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代償魔法  作者: 若君
第一章は44話まで、第二章毎週月曜日に更新
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第三十七話 疲労


第三十七話 疲労


朝食後、小屋の中には張り詰めた静けさが漂っていた。

「ラ…ライラ…」ランは蚊の鳴くような声で、ようやくその名前を歯の間から絞り出すように言った。顔には極度の不本意が刻まれていた。

「もう一度。」しかし目の前のライラはただ微笑み、ランが無理している様子に明らかに満足していなかった。

「もう五回も言ったぞ!」ランは思わず抗議した。

「ランがあんなに不本意そうにしているからよ。」ライラはランの態度を正し、疑いの余地のない強い口調だった。


(不本意に決まってるだろ!)ランは心の中で叫んだ。


「あの二人、何やってんだか…」セレンは食卓に座り、無様に爪楊枝で歯をほじりながら、ライラとランの間を視線で行き来していた。

エイブリンは食卓の主賓席に座り、マリアに血で染まった包帯を交換させていた。

エルリスは彼女のすぐ隣に座り、眉をひそめて、包帯が外れた後のエイブリンの掌に刻まれた三本の鮮明で痛ましい切り傷を見つめていた。

「あの小娘…」エルリスの怒りは目からほとばしりそうで、遠くのライラを睨みつけた。


「では、消毒します。」マリアが言い、冷たい生理食塩水をエイブリンの傷口にかけた。

「うっ…」激しい痛みにエイブリンは息を呑み、指が制御不能に痙攣した。

エルリスは親友エイブリンの苦しむ表情を見て、心配でたまらなかった。


「これを使いなよ。」セレンがタイミングよく小さな瓶に入ったすり潰した薬草を差し出した。

「昨夜徹夜で調合したんだ。」切り傷の治癒に奇跡的な効果がある。

マリアは薬草を受け取り、近づいて匂いを嗅いだ。

「かなり高級な薬草を使ってる感じですね…」


「匂いでわかるのか?」セレンの目がぱっと輝き、興味を持った。

「昔少し習ったことがあります。」マリアは清苦しい匂いを放つ軟膏を慎重にエイブリンの傷口に均等に塗り広げた。

殺人以外なら、ほぼ何でもこなせた。

(師匠にこう言われたこともある:「お前が本当に大切な人を見つけたら、その時は手を下せるかもしれん…」)

マリアは丁寧にエイブリンに新しい包帯を巻き直し、結び目を作った。


(今の私…あの言葉の意味が完全に理解できた気がする…)

マリアの視線が無意識にライラの方向へと流れた。

(ライラ様…)心の中の彼女への渇望と保護欲が蔓草のように激しく伸びていた。

(ライラ様のためなら…)主従契約の束縛と自身の感情に駆られて、彼女は自分なら何でもできると感じていた。


(でもやっぱり、殴られたあの頬の手当てをさせてくれない…)マリアは心の中で小さく愚痴った。

(今日はもっと腫れてはっきりしてるのに…)彼女は心配そうにライラの顔にある邪魔な赤い腫れを見つめた。


突然、エルリスが食卓に置いていた魔法書が激しく震え始めた。

「何だよ?今忙しいんだが…」エルリスは愚痴ったが、それでも眉をひそめページを開き、そのメッセージを流し読みした。

「まさか…」彼女は信じられないというように呟き、片手で額を覆い、この荒唐無稽な現実を払いのけようとするかのようだった。


「俺、魔物退治に行くから、お前はついてくるな!」ランはやっと機会を見つけ、ライラに向かって怒りに任せて宣言した。珍しく今日は手が縄で縛られていなかった。

「じゃあ私も行くわ。」ライラは微笑みながら、流れに乗ってそう言った。

(ついてくるなって言っただろ!)

「なかなかランが魔法を使うところを生で見る機会がないからね。」ライラの口調には少し好奇心と残念さが混ざっていた。

(使おうとしてもいつも使えないだけだろ!)ランは思わず心の中で愚痴った。これじゃまるで魔法が使えない奴だと思われてるんじゃないか。


「魔獣は危険なんだ!魔法が使えない奴は来るな!」ランは声を大きくし、彼女を牽制しようとした。

「そういえば…」(確かに私の魔法は全部ロックされてるわね。)

ライラの視線は遠くのエルリスへ――彼女の名目上の師匠は、今や真剣な面持ちで魔法書を見つめ、深く考え込んでいた。


「師匠か…」ライラはその言葉を軽く口にし、疎遠で見知らぬもののように感じた。


「師匠、魔獣退治に行こうぜ!」ランは一瞬で興奮した表情に変わり、食卓のそばにいるエイブリンの元へ駆け寄った。

「ごめんね、ラン、今日は…調子が良くないんだ。」エイブリンの声には濃い疲労感と落ち込みがにじんでいた。

「そうか…」ランの視線はエイブリンの包帯を巻いた手へと落ち、今はいつものようにわがままを言えないと悟った。

「じゃあ一人で…」彼女はがっくりと肩を落とした。その瞬間、ある考えが脳裏をかすめた。


(ダメだ!そうしたら師匠はあいつ(ライラ)と二人きりになっちまう…)絶対にダメだ!

「やっぱり家にいるわ…」外に出て魔物を倒し気分転換し、息抜きしようという計画は水の泡となり、ランは遠くのライラを恨めしそうに睨んだ。

(いっそあいつを騙して外に連れ出し、魔獣に噛み殺させてやろうか…)悪意に満ちた考えが心に生まれた。

(でも…今までの経験から、あいつに何かあったら、師匠にも何か起きるんだ…)

それに、魂が繋がってる…彼女が死ねば俺も死ぬ。それじゃ全滅だ。


ランは深い葛藤と無力感に陥った。


「エイブリン、魔法都市に引っ越してこないか考えてみない…」セレンの声が沈黙を破った。彼女の小さな体が器用にエイブリンの膝の上に潜り込み、抱擁を求めると同時に慰めようとした。

「そうすれば少なくとも…私たちがそばにいるから、力になれるよ。」彼女は顔を上げ、エメラルドグリーンの瞳に心配を満たし、エイブリンがこの辺境の孤独な生活を終わらせてほしいと願っていた。


「考えておくよ。」エイブリンは無理に微笑んだが、その笑顔には目の奥の疲労と心身の消耗が隠せず、明らかに一晩中まともに眠れていなかった。

「エイブリン…」セレンは彼女の憔悴した顔を見て、声には心痛が満ちていたが、彼女が選んだこの隠遁の地から無理に連れ出すことはできないと深く理解していた。


エイブリンは、召喚された後もなお鮮明な意識を保ったまま魔法世界に戻ってきた最初の魔法使いだった。

そして召喚者ライラを一緒に連れ帰った最初の魔法使いでもあった。

(やっぱり…彼女を永遠に眠らせた方が安全なのか…)セレンはこっそりと杖を握りしめた。

しかしすぐに、そのリスクを測りかねる考えを打ち消した。


魔法使いは次々と召喚され続け、特にベテランで力が強い者ほど標的にされやすい。

消えた魔法使いたちが、どんな地獄を経験したのか、想像すらできない…

(私とエルリスが免れたのは、私たちの専門が魔薬と魔法道具で、戦闘ではないから…)

他の賢者たちもだいたいそうで、私たちは純粋な武力では名を馳せてはいない。


もしエイブリンが完全に操られて攻撃を仕掛けてきたら…私たちには抑える力はおそらくない。

(私たちは一体…どうやって彼女を守ればいいんだ?)深い無力感がセレンを捕らえた。


---

「魔法学院?」ライラの声が食卓の注意を引き戻した。彼女は優雅にティーカップを手に取った。

「ええ…あなたが基礎学院史上最高の入学試験記録を塗り替えたらしい…」エルリスは痛むこめかみを揉みながら、疑念を抱えつつもこの知らせをライラに伝えた。

「お前、魔法都市に住んだこともないのに、どうやってそんな点数を取ったんだ?」言語、数理、科学はともかく、歴史、社会…これらは魔法世界の仕組みや発展に関する知識だ。

この世界に住んだことのない外部者が、どうしてそれを掌握できるというのか?


「まあね、」ライラはカップを置き、気楽な口調で言った。

「だってマリアが昔から魔法世界の様々な話をしてくれてたから。」彼女が「童話」として聞いていた断片は、すでに脳裏に深く刻まれていた。

「魔法以外の知識なら、問題なかったわ。」ライラは自信に満ちた口調で、優雅にお茶を飲んだ。


「彼らは、君のレベルなら飛び級で魔法学院に行くのが適切だと考えている…」エルリスは仕方なく付け加えた。

彼女の当初の目論見は、ライラを基礎学院に少なくとも三年は留め、魔法を教えるタイミングを遅らせることだった。

今や計画は完全に狂い、それにエイブリンの状況も心配の種だった。

ライラの今の態度は、なおさら彼女を不安にさせた。


「それで…」エルリスは言葉を選び、向かい側に座るライラを見た。

エイブリンとランは今、屋外の菜園で忙しくしていた。

「必要ないわ。」ライラは魔法学院に行く機会を即座に拒否した。

「私は魔法をどうしても学ばなければならないとは思っていない。」最初から最後まで、彼女はこれに興味が湧かなかった。


「魔法がなくたって、私はランのそばにいられる。」ライラの視線は窓枠を越え、屋外のランの姿をしっかりと捉えていた。

今や、二人を引き離す理由は何一つない。魔法があるかないかは、もう重要ではなかった。

「彼女が外で活動するのは認めているけど、この距離…」ライラはわずかに眉をひそめ、少しむずむずする感覚を覚えた。

しかし奇妙なことに、彼女はこの距離を隔てて、静かにランを見つめる感覚も楽しんでいるようだった。


「それに、」ライラは話の矛先を変え、エルリスを見た。

「封印を解いてくだされば、私は完全に独学でもいけますよ。」彼女は今、黒魔法以外の魔法をエルリスに完全に封印されていた。

(絶対に解くな!)エルリスは心の中で狂ったように叫んだ。

(でももし彼女がいつまでもここに居座ったら、エイブリンはまともに休養も取れない…)食卓のそばでエルリスとセレンは目を合わせ、合意に達した。


「もしランが…」エルリスは探るように口を開いた。

ランという名が出ると、ライラの注意は一瞬で完全に引き寄せられた。

「君に魔法を学んでほしいって言ったら?」


---

屋外、陽の光が緑豊かな菜園に降り注いでいた。

「キャベツがそろそろ収穫時だ!」ランは柄杓を持ち、興奮しながらキャベツの頭から水をかけていた。

「またあいつらが『ぽん』と空に飛び上がるのを見られるぜ、師匠!」ランは期待に胸を膨らませ、そばのエイブリンを見た。

エイブリンはただ菜園の端に静かに立ち、自ら植えた作物を虚ろな目で見つめているだけで、疲れた顔に半分の興味も見せなかった。


「師匠…」ランの声は沈み、放心状態のエイブリンを見て、どう慰めればいいかわからなかった。

(全部俺のせいだ…師匠を怪我させてこんな風にさせてしまった…)自責の念が影のようにつきまとっていた。


その時、屋内から人々が出てきた。

「エイブリン~」セレンがぴょんぴょん跳ねながらエイブリンのそばに来て、温もりを求める小さな動物のように彼女に寄り添った。

(俺も師匠を抱きしめたい…)ランはそばで唇をとがらせ、羨ましそうに見つめながらも近づく勇気がなかった。

(全部あの憎たらしい奴のせいだ!)彼女は腹立たしく思った。ライラの存在が、自分の師匠にさえ近づくのをビクビクさせているのだ。


「ラン。」ライラの声が背後から聞こえた。彼女は他の人を無視し、まっすぐランのそばに歩いてきた。

(噂をすれば影がさすとはこのことだ!)ランは腹を立て、水やりに使っていた水トカゲの尾をしまい、嫌そうに顔を背けた。

エルリスも出てきた。彼女の心配そうな視線は、沈黙するエイブリンから離れなかった。

(エイブリンの状態はまだこんなに悪い…)エルリスは眉をひそめ、どうやって彼女を守るべきか苦慮していた。


「ねえ、ラン、」ライラはランのそばに来て、珍しく相談するような口調で言った。

「私に魔法を学んでほしい?」彼女は本当にランの考えを気にしているようだった。

「ん?学びたければ学べば?」(そんなことなんで俺に聞くんだ?)ランは困惑した顔をした。当然でわざわざ聞くことでもないと思っていた。

ライラは彼女のこの平然とした反応に少し驚いた。


「たとえ…私が黒の魔法使いでも?」ライラはさらに試し、青い瞳でランの表情の変化をじっと見つめた。

「黒の魔法使い!?」ランは驚いて思わず声を上げた。この非常に稀な言葉が一瞬で彼女の好奇心に火をつけた。

(そういえば…人を殺した魔法使いはみんな黒の魔法使いになるって伝説がある…)ランの脳裏に黒の魔法使いに関する噂が駆け巡った。彼らは公開されていない多くの魔法を使えるらしい。

(すごく気になる…)より多くの魔法に触れる機会に対して、ランは激しい道徳的葛藤に陥った。特に相手があのライラだなんて…他の人だったら良かったのに。


(う~ん、ランが強く反対するかと思ったのに…)ライラはそばでランが変わりやすい表情を観察し、彼女がすぐに逆上しなかった反応に新鮮さを感じていた。

もしランがもっと自分を受け入れてくれたら、どんなにいいか…

「ラン。」ライラは優しく彼女の思考を呼び戻した。


「ランは『七大魔獣』を倒したい?」ライラが尋ねた。この言葉がランの心の最深部にある禁忌と傷を完璧に踏みにじっていることに全く気づかずに。

ランはその場で瞬間的に凍りつき、目つきが急変した。その漆黒の瞳孔は再び全てを飲み込む底知れぬ深淵のようになり、冷たく虚ろだった。


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