第二十八話 黒の魔法使い
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第二十八話 黒の魔法使い
ライラは眼前にある一見平凡な白紙を凝視した。【師弟契約】の四文字が不気味な鮮紅色の書体で紙面の頂点に記されている。これは魔術師の世界に足を踏み入れるための必須の儀式だ。
上方の師匠の名前には、はっきりと「高冷の魔女 エルリス」と書かれていた。七賢者の認可を得なければ到達できない魔女の最高階級「上級魔女」にのみ弟子を取る資格が与えられ、それは一生続く資格だった。
金髪の少年の視線は静かにその紙の上に落ち、ゆっくりと手を上げ、ためらいもなく歯で指先を噛み切った。鮮やかな赤い血の玉が瞬時に凝縮し、彼女は血の滴る指を紙面の上にかざした。一滴の鮮血がしたたり落ちた。
刹那、彼女の長いフルネームが契約書の上に浮かび上がった。弟子の欄には、彼女自身の鮮血で「ライラ・オーリヴァン・アカンシア」――アカンシア王国第二王女の真の身分が記された。
「これで契約は完了だ。高階魔女に昇格して初めて称号を名乗る必要がある…」
エルリスの言葉が終わらぬうちに、テーブルの上の契約書が突然異変を起こした!
見る見るうちに、純白の紙頁はまるで濃い墨をぶちまかれたかのように、墨の染みが急速に広がり、浸透し、瞬く間に紙全体を光さえ吸い込む純黒へと変えた。
ただ鮮やかな赤い文字だけが、深い黒を背景に一層鋭く浮かび上がった。
「これは…!」エルリスは驚愕してその黒い紙を睨みつけた。決して現れるはずのない異変が、今まさに眼前で生々しく演じられていた。
彼女は猛然と金髪の少年を見上げ、その目には信じがたい思いが満ちていた。
【称号】という二文字が、金髪の少年の視野に突如浮かび上がり、この瞬間に彼女自身が定める――魔術師として一生涯、決して変えることのできない魔女の称号を強制的に要求した。
「称号ですね…」ライラはその二文字を見上げながら、口元に微笑みを浮かべた。
この笑みは、もはや入念に彫琢された仮面ではなく、心の底から湧き上がる真実の曲線だった。
「孤高の魔女」彼女はほとんど考える間もなく口にした。まるでこの称号が魂の奥底でずっと待っていたかのように。
言葉が終わるや否や、「孤高の魔女」という文字が焼き印のように空中に浮かび上がった。墨黒の契約書は血のように赤い光を迸らせた。
**【契約成立】 孤高の魔女 ライラ・オーリヴァン・アカンシア**
テーブルの上の黒紙は幻影のように二つに分かれ、二筋の幽かな光へと変わり、それぞれ呆然としてまだ驚きから抜け出せていないエルリスと、ライラの体内へと吸い込まれていった。
ライラはその黒紙が身体に溶け込む奇妙な感触を味わいながら、目を上げた。その瞬間、無数の玄妙な魔法文字が星のように彼女の眼前に忽然と浮かび上がり、流転した。
「これは…」ライラは生まれて初めて目にする魔法の奇景を驚きながら見渡し、心に前代未聞の高揚と興奮が湧き上がった。
(パン!)エルリスの鋭い指弾きの音と共に、ライラを取り囲んでいた魔法文字は瞬時に消え去った。
金髪の少年の顔に浮かんでいた新奇さと興奮はたちまち消え、静寂に変わった。彼女は分かっていた。今見たものが、通常の魔術師が契約を結ぶ際に見るべき光景ではないことを。
彼女は眼前のエルリスを見上げた。彼女の顔は青ざめ、表情は氷のように険しく、その青い双眸は彼女を死に物狂いで見据え、次の瞬間には彼女を完全に抹消してしまいそうだった。
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危険な魔獣が跋扈するこの森の奥深くに、一組の魔術師師弟が棲んでいた――師匠は【辺境の魔女】エイブリン、そして弟子の【孤傲の魔女】ラン。
彼女たちの家は、森の中にひっそりと佇む温かな木造の小屋だった。
「うん…」黒髪の少女がゆっくりと瞼を開けた。目に飛び込んできたのは見慣れた天井の木目だった。彼女にとって、ここが最も安心できる帰る場所だった。ランはまだ、自分がエイブリンの柔らかい膝の上に頭を預けていることに気づいていなかった。
「ラン、目が覚めた?」エイブリンがうつむき、膝の上の唯一の弟子を優しい、穏やかな表情で見つめた。それは長い午後ののんびりした時間にいるかのようだった。
ランは師匠のこの何度も見てきたであろう顔をじっと見つめ、無意識に彼女の膝の上で身をひるがえした。
彼女は顔を師匠の衣の胸元に深く埋めた。
「師匠…」ライラはかすれる声で呟いた。墨のような長い髪がエイブリンのスカートの上に広がっていた。
「うん」エイブリンは優しくランの髪を撫で、両足はしっかりと彼女の重みを支え、ランが二人だけの静かな時間に安心して浸れるようにしていた。
「私…死んだんですか?」ランは突然、エイブリンの衣地を掴む指を強め、こもった声で尋ねた。
記憶はまだあの一切合切を道連れにする絶望的な瞬間に留まっていた――彼女はあの相手と心中する覚悟で、杖を自分に向けた。心の深淵は、まだその衝動の残り火で焼かれているようだった。
「天国にいる師匠…私を離れないですよね…」彼女は願った。この瞬間こそが死後の光景だと。
師匠と共にあるこの森の中の小屋こそが、彼女の心の中の最高の天国だったのだ。
「ここは天国じゃないわ」エイブリンの声は優しくも確固としていて、彼女を現実の錨へと引き戻した。
「現実にいても、私はあなたを離れない」
エイブリンの指先は優しくランの髪の間を滑り、約束を囁き、現実への執着を紡ぎ、切実に彼女にここに留まるよう懇願した。
「天国に行ったら…パパとママに会えるのかな…」自分をもっと師匠の懐に深く埋めながら、ランの声は夢うつつのようにか細かった。
言葉には彼岸への憧れ、肉親への骨の髄まで染みついた想いが流れていた。
あの虚ろな瞳は、あの出来事以来、決して真の光を映し出したことがなかった。
「ラン…」エイブリンは彼女を見つめ、その目には溶けきれない悲しみが満ちていた。たとえ自分がランのもういない両親の代わりには決してなれないと深く知っていても。
「私はあなたのそばにいるよ」エイブリンはそっと約束した。これは彼女がランに与えられる最も力強い慰めだった。
(約束を交わしたから…)エイブリンの掌は、ランの身体のほぐれない緊張を感じ取っていた。
魔術師にとって、約束とは魂に刻まれ、背くことのできない誓いなのだ。
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「信じられない!」部屋の中のエルリスは、外で保っている高冷なイメージを完全に捨て去り、逆上して低く唸り、いつの間にか正座していた金髪の少年を睨みつけた。
「なんと黒の魔法使い(くらのまじゅつし)だったとは!」彼女は自制を失いそうに取り乱した。目の前の、元々嫌悪すべき存在の真実が、さらに一歩彼女の認識を衝撃的に揺るがすことができたことを受け入れられなかった。
「大変申し訳ございません」金髪の少年は平板な口調で応じた。
これは単なる習慣――訳が分からない時は、まず謝っておけば間違いないという。
「誠意がないなら謝るな!」それは嘘をつくことと何が違う!
エルリスは信じられないという表情で胸に手を当てた。あの黒い契約書が体内に溶け込んだ時の異様な感触は、まるで穢れたものを飲み込んだかのように強烈な不快感だった。
「黒の魔法使いとは何ですか?」床に正座する少年が疑問を口にした。
魔術師になったばかりの彼女にとって、「黒の魔法使い」という言葉もまた未知のものだった。
エルリスは不愉快そうに彼女の今の(偽装した)外見を観察した――膝を折って座っていても、その礼儀正しい姿勢は無視できない高貴な気品を放っていた。
彼女は一歩踏み出し、両手で素早く少年の頭から変装用の魔法帽と、「普通人」の両目を隠すサングラスを外した。
たちまち、燦然たる金色の長い髪が少女の背中に滝のように流れ落ちた。碧藍の澄んだ瞳は少しぼんやりとし、無垢さを帯びていた。彼女は顔を上げ、今や自分にとって師匠となった存在――【高冷の魔女】エルリスを見つめた。
エルリスは床に座るこの金髪碧眼で、全身から尊貴な気質を放つ少女を見つめ、諦めのため息をついた。
「この姿で…人を殺したことがあるのか…」彼女には理解できなかった。この初雪のように純粋な少女と「殺人者」を結びつけることが全くできなかった。しかし契約書の、抗いようのない墨黒は、変えられない事実を既に宣告していた。
エルリスの態度は次第に、ほとんど逃避とも言える疲労感へと変わっていった。
「君はまだ何歳だ…」口調は諦めに満ちていた。
「十六歳です」答えは平静そのもの。
「そんなこと聞いてない!」感情が再び高ぶった。
「ああああ!これでどうすればいいんだ!」外で見せる落ち着いた高冷さとは異なり、彼女は今、前代未聞の慌てふためきと焦りを見せた。
黒の魔法使いは、「魔術師が最も嫌う人物ランキング第二位」の称号を冠せられた存在だ!その希少性は第一位さえ凌ぐ。まさか私が遭遇するとは!
「エイブリン様を召喚したことが原因で、契約が黒くなったのですか?」ライラは正座したまま、冷静に分析した。
「魔術師が最も嫌う人物第一位」の「召喚魔法師(魔術師を召喚する者)」である彼女が、今や「黒の魔法使い」という第二位の身分まで併せ持つことになった。
(まさか第三位も占めてたりしないだろうな…)エルリスは頭痛を覚えながら第三位が何だったか思い出そうとした。
ライラは手慣れた様子であの契約書を召喚した。真っ黒な紙頁が静かに掌に横たわり、彼女がもはや「無実」とは無縁であることを無言で宣言していた。
「召喚自体は関係ない。君は『実際に自分の手で人の命を奪った』、そうだろ?」エルリスが核心を突いた。これこそが契約が黒くなる唯一の理由だった。彼女は手を伸ばしてライラの手から黒い紙を受け取り、その目は刃のように鋭かった。
「まあ…」ライラは彼女の視線を避け、顔を横に向け、この質問には深く沈黙した。
「王国の魔法書には、真に他人の生命を奪った者だけが、その魂を代償として魔法を使えると記されています」ライラは王家に伝わる魔法書の内容を伝えた。
普通人は魔法に関連する文字記録を一切見ることはできない。たとえ先人が極めて晦渋な方法で書き記しても、後世では解読が困難だった。残っているのは現王家継承者の間で口伝えされる断片だけ――「魔術師召喚」という禁忌の方法についての。
(私もあの小さな一節を解読するのに苦労したけど…)ライラは心の中で思った。
(当時の考えは、死刑囚の命を使うのは、王国の無辜の民を犠牲にするよりはましだというものだった…)
この方法が必ず反撃を受けると知りつつも、結局ランを召喚することには成功した。たとえ最終的に彼女を操ることは叶わなかったにせよ。
(ラン…今何をしているんだろう…)ライラは胸に手を当て、想いが潮のように押し寄せた。
魂の繋がりは、ランが遥か遠くにいることを彼女に鮮明に感じさせた。
(会いたい…)初めてランを見た時の様々な光景が脳裏に浮かび、想いはますます深くなっていった。
「はあ…」エルリスは深いため息をつき、ライラが今語った明らかに闇魔法に属する内容に無力を感じた。彼女は黒い契約書を掴んでいた指を離した。
黒紙は瞬間的に光の流れに変わり、ライラの体内へと戻っていった。
(私はエイブリンから、彼女が死刑囚を使ってランを召喚したと聞いていただけだ…)
そして国民の半数と王の命を生贄にして、エイブリンを召喚し操ったとも。
(彼女が手ずから人を殺してから召喚を実行したなんて、誰も教えてくれなかった!)目の前の金髪の少女が人命を背負っているという事実は、情報格差によって彼女の心理バランスを崩させた。
(やはり、普通人が普通の方法で魔法に触れることを期待してはいけない…)ましてや彼女は全く普通じゃない!聞くところによると、子孫の魂まで使い、強引にランの魂と縛り合わせたという。
エルリスはエイブリンから聞いた、目の前の少女の数々の世間を震撼させる行為を思い返した。
「とにかく、」エルリスは自分を奮い立たせ、表情を厳しくしてこの新たな弟子をまっすぐに見据えた。
「君の師匠として、今から君にどんな魔法も使うことを厳禁する」
「見習い魔女は元々魔法が使えないのでは?」ライラは困惑して問い返した。彼女の知る限り、見習い段階では魔法文字を読むことだけが許され、魔法を行使することは根本的に不可能だった。
元々使えないのに、禁止とはどういうことか?
「それは普通の魔術師の過程だ」エルリスは目の前のこの黒の魔法使いに説明した。
見習い魔女 → 初階魔女 → 中階魔女 → 高階魔女 → 上級魔女 → 賢者。
「だが黒の魔法使いはこれらの段階を完全に飛び越え、直接全ての魔法を知ることができる」創造さえも!普通人でも闇魔法に触れられることから分かるように、闇魔法は全ての人に開かれた禁忌の門なのだ。
(絶対に彼女に触れさせてはいけない、ましてや知らせてはいけない…)いわゆる召喚魔法や奴隷魔法は、全て闇魔法の範疇に属する。
「もし黒の魔法使いとしてなら…」ライラが突然口を開いた。
「七大魔獣を倒せるでしょうか?」彼女の目は異常なほど真剣だった。
するとエルリスのこめかみに青筋が浮かび上がり、怒鳴った。
「使うな!倒しに行くなんてもってのほかだ!」頭の中は一体何を考えているんだ!
「では私は何をすべきでしょうか?」少女は追及した。見習い魔女として文字を読むことしか許されないなら、魔法が使えない普通人と何が違うのか?
何もしなければ、ランとの距離はますます遠くなるばかり…彼女の内心は焦燥に駆られ、思考は次第に闇へと沈んでいった。
(ラン…ラン…彼女から遠い、胸が痛い…)ライラは胸を強く押さえ、その息苦しい痛みはほとんど呼吸を奪うほどだった。
「ふぅ…」彼女はそっと息を吐き、体内で渦巻く抑圧感を和らげようとした。
エルリスは彼女を見つめ、さっと自分の魔法書を召喚した。
「そうだな、とにかくまずは最も基礎的な魔法知識、魔法都市での生活知識から学ばせよう…」
「それから、そうだな…疑念を招かないように、最も基礎中の基礎の魔法なら触れさせてもいいかも…」
(私は厳選しなければならない)決して人に害を及ぼす可能性のある魔法に触れさせてはいけない。
「それと、」エルリスの口調が急に鋭くなり、恐ろしい威圧感を放った。
「絶対に誰にもあの黒い師弟契約書を見せるな!」一度見られれば、それは彼女が人を殺したことを天下に知らせるに等しい。
黒の魔法使いは魔法都市が絶対に許さない存在であり、魔術師が最も嫌う人物ランキング第二位に列せられている。
(もし私が黒の魔法使いを弟子にしたことが知れたら…)エルリス内心の本音の懸念:事態は間違いなく厄介きわまりなくなる。特に七賢者である私が、黒の魔法使いを弟子に取ったとなれば!
(しかしこれら全てはエイブリンのためだ、我慢しなければ…)エイブリンのことを思えば、彼女の激しく揺れ動く心も少しは慰められた。
彼女はライラを見た。エイブリンの命綱を握るこの存在を。
この一件で、唯一のメリットと呼べるものがあるとすれば、おそらくは:
【操られた魔術師は、二度と召喚されない】
(エイブリンは突然消えなくなる)
エルリスの視線が魔法書の上に一列に並んだ、すでに灰色に褪せた名前に走った。
それぞれの名前は、一度きりの閃光の後、完全に消え去った。まるで炎に焼かれた灰のように、二度と連絡を取ることはできなかった。
中には名前さえも消え去ってしまったものすらある。彼女の指先は名簿の間にある不自然な空白を撫でた。
(しかし、シャオが早く卒業しないと、私はこれ以上弟子を取れなくなる…)エルリスは現状を検討した:彼女の名簿には赤毛の少女シャオ、そして新たに加わった弟子ライラ(見習い魔女)が既にいる。
(かといってこの黒の魔法使いを放っておくわけにもいかない…)ましてやこの師弟契約を簡単に解消することもできない。
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ライラは再び魔法帽とサングラスをかけ、部屋を出た。
魔法帽をかぶると、変装魔法が再発動し、彼女はまたあの優雅な振る舞いの金髪の少年へと戻った。
彼女は魔法都市で購入した魔法ローブを持ち、玄関の方へ向かった。
ドアを開けた途端、鈍いぶつかる音がした――木のドアがドアの外で盗み聞きしていた赤毛の少女、エルリスのもう一人の弟子――シャオの額にしっかりと当たった音だった。
「あっ!えっと…」ドアの外のシャオは赤くなった額を押さえ、慌てふためいていた。
「これからどうぞよろしくお願いします、先輩」ドアの中の金髪の少年は温かい笑みを浮かべた。
その定番の完璧な笑顔は、瞬間的にシャオの心拍を理由もなく乱し、言い表せない高揚感が胸に湧き上がった。
「う、うん!もちろんさ!先輩として、しっかり指導してやるよ!」彼女はすぐに背筋を伸ばし、先輩の風格を出し、自信満々に胸を叩き、豪快な先輩然とした様子を見せた。
「ところで、エルリス様があなたを呼んでいました」ライラは金髪の少年のイメージを保ち、微笑みながら伝えた。
その笑顔にシャオは再び思わず、彼の整った横顔を見つめてぼんやりし始めた。
「シャオ!」エルリスの姿が突然玄関口に現れ、凄まじい勢いで二人を睨みつけた。
「あっ!師匠…」赤毛の少女は相変わらず目をうつろにし、ライラが偽装した、金髪の王子様のような美しい容姿に浸りきっていた。
「こっちに入れ!お前が初階魔女のままどれだけ停滞しているか、しっかり話し合おう!」エルリスは容赦なく彼女を掴んだ。
「やだぁ――!」シャオは泣き叫びながら、無理やり部屋の中へと引きずり込まれていった。
ドアの外には、ただ一人ライラが静かに佇んでいた。




