第三十六話 恐怖
第三十六話 恐怖
周囲の人が一人また一人と召喚され、二度と戻らなくなった時、私は知った…次は、私の番だと。
---
**エイブリンの回想**
私は人里離れた辺境の地へと移り住み、他人との交流もほとんどなかった。
ただそこにいて、避けられない召喚が降りかかるのを静かに待っていた。
そんな時、ランが現れた。
彼女の母親(ランの母)は何度も私に頼み込んだ。ランを引き取って、ここに置いてくれと。最初は断った。
だが…彼女が私の目の前で召喚された。
光が閃き、彼女の全身を包み込み、飲み込んだ。
ランはその場に立ち、自分の母親が目の前から消えていくのをただ見ていた。
その瞬間、私は膝から崩れ落ちた。私はもうこの運命を受け入れる覚悟はできていると思っていたのに…
だが実際に目にすると、その恐怖は冷たい水を頭から浴びせられたように、瞬時に四肢を凍りつかせた。私は必死に心の震えを押し殺そうとした。
私は傍らのランを見た。
彼女の目は虚ろで、まるで魂まで抜かれたようで、一言も発することができなかった。
私は慌てて駆け寄り、彼女をぎゅっと抱きしめた。
どうやって説明すればいい? 彼女の母親は…もう二度と戻ってこないのだと。
その後、ランは生ける屍のように生き、全てに興味を失っていた。
彼女は私の感情を鋭く察知しているようで、何も尋ねてこなかった。
まるで…残酷な真実をすでに知っているかのように。
そこで私は彼女に尋ねた。私の弟子(私の最後の弟子)になる気はないか、と。
こうしてランは魔法使い、私の弟子となった。
時折、私は自分の魔法書を開き、ページ上の映像を通じて彼女に母親の姿を見せた。
しかし、その映像は次第に血なまぐさく、残酷になっていき…私は彼女に見せ続けるに忍びなかった。
そしてあの日、彼女(母)が戻ってきた。
彼女は玄関先に立ち、微笑みを浮かべていたが、全身に目を覆いたくなるような傷痕があった。
彼女はランに手を差し伸べ、一緒に来ないかと誘った。
久しぶりに見る母親の姿に、ランの顔にはようやく笑みが戻り、ゆっくりと手を伸ばし始めた。
私は恐怖で駆け寄り、ランをぎゅっと抱きしめ、かつての友人を睨みつけた。
「帰れ、お前はここで歓迎されない…」私はかすれた声で言い、全身の力でドアを勢いよく閉めた。
ドアの外で狂ったように叩く音と呼ぶ声を無視し、必死に腕の中で暴れるランを抱きしめ続けた。
やがて…ドアの外の音は遠のいていった。
ランは怒り、なぜ母と行かせてくれなかったのかと詰め寄った。
「俺はもう魔法使いになったんだ!母さんを守るんだ!」
私がどう説明しても、ランは聞き入れなかった。
そんな時…魔法書の中の彼女の母親の名が燃え上がり始めた。
私が家に駆け戻った時は、もう遅すぎた。
ランは両手で魔法書を抱え、画面の中で…炎に包まれ燃え尽きていく母親の最後の姿を涙で見つめていた。
彼女は声をあげて泣き、涙はまるで止まる気配がなかった。
その時、私の魔法書に彼女の母親から最後のメッセージが届いた:
【彼女の世話をしてくれてありがとう。】
【これが私がその子にあげられる最後の魔法だ。】
【私のその子への全ての想いを込めて、彼女が他人に操られませんように。】
【その子を強くしてくれ、お前たちを守れるほどに強く、エイブリン。】
その言葉を読み終えた時、彼女に関する記憶が…私の脳裏から剥がれ落ち、消えていった。
私はもはや彼女の面影を思い出せず、名前すらも思い出せなかった。
召喚された魔法使いは、一度も救われたことがない。
他の魔法使いを守るため、私たちはただ…見て見ぬふりをするしかなかったのだ。
死んだ魔法使いは一つの魔法を生み出せる。
だが召喚された魔法使いは、生前も死後もその価値を徹底的に奪われている。
魔法の代償として差し出せるのは、形のない「想い」だけだ。
そしてその想いは、たった一人だけのための魔法しか生み出せない。
私はもう心の準備はできていると思っていた。
(まさか…ランが先に召喚されるとはな。)
抗えない光が私を包み込んだ時、その思いが脳裏をよぎった。
しかも…ランの目の前で。
ランが浮かべた恐怖に歪んだ表情は、かつて母親が消えた時に見せたものと全く同じだった。
違うのは、彼女がすぐに私のもとへ駆け寄ろうとしたことだ。だが冷たい鎖が私を幾重にも縛り上げていた。
彼女を巻き込みたくなかった。二度もこんな絶望を味わわせるべきではなかった。
もう運命を受け入れる覚悟はできていると思っていたが、意外にも彼女はその場で私を操ろうとはしなかった。
私はただ願った。彼女がランを放してくれ、ランをこの果てしない渦に巻き込まないでくれと。
彼女は承諾したが、私は最後まで本当には信じられなかった。
彼女の表情が日に日に虚ろになっていくのを見て、無理にランを召喚した恐ろしい後遺症が顕在化し続けていた――このままでは、彼女は本当にランを道連れに破滅するかもしれない。
私は彼女の願いを叶え、グレンヴァークを倒さねばならなかった。そうして初めて、彼女はランを放すかもしれないのだ。
ようやくグレンヴァークを倒し、彼らのもとへ戻った時。
彼女はランへの束縛を解かなかった。
それどころか、ランは自ら進んで彼女と自身の運命を固く結びつけてしまった。
すべてが手遅れだった。私は彼女に操られた。
その感覚は…魂が制御不能の器に閉じ込められたようだった。
自分の一挙一動が鮮明に感じられるのに、それを止める力はなかった。
傍らで泣きそうな様子のランを見るのが胸を締めつけるほど辛く、慰めの言葉すら口にできなかった。
まるで操り人形のように、見えない力に引っ張られて動き続けるしかなかった。
彼女も私を操り続けるつもりはなかったようだ。私たちの小屋に着いた時、
彼女は自ら制御を解いた。ランはすぐに私の服の裾をぎゅっと掴んだ。
私は驚いているランを優しく落ち着かせた。
彼女は信用ならない、それは重々承知していた。
しかしなぜか、私の心の奥底には…ランが彼女と平和にやっていけるのではという、かすかな望みがひそかに生まれていた。
だが今回の件で、意識が完全に覚醒した状態で、彼女に操られた。
ランの見ている前で、自ら刃物を手にし、自分の掌を切り裂いた。
体は強制的にランとの距離を保たされた。
私はこんなことをしたくなかったのに、指先すら抵抗できなかった。
結局、ランは屈服し、彼女の言うことを聞いた。
ただ…彼女に私を操らせないためだけに。
(ラン…結局、お前を守れなかったのは俺の方だった…)
---
朝の光が優しくベッドを照らしていた。
エイブリンはベッドの端に座り、包帯を巻いた自分の掌を見つめ、やがてその視線は隣でまだ眠る二人の少女へと向かう。
「ラン…」彼女はランの手を見つめた。一晩中、彼女の服の裾をぎゅっと握りしめたまま、決して離さなかった。
ランは眉をひそめ、目尻には乾いていない涙の跡があり、夢の中でも恐怖を味わっているようだった。
エイブリンは指を伸ばし、優しくランの目尻の涙をぬぐった。
「エイブリン様、おはようございます。」
すると隣の金髪の少女はとっくに目を覚ましていた。彼女はランの後ろから彼女を抱きしめ、朝日の中で輝く金髪を揺らしていた。
彼女はエイブリンに挨拶すると同時に、顔をランの背中に深く埋めた。
「一人で寝るのが好きじゃなかったのか?」エイブリンは不機嫌な口調で、ライラがランにべったりくっついている様子を見ながら言った。
「仕方ないでしょう、昨夜ランがどうしてもエイブリン様と一緒に寝たいって騒ぐから…」ライラは愚痴をこぼし、昨夜ランが二人きりになることを強く拒んだことを思い出した。
「私は『付き合って』エイブリン様のベッドで寝るしかなかったのよ。」ライラは説明し、声には少し諦めのニュアンスが混じっていた。彼女の当初の計画はランと二人きりになることだった。
「なぜ私をまだ『様』づけで呼ぶんだ?」エイブリンは理解できずに尋ねた。
「う~ん、目上の方にはそう呼ぶ方が礼儀にかなってるからかな。」ライラは答えた。これは彼女が幼い頃から染みついた話し方だった。
(礼儀…彼女の口から出る言葉か?)エイブリンは荒唐無稽に思えた。
「今のこの…人こそが、本当のエイブリン様なのですか?」ライラは頬をランの背中に押し当て、ベッドの端に座るエイブリンを見上げた。
「どうやら以前は確かに私に操られていたせいだったようですね…」彼女は小声で独り言を言った。
「でも、エイブリン様に嫌われても、もう構わないわ。」
ライラは両腕を締め、ランをさらに強く抱きしめた。
「私、ランと一緒にいられさえすれば、それで十分なの。」
これから先も、ずっとランと一緒に生活できる。
その思いが彼女に言い知れぬ満足感をもたらした。
---
コンコン――ドアを叩く音がし、一人のメイドがドアを開けて入ってきた。
「おはようございます、ライラ様、エイブリン様、朝食の準備が整いました。」マリアがドア口で恭しく言った。
彼女はライラが昨日王宮から連れてきたメイドで、黒の魔法使いの師匠に見捨てられた見習い魔女だった。
「なぜメイドを連れてきたんだ…」エイブリンはドア口の姿を見て、昨日のランと同じ疑問を口にし、ベッドに居座っているライラを見た。
「彼女が自らついてきたのよ。」ライラは気軽に答えた。まるでマリアにただ契約を放り投げただけのように。
「強制なんてしてないわ。」実際、マリアが来ようが来まいが、今の彼女の生活には影響はなかった。
魔法世界の便利さは、凡人の想像をはるかに超えていた。
その時、眠っていたランが苦しそうにもがき始めた。
「それに、雑用を任せられる人がいれば楽だからね。」ライラは続けた。
元王族として、彼女はまだ世話をされる生活に慣れていた。
「マリアの料理の腕はなかなかいいのよ。」エイブリンが育てた奇妙な野菜を前に彼女がどう腕を振るうかはわからないが。
「彼女には主従契約を結ばせたから、私の命令に逆らうことは絶対にないわ。」
「魔法使いは契約の拘束力を重んじるんじゃなかったのか?」重んじるあまり…個人の意志さえも凌駕できるほどに。
ライラはベッドに横たわったまま、少し皮肉な口調で言った。
エイブリンの顔色がひどく険しくなった。
「ちなみに、エルリス様とセレン様はもう階下で朝食をとっておられます。」マリアが傍らで付け加えた。
「あの二人は…」エイブリンは呆れたようにため息をついた。
あの二人は昨夜本当に泊まり込んでしまっていたのだ。
「まずはランを起こそう…」エイブリンは振り返り、悪夢にでも見入っているかのようなランを揺り起こそうと手を伸ばした。
だがライラが突然手を伸ばし、彼女の動きを遮った。
「ランは私が起こしますから、エイブリン様は先に階下へどうぞ。」ライラの声には疑いの余地のない強制力が込められていた。
「もう隠す気すらないのか…」エイブリンは震えながら手を引っ込めた。あの吐き気を催すような操られる感覚が再び襲ってきた。
「試みたことはあるけど、効果は…いまいちだったわ。」ライラはあっさり認めた。
あの偽りの姿は知らない人には最初は少し効いたかもしれないが、肝心のランにはほとんど効果がなかった。
「それに、魔法使いにとって嘘は全く意味をなさないものだしね。」ライラは自嘲気味に笑った。これは魔法世界で数日過ごして得た彼女の見解だった。
「これからは、私の最もありのままの姿で全てに向き合うわ。」
「熱い!」その瞬間、ランが突然目を覚まし、ライラの抱擁からもがくように抜け出した。
---




