第三話 白い糸
第三話 白い糸
私は師匠にこれまでの経緯を説明していた。
「よくもまあ他人と魂を繋いでくれたものだ……」彼女の名はエイブリン。私の師匠――『辺境の魔女』エイブリンだ。
今は呆れたような目で私を見下ろしている。
「白い糸か……」彼女は考え込んだ。
私の魂から伸びる細い糸を見つめる。糸の先がどこに繋がっているのかはわからない。
「私が繋ぎたかったわけじゃないんです!」抗議する。
「あの子が強制的に繋いだんだから!」
「じたばたするな!」そう言うなり、師匠は棍棒を振り上げた。
コン!と頭を殴られる。
「うっ……解除できないんですか?」頭を押さえながら聞く。
「魔法は全て代償だ」
「より重い代償を払えば、より多くを得られる」
師匠はそう言った。
「この場合も同じ」
「代償を払えば解除できる」
私は期待の眼差しを向ける。
「だが、魂の代償は最も重い」
「生きながら解除するのは不可能だ」だから人間は輪廻を繰り返すのだと。
絶望的な答えが返ってきた。
「人里に出るなと言っただろうが!」突然師匠が怒鳴った。
「突然召喚されたんだから仕方ないでしょう!」
言い争いが始まる。
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「白い糸は、最も純粋な魂だ」まだ人間として生まれていない魂。
「目的が単一で、達成するまで決して手放さない」
「で、その子の目的は何だって?」
「七大魔獣の一体――グレンヴァークを倒してほしい、だそうです」
七大魔獣とは、たとえ倒されても三十年以内に新たな姿で復活する七匹の魔獣のこと。
七大魔獣は、この世の万物の死骸が積もり積もって生まれた。
第一魔獣『陸の生物』グレンヴァーク――今は巨大な狼の王の姿で、同族を率いて領地を拡大し、人間を食料として弄ぶ。
伝説では、日没時に狼の遠吠えが聞こえたら、その王国は一晩で滅びるとされる。
第二魔獣『空の生物』ヴェルグリン――巨大な鷲の姿で、大型の陸上生物を餌とし、人間も狩りの対象だ。
伝説では、カラスの大群が王国上空を旋回し始めたら、それは天罰が下る前兆とされる。
第三魔獣『海の生物』オセズラ――深海に潜み、船体より巨大な触手で船を海底へ引きずり込む。
伝説では、その姿を目撃した者はいない。生存者がおらず、伝承も少ない。
第四魔獣『植物』グリムソーン――わずか数年で領土を拡大し、人間の血を栄養とする。
現在、ロサール島には生物がいないとされ、本体はそこにあると推測される。海底を通じて触手を伸ばし、いずれ人間の住む地へ到達するという。
伝説では、唯一本当に倒されたことがない魔獣で、生存期間は不明。
第五魔獣『昆虫』クリサル――七大魔獣で唯一子孫を残す存在。
巨大な蜂の女王と推測され、人間を大量に捕食して子を産む。
伝説では、魔法使いを食べた時、その子孫は魔法に似た能力を使えるようになる。
第六魔獣『鉱物』コルヴァッシュ――世界で最も硬い物質でできている。
世代を重ねるごとに、さらに硬い物質へ進化する。
人間には無害だが、人工物をことごとく破壊する。
伝説では、魔法使いがペットのように飼うこともあり、攻撃的ではない。
第七魔獣『巨人』――ミルゴス。
伝説では、巨人は全ての人間を滅ぼすとされる。
「グレンヴァークか……」エイブリンが呟いた。
「この繋がりをどうにかする方がいい。魔法使いの本分は魔獣退治じゃない」
(それに、あのバカ弟子が召喚されるとはな……)
(もし本当に召喚者の願いなら、彼女はもう……)
私を見ながら考え込む。
(そうでなければ、いくら召喚しても人を呼べないはずだ)
代償は実現可能でなければ発動しない。
「でもどうやって解除するんですか?」
私も早く解きたいんだ。
「普通、呪いを受けたら、同じだけ人を助ければ帳消しになる」師匠が言った。
「だがお前の場合、一人に縛られてるわけじゃないな」私の内側の魂たちを見る。
赤子の手でさえ、一つの魂だ。
「しかもこれは普通の呪いでもない」普通の呪いは、業や縁、因縁、関係性を示す白と黒の間の色の糸だ。
「こんな純白の糸なら、命を救うレベルでないと解けないかもしれん」
「それじゃあ何人助ければいいんだ……」愚痴る。
「それにあの子の話だと、五日後にはグレンヴァークが王国に到達するらしい」
「だったら魔獣を倒した方が早いんじゃないですか?」
昔、王族は大量の生贄を代償に魔法使いを召喚し、操って魔物と戦わせた。
だが魔法使いが一定数の魔獣を倒し、王国の民を救うと、次第に操れなくなる。
だから王族は制御不能になった魔法使いを十字架に縛り、新たな生贄として次の魔法使いを召喚した。
これが魔法使いの間で語り継がれる『魔女生贄』の話だ。
「それとも、あの子を王国から連れ出せばいいのかな?」考える。
どうせ彼女が死なない限り私は死なない。
「でも彼女の呪いは……」頭を抱える。
「罪人を生贄にしたってことは、その王国も久しく危機に直面してなかったんだろう」エイブリンが言った。
普通は民の命、特に子供の命を代償にし、反動を最小限に抑える。
「もし亡霊に殺されたら、お前も死ぬぞ」エイブリンが冷たく言った。
白い糸は魂の最も純粋な繋がり――命そのものなのだ。
「連れ出したとしても、呪いを解かなきゃいけないのか!」絶望する。
「くそっ、それなら本当にグレンヴァークを倒しに行った方が……」
考え込んでいると、棍棒が頭を叩いた。
「馬鹿言うな。お前に倒せる相手じゃない」
師匠として、そう言わざるを得ない。
「でも……師匠は昔倒したことあるんでしょう?」
「あれはまだ未熟なグレンヴァークだった」それにナマケモノの姿で、ほとんど動かなかった。
「とにかく、話を聞いただけでは契約内容がわからん」
「直接本人に聞くのが一番だ」
「師匠が人間の世界に行くんですか!」驚く。
「師匠って外出しないじゃない……」
棍棒が頭頂部に襲いかかる。
「たまには出かける……」棍棒を手にしたまま。
「ここで待ってろ」
怒って出て行った。
「たぶん他の辺境の魔女とお茶してるだけだろ……」それって外出って言うの?
頭を撫でながら考え込んだ。