエイブリンを見つめた。
これは「嘘を見抜く」魔法の代償――術者自身が嘘をつくと、丸一日風邪を引く。
「これは……予想外のことだったの……」エイブリンはベッドに横たわりながら、咳を込めて仕方なく説明した。
彼女自身も自分が嘘をつく時が来ようとは予想していなかった。
ランの視線は師匠から離せなかった。
エイブリンは病気になったことがなく、ましてや自分が傍にいない時に倒れるなんて。
エイブリンは依然としてベッドの傍らに佇むランを見つめた。普段は深淵のように読み取りにくい漆黒の瞳が、今は不安と焦慮を明確に映し出しており、まるでいつでも更深い闇の渦に陥りそうだった。
「学院は……どうですか?」エイブリンは静かに話題を変えた。
エルリスの定期的な連信からランの状況は把握できていたが、今日は入学初日だ。よくもまあそんなに衝動的に飛び帰って来たものだ。
「ちょっと……つまらない……」ランは顔を背け、不機嫌そうな口調で言った。
学院で机上の空論をしているより、ここで師匠と実際に魔獣と対峙していた日々の方が懐かしかった。
「特に私が選んだ面白い授業は、全部削られちゃったんだよ!」ランはついでに愚痴った。全部エルリスのせいだ。
「最も基礎的な理論から始めろだなんて……結局退屈な理論ばっかり!」これらの授業はランの微塵も興味を引かなかった。
「学校に行くって……本当に必要かな……」ランは外見を偽装するための魔法帽子を傍らに放り出すと、落胆した小動物のようにエイブリンのベッドの傍らにうつ伏せになった。
エイブリンは手を伸ばし、優しくランの黒い長い髪を撫でた。ここに住んでいた時よりさらに柔らかく滑らかな感触だった。
「大勢で一緒に魔法を学ぶのは、実はとても面白いことですよ」エイブリンは彼女の頭を撫でながら、昔自分が魔法学院で教えていた頃を思い出していた。
「もしかしたら……友達もできるかもしれませんね」エイブリンは優しくランに言った。
久しぶりにランに会え、内心ほっこりとした安堵を感じていた。風邪で具合は悪いが、不幸中の幸いと言えるかもしれない。
ただ今日はブルーベリーケーキを味わえなかったのが残念だ。
(友達……そんなの要らない!)ランは内心で静かに反論した。
彼女はエイブリンのベッドの傍らにうつ伏せになり、師匠の優しい撫でられる感触を感じ、騒ぎ立てていた心情が次第に落ち着いていった。
(やっぱり……師匠と二人きりでいるのが一番いい……誰にも師匠を奪わせはしない……あの人も、同じことだ)
師匠をあの野郎の支配から完全に解放する方法を見つけなければ。
「そうだ、エルリスたちを中に入れてきてくれない?」エイブリンは優しく頼んだ。
彼らは今も魔法使いの規則に阻まれて外にいるはずだ。
「あ、そうだった」ランはようやく外に大勢いることを思い出した。
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「エイブリン!エイブリン!」セレンは部屋に入るなり、ベッドの上のエイブリンにしきりにすり寄る甘えん坊の小動物のようだった。
「私はただ魔法の代償で風邪を引いただけで、そんなに大げさにわざわざ来なくてもいいのに……」エイブリンはベッドに横たわり、口調には若干の呆れと申し訳なさが込められていた。メッセージで何度も心配しないでと強調したのに。
「そう言うけど、心配しないわけにはいかないでしょ」エルリスは傍らに立ち、静かながらもはっきりとわかる気遣いを込めた口調で言った。
エイブリンが口にする「心配ない」という言葉には、彼女たちは常に特に注意を払うのだった。
「ほら、手土産」プリンだ。風邪の間はケーキは食べられないから。
「少し良くなって食べたい時に食べて」エルリスは小さな箱入りの精巧なプリンをエイブリンのベッドサイドテーブルに置いた。
「私たちは午後には帰らなきゃ」セレンが言った。口調には悔しさが満ちていた。彼女たちは本当にただ様子を見に来ただけで、エイブリンの傍に残ってあげたいのは山々だが、そうすれば却って彼女の休息の邪魔になるだろう。
何と言っても、彼女自身の弟子の群れが餌を待つ雛鳥のように家の外に詰めかけていることを考えると、考えただけで頭に来る。
「プリン……」ランの目がこっそりとそのプリン箱を盗み見し、指がむずむずし始めた。
エルリスは素早く反応し、手にした杖ですぐにランの頭を軽く叩き、軽快な音を立てた。
「これはあなたが食べるものじゃない」エルリスはやや業の深そうな表情で言った。
「ただ見てただけ……」あなたの冷静沈着なキャラは?
ランは頭を押さえて説明した。何と言ってもエルリスの屋敷には、所謂「おやつの時間」など全くないのだから。
「ごめんね、エルリス、彼らがたいして迷惑かけてないよね……?」
エイブリンはエルリスとランのやり取りを見て、早々に取り成した。
「ついさっき学院で、生徒全員の面前で、上級魔法を使っただけですよ」エルリスは機会を逃さずエイブリンに「告げ口」した。淡々とした口調でランがさっきの偉業を述べた。
「だって師匠が心配で!」ランは切迫して言い訳した。あの心配と焦りが一気に理性を押し流し、体が勝手に動いてしまったのだ。
「師匠の前で褒めてくれるって言ったじゃないか!」ランはたちまちそのことを思い出し、抗議するように叫んだ。
嘘をつくと一日中風邪を引くぞ!約束の褒め言葉は!
「いいえ、彼女はまだ『飛べる』とは言えませんから……」エルリスは冷静に反論した。
彼女は確かに、ランがシャオに飛行を教えられたら、エイブリンの前で褒める約束をした。だが肝心な点は、シャオは高所に行くと依然として制御不能に落下してしまうのだ。
「せいぜい……無風状態での低空飛行がかろうじて合格といったところです」彼女は厳しく評価した。
「厳しすぎるよ!」ランは傍らで抗議した。私は珍しくも人に教えたんだぞ!
「全然厳しくない、万一彼女が怪我でもしたらどうするの」エルリスは即座に反撃した。
「あなたが一本の枝を踏みしめて学院中庭で『ひゅーっ』と雲霄へ突き進んだ件は、まだ追求してないんだからね!」エルリスは声を張り上げた。この件は近くの部屋の人々に聞こえるには十分だった。
「俺は普段ああやって飛んでるんだ!」ランにとっては、これが至って普通のことなのだ。
二人は部屋中で言い争いを始めた。
「うるさいわね……朝っぱらから」セレンは低く呟き、呆れたように彼らを見た。
(エイブリンは病人なのに……)セレンはエイブリンを見たが、エイブリンの顔には浅い微笑みが浮かび、静かに彼らが騒ぐのを見ていた。
「まあ……いいか……」エイブリンが楽しそうならそれでいい。セレンは内心思った。
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階下では、二階の喧騒とは対照的だった。
食卓の空気は静かで、金髪の少年ライラが一人座り、指先で無意識にテーブルを軽く叩きながら、階上からかすかに聞こえる言い争いの声に耳を傾けていた。
「ライラ様、お茶をお持ちしましょうか?」マリアが彼女の傍に歩み寄り、声にわずかに気づきにくい興奮を抑えて言った。
「うん」ライラは冷淡に応えた。片手で頬杖をつき、もう一方の手で水色の魔法の本をめくっていた。
「ライラ様は上がってご覧になりませんか?」マリアは淹れたての紅茶のカップをライラの前にそっと置いた。
「結構」ライラの視線は本のページから離れず、階上の物音には興味がなさそうだった。
どうせすぐに発つのだから。
もちろん、ランが彼女と同行することを選ばなければ、彼女は自然に行動を起こすだろう。
ライラはエイブリンと同じ空間にいるのは好きではなかった。
なぜならそこにいる限り、ランの注意は常に完全にエイブリンに奪われてしまうからだ。
彼女はランがただエイブリンのために自分の指示に従うのは好きではなく、より強くランが彼女自身に本物の感情を見せてくれることを渇望していた。
「嘘を見抜く魔法か……」ライラの視線が魔法の本のとあるページに留まった。
【この魔法は「高冷の魔女」エルリスによって封鎖されています】
またあの馴染み深く不愉快な冷たい説明文だ。
嘘を見抜く魔法は、相手の発言の真偽を知ることができる。
前提として、相手自身が自分が嘘をついていることを認識していること(その「嘘」に対する認識による)。
代償は:術者自身が嘘をつくと、翌日丸一日風邪を引く。
(注:風邪を引いている間はこの魔法は使用できない。)
魔法効果は丸一日持続し、繰り返し発動可能。
「この魔法を使うということは、丸一日、嘘をつけないってことか……」金髪の少年は低い声で独り言を呟き、魔法の説明書に目を通した。
(私には……使いにくいな)ライラは考えた。過去の習慣はそう簡単には変わらない。
(エイブリン様は、なぜずっとこの魔法を使い続けているのだろう……)
こんな辺境の小屋に一人で住んでいるのに、魔法を維持し続けている。その意図は、一体何なのだろう。
金髪の少年は茶杯を手に取り、優雅に一口含んだ。
階上の喧騒と階下の静寂は、まるで全く異なる二つの世界のようだった。
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魔法学院の教室では、巨大な教壇と広々とした黒板が前方を占めていた。
魔法ローブに身を包んだ教授が教壇で講義を行い、その下には、見習い魔女になったばかりの生徒たちが座っている。
その中でも、黒髪の少年とサングラスをかけた金髪の少年が教室の中央で並んで座っており、ひときわ目を引いていた。
「午後も授業か……師匠のそばにいられないなんて……」ランは不満そうに教卓にうつ伏せになり、進行中の授業を完全に無視した。
「師匠は風邪を引いてるんだよ……私は今まで、一度も師匠が風邪を引くのを見たことない!」
弟子として、病気の師匠のそばで看病するのが当然じゃないのか——。
「うっ……」彼女は悲しそうに顔を腕に埋め、授業に耳を傾ける気を完全に失った。
ライラは傍らで静かに彼女を見つめ、手を伸ばして優しく髪を撫でる。顔には浅い微笑みが浮かんでいた。
「魔法の基本原理で、最も広く知られている一点は——『代償』を必要とするということです……」教授は教壇の前で落ち着いて講義していた。
「この代償は自然界の万事万物を含み、また私たち魔法使いが自らの手で創造する全てのものも含まれます」
「私たちの言語、私たちの行動、そして私たちが自然の力を駆動して生み出す非自然的所産……」
「魔法の成形は、源を……」教授の声が広々とした教室に響き渡り、魔法世界の古より変わらぬ法則を語っていた。




