第二十七話 暴走する怒り
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**第二十七話 暴走する怒り**
「一人、弟子にしてほしい人間がいるの…」
店の中にいたエイブリンが囁くように言った。オレンジ色の瞳には憂いが満ち、虚ろで深淵のような目をしたランを両腕でしっかりと抱きしめていた。
「お前の頼みならばな。」
隣にいたエルリスが仕方なさそうに承諾した。
エイブリンが人に頼み事をすることは滅多にない。それだけ事態が深刻だという証拠だった。
「だが、誰を弟子にせよと…?」彼女は訝しげに周囲を見渡した。そこにはラン以外、誰もいなかった。
その時、店のドアが再び開かれた。
店主である【雨の魔女】ジンが、その金髪の少年を連れて店内に戻ってきたのだ。
「エルリス師匠!?」入り口に立ったジンは、目の前の光景に驚きの目を見張った――滅多に外出せず、外出しても大抵はお茶を飲みに行くだけの師匠が、まさか自分の店にいるなんて。
(それに、連絡してからまだそんなに経ってないのに…)何しろ彼女は、エイブリン様に何か異変があれば「即座に」報告せよと特別に命じられていた(この命令は卒業後も有効だった)。
彼女は素早く店内を見渡した。商品には手を付けられていないが、床には奇妙な形をした魔物の素材が散乱している――素材を届ける者が既に届けたためだろうが、その量と種類は彼女の予想以上だった。
「その黒髪はまさか…」ジンの視線は、エイブリンが抱く人影、黒髪の若い「男性」に釘付けになった。
「ラン…」
傍らの金髪の少年が低く呼んだ。サングラスの奥の視線は変装を見透かし、彼女の本来の輪郭をしっかりと捉えていた。魔法で隠されていようとも、その存在感は消せない。
何しろ彼らの魂は互いに強く結びついており、常に相手の存在を感じ取ることができた。ランにとっても同じことだ。
ランはその声に振り返った。その瞬間、彼女の目には激しい怒りの炎が燃え上がり、変装用の魔法帽が滑り落ちた。
墨のような長い髪が空中に広がると同時に、光さえ飲み込む深淵のような黒い瞳が、燃え上がるような怒りを帯びて、目の前に立つ同じく変装した金髪の少年を直撃した。
「もう…もうこれ以上、私の大事な人を奪わないでくれ!」ランは声を絞り出すように叫んだ。まるで心の底に積もり積もった鬱憤を吐き出そうとするかのように。
杖が彼女の手の中に出現した。力む指先は白くなり、杖先は彼女が嫌悪する存在をまっすぐに指していた。
次の瞬間、彼女は手首を返し、杖を自分の胸元に向けた。
「死ぬなら…一緒に死ぬ!」ランの口調には、一切合切を道連れにする覚悟が込められていた。自分の魂が相手と繋がっているという事実に極度の嫌悪を感じ、そして彼女がエイブリンを操った罪を決して許せなかったのだ。
杖先に炎の光が凝縮した。全員が驚愕の目で見守る中、ランは自らに躊躇なく魔法を発動させようとした。
間一髪、反応したのはエイブリンだけだった。
彼女がさらりと手を振ると、無形の力が瞬時に爆発寸前の魔法を封じ込めた。
彼女は駆け寄り、再びランをぎゅっと抱きしめた。
「しばらく眠りなさい、ラン」
エイブリンの声は水のように優しく、彼女の緊張した背中をそっと撫でた。
「目が覚めたら、きっと大丈夫だから」
ランのかすんだ目がエイブリンの表情に触れた――それは悲しみと無力感が混ざったような哀しみで、あの時、師匠が操られているのを目の当たりにした自分が味わった無力感と絶望にそっくりだった。
(師匠…)魔法による鎮静効果の下で、ランの硬直した身体は次第に弛み、重たげな瞼がゆっくりと閉じた。
ジンは店内で繰り広げられた急転直下の争いを呆然と見つめ、頭の中が混乱していた。
彼女の傍らに立っていた金髪の少年が、その時、崩れ落ちるように膝をついた。手にしていた品物が床に散らばり、中にはわざわざランのために持ち帰った、彼女の大好物のイチゴケーキの箱も含まれていた。
「ラン…」涙が無言でサングラスの縁を伝って落ちた。少年はエイブリンの腕の中で眠るランを呆然と見つめ、理解できず、信じたくもなかった。
(なぜランは命を絶つことを選んでも、俺と共存したくないのか…)彼女は冷たい床に跪き、体を硬直させ、涙が制御不能に溢れ出た。悲しみか?それとも恐怖か?彼女には分からなかった。だが、一つだけはっきりしていることがあった。
このままでは、絶対にいけない。
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「事情は、こういうことよ」
眠りに落ちたランを抱きながら、エイブリンは重々しい口調で言った。その目には弟子への心配が満ちていた。
「彼女を弟子にしてくれないか?」エイブリンは懇願した。
エルリスは困惑した様子で、傍らで黙って涙をぬぐっている金髪の少年を見た。
エイブリンが弟子にせよと言うのは、まさに目の前にいるこの人物――見た目は端正な金髪の少年だが、実態は変装魔法で幻化された、アカンシア王国第二王女ライラの正体――だった。
今、彼女はランに受け入れられないこと、そして魂の繋がりによってもたらされる、常人を遥かに超えた深い苦しみに泣き沈んでいた。
ジンがそっと慰めていたが、内心にはまだ多くの疑問を抱えつつも、賢明にも今は沈黙を保つことを選んだ。
「彼女がお前を操った張本人か…」エルリスは苦い顔をして核心を突いた。
目の前の金髪の少年こそが、エイブリンを操る召喚主だ。彼女を刺激すれば、エイブリンに何をするか分からない。だから魔術師協会はこれまで軽率に動けなかった。
死を恐れぬ一部の魔術師(特に血統を重んじる、青いローブを着た東方魔術師たちが顕著だった)が、エイブリンの住まいに突入し、この元七賢者を東方魔女協会に組み入れようとしたこともあったが…。
(まさか彼女を弟子にしろとは…)エルリスは心の中で思案した。即座には承諾しなかった。一方でエイブリンの安全を憂い、他方でこの召喚主の本性を理解していなかったからだ。
過去の経験は全て、召喚主が操った魔術師を簡単には見逃さないことを示していた。
彼女の存在は、「魔術師が最も嫌う人物ランキング」の頂点に君臨する――「召喚魔法師(魔術師を召喚する者)」。魔女の99%がこれに対して強い嫌悪を示していた。
「ランは彼女の存在を受け入れられない。彼らを一時的に距離を置かせた方がいいかも…」エイブリンは呟くように言った。その口調には深い無力感がにじんでいた。
彼女は自分が二人の関係を和らげ、平和的に共存さえ望めると思っていた。結果はこの有様だった。
ランは心の底から彼女の存在を拒絶しており、師匠である自分ですらこの状況を変えられなかった。
(あれから何年も経つのに、ランはあの出来事をまだ引きずっているのか…)エイブリンは、ランを今日の性格にしたあの暗い過去、全ての魔術師が直面を拒んだあの災厄を思い返した。
(ランが今取った行動は危険すぎる…)自滅することで魂の繋がりを断とうとするこの極端な考えは、エルリスを肝を冷やさせた。彼女は決してランがそんな道を歩むのを見たくはなかった。
彼女の心の中の恐怖感は、まだ止まることなく上昇していた。
「彼女が卒業してしまったら、私はもう彼女を制御できなくなるかもしれない」エイブリンは別の懸念を口にした。
魔女の最高職階「シニアウィッチ」に達したランは、とっくに卒業し弟子を取る資格さえあったが、ずっとエイブリンのそばを離れようとしなかった。
(ランは卒業したくないと言っていた…)しかし、自分が召喚されたその瞬間、エルリスは気づいたのだ:ランを卒業させなければ! そうしなければ、自分が完全に操られてしまった時、ランも巻き込まれてしまう!
だが彼女は最後まで強く出られなかった。
(今の私は操られている。それでもランは私の弟子のまま…)こんなことをしてはいけないと分かっていながら、それでもこの絆にすがっていた。
このままでは、いつか自分がランを傷つけてしまう。彼女を離さなければ。
そう心の中で思っていても、両手は眠るランを抱きしめることをやめられず、オレンジ色の瞳は悲しみに満ちていた。
(時々、彼女が卒業しない方がむしろ最善な気もする)彼女が再び暴走して自分を傷つけることを恐れていたのだ。
ランが魔法を暴走させる度に、それを止めたのはいつも自分の手だった。もし自分がランのそばにいなければ…
(結局のところ、私の方がランから離れられないのかもしれない…)彼女はうつむいて、腕の中のランを見つめた。
「やっぱり、無理をさせるべきじゃなかった…」エイブリンは深い後悔を込めて軽くため息をついた。
(ランが彼女と平和にやっていけるとばかり願うべきじゃなかった…)
ランを最も理解している師匠として、私はとっくに知っておくべきことだった。
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「ライラ」
エイブリンが彼女の名を優しく呼んだ。
金髪の少年が彼らの前に立っていた。涙は止まっていたが、サングラスの下の目には虚ろな光が宿り、何を考えているのか分からなかった。
「こちらはエルリス、【高冷の魔女】よ」
エイブリンが傍らに座るエルリスを紹介した。雪のように長い白髪、氷嵐のような双眼。
エルリスは両腕を組んでおり、向ける視線は冷たく刺すようで、隠そうともしない敵意に満ちていた。
「ランが今どういう状態か見ただろう。エルリスが君を弟子にすることを承諾してくれたの」
「彼女のところに行って、見習い魔女になりなさい」エイブリンは単刀直入に提案した。
エイブリンを操れるライラにとって、これはもちろん拒否できる提案だった。しかし、彼女たち師弟と同居し続けても、ランとの関係は改善しない。
サングラスをかけた金髪の少年は長い沈黙に陥った。その表情の下で渦巻く思考を誰も窺い知ることはできなかった。理性は猛烈な勢いで働いていた:どの選択が最善か? どうすれば本当にランとの距離を縮められるのか? 彼女は損得を繰り返し秤にかけていた。
傍目には長い沈黙に映ったが、彼女の頭の中でどんな嵐が渦巻いているのか理解できる者はいなかった。
(彼女の正体が露見すれば、必ず魔術師たちの追手が来る…)エルリスは目の前の少年を観察した。「魔術師が最も嫌う人物ランキング第1位」に列せられた存在が、魔法都市に現れること自体が極めて危険だった。
ましてや彼女が操っているのは、魔術師の中で宝石のような存在――エイブリンだ。
(彼女とエイブリン、ランの複雑な関係を考えれば…彼女を捕らえられるがままにしておくわけにもいかない)
エルリスは心から目の前の人物が厄介な存在だと感じており、自分が彼女を弟子にしなければならないのも面倒だった。
(だが全てはエイブリンのため…)彼女もまたその身を挺することにした。
しかし最終的な選択権は、正体を偽り、金髪の少年として思考する彼女自身にあった。
「分かりました」
金髪の少年がようやく口を開いた。その口調は驚くほど平静だった。頭の中で損得を繰り返し秤にかけた結果、彼女は結論を出した:現段階では、ランのそばを離れなければならない。
「どうぞよろしくお願いいたします、エルリス様」少年は優雅にお辞儀をした。その立ち振る舞いは貴族のような教養を存分に示していた。
エルリスは冷ややかに彼女を見つめ、心の中の不愉快を隠せなかった。
「言っておくが、私は君にいい顔はしないぞ」彼女は遠慮なく宣言した。
「あの奴隷魔法でエイブリンを操ろうものなら、絶対に…!」と歯をむき出して警告した。
「まあまあ、そんなに興奮しないで、エルリス…」エイブリンがそばで穏やかに取りなした。
ライラ(金髪の少年)は静かにエイブリンの腕の中で眠るランを見つめ、その目には名残惜しさが満ちていたが、これが今のところ最善の選択だと理解していた。無理にランのそばにいても、より深い拒絶を招くだけだ。
「まったく…行くぞ」エルリスが立ち上がった。心の中では不本意でいっぱいだったが、彼女を連れて去ることを決めた。
(まずは彼女を彼女たちから離した方が安全だ…)特にエイブリンを操る力を持っている彼女は、いつでも心変わりする可能性があった。
傍らで呆然と見ていたジンは、やがてはたと気づいた。
(後輩ができた!)訳もなく興奮が込み上げてきた。彼女は突然現れた、エルリス様の弟子になるこの新人に、突然大きな歓迎の意を感じたのだ。
「これから何かあればいつでも私に言ってね、後輩」エルリス様の元を卒業した先輩として、彼女は熱心に言った。
ジンはライラの手を取り、顔を喜びに輝かせていた。心の中にはまだ数えきれない疑問が残っていたが、事態は一応の決着を見たようだし、新しい後輩の加入は既定路線となった。
「ありがとうございます、ジン様」少年はいつも通りの完璧な微笑みを見せた。
ジンは彼の顔を見つめ、鋭く何かを見抜いたが、すぐには指摘しなかった。
「行くぞ、ぐずぐずするな!」エルリスがイライラした声を入口の方から上げた。
「は、はい!」ライラは慌てて床に散らばった品物を拾い上げた。
彼女はイチゴケーキが入った精巧な箱を手に取り、別れを告げようとしているランを振り返って深く見つめた。
「エイブリン様、これです」
彼女はケーキの箱をエイブリンに渡した。
「ゆっくりお召し上がりください」そう微笑みながら言うと、
他の荷物を提げて、エルリスの後姿を追い、小さな店を後にした。
ジンは彼女たちが去るのを見送り、ようやくライラと初めて会った時からの様々な細部を思い出し始めた。
「彼の笑顔…嘘だったのね」ジンはライラがエルリス様と去った後、小声で呟いた。
その笑顔は、まるで入念に練習された仮面のようで、口元が上がる角度さえ、見せる度に寸分違わなかった。
「帰りましょう、ラン」
店内に座ったエイブリンが優しく言った。その顔には安堵の微笑みが浮かんでいた。
この微笑みはライラが去ったことによるものではなく、こうすることでランが再び幸せを取り戻せるかもしれないという期待から生まれたものだった。
彼女は優しくランの髪を撫でた。これまでの無数の日々のように、ランがまだ自分の腕の中にいることを感謝しながら。
ケーキの箱はそっと傍らのテーブルに置かれていた。
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「まったく、厄介なことに巻き込まれたわ…」
エルリスは杖に乗り、街の上空を飛んでいた。後ろには「魔術師が最も嫌う人物第1位」の称号を冠せられた存在が乗っていた。内心は抵抗感でいっぱいだったが、それでも彼女を載せて自分の住まいへと飛んでいた。
エルリスはゆっくりと高度を上げていった。彼女の住まいのある高さにはまだほど遠かったが、後ろの金髪の少年が彼女のローブを掴む手はますます強くなった。この微細な変化をエルリスはすぐに察知した。
「魔術師が高所恐怖症では困るわ」彼女は冷たい口調で、魔術師にとって当然のことを述べた。
高度を下げるどころか、むしろ上昇を続けた。
「私は高所恐怖症ではありません」金髪の少年は平静に答えた。顔にはどんな場面でも完璧に見せられる標準的な微笑みを浮かべていた。
エルリスは横目で彼を一瞥し、何も言わなかったが、突然、杖を命に関わるほどの高高度で停止させた。
次の瞬間、彼女は予告なく手を伸ばし、後ろの少年を突き落とした! 表情は冷たい氷のようで、感情の一片もなかった。
金髪の少年は杖からまっさかさまに落下した。体は空中で無力に落下していく。彼の視線は上空のエルリスをまっすぐに見据えていたが、彼女はただ杖に乗り、空中に浮かんだまま、彼が落ちていく様子を静かに見つめていた。
少年は手にした買い物袋をしっかりと握りしめ、偽りの笑顔はついに消え、空白だけが残り、まるで地面への衝突という結末を待っているかのようだった。
ドスン――と鈍い音と共に、巨大で柔らかい風船が彼を弾き上げた。
彼は風船の表面に仰向けになり、魔法都市の上空で移ろう雲間を呆然と見つめた。落下の瞬間に人生の走馬灯をもう一度見たかのようだった。
エルリスはその時、ようやく彼の上空にゆっくりと降り立ち、相変わらず冷たい表情で、まるで今したことが当然の指導であるかのようだった。
「魔術師は嘘をついてはいけない」彼女は風船の上に横たわる少年に、冷たく宣言した。
彼女はこの「よそ者」に、魔術師の世界の掟とは何かを理解させるために、最も極端な方法を用いたのだ。
ライラは彼女を見上げ、もはや笑顔はなく、ただ深い沈黙に陥り、言い表せない複雑な思いを考えていた。
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エルリスの住まい――北魔協会の最上階。
ここは年中冬で、建物の外は真っ白な雪に覆われており、あたかも純白の氷の城塞のようだった。
二人は建物の外にある広い見晴らしテラスにゆっくりと降り立った。ここは本来、雪を鑑賞してお茶を楽しむ場所だった。
「師匠、お帰りなさい!」
鮮やかな赤い巻き髪をした、この場所の寒々しい雰囲気とは全くそぐわない少女が、元気いっぱいにエルリスの前に駆け寄ってきた。
「さっき急いで飛んで行ったけど、一体何があったんですか?」シャオと名乗る少女が心配そうに尋ねた。
「ただいま、シャオ」エルリスは冷淡に応え、そのまま建物の中へと歩いていった。
「お前に後輩ができたぞ。しっかり面倒を見てやれ」歩きながらそう言い、さっと杖をしまった。
「後輩!」シャオは興奮して顔を上げた。
そこには魔法帽をかぶった金髪の「少年」が立っていた。
まばゆい金色のショートヘアは、この銀世界の中でひときわ目立ち、海のような青い瞳を隠すサングラス、そして立ち振る舞いに滲む礼儀正しさは、どこか従順で手のかからない印象を与えていた。
「金、金髪のイケメン!?」シャオは師匠が突然連れて帰った「後輩?」を呆然と見つめ、頭の中が真っ白になった。
目の前の金髪の少年はほほえみ、再び隙のない完璧な仮面をまとった。
「これからどうぞよろしくお願いいたします」
少年は優雅に片手を胸に当て、まるで紳士が淑女に接するようにお辞儀をした。全身から完璧な貴族の気品が漂っていた。
シャオ――エルリスの現在唯一の弟子として、その場で完全に石化し、虚ろな目は短い人生を猛スピードで振り返っているようだった。
(どこから金髪の王子様が!?)第一の衝撃が彼女を瞬時に我に返らせた。
(約束の後輩は!?)第二の衝撃がすぐさま続いた。
彼女が金髪の少年を見つめ、二度目の人生の走馬灯を見ようとしたまさにその時――
「ライラ、こっちに来い!」エルリスが遠くの廊下から呼んだ。
「は、はい、エルリス様」少年は慌てて応え、荷物を提げて建物の奥へと走り去り、赤毛の少女の視界から消えた。
シャオは一人、広々とした氷雪のテラスに立ち、寒風に吹かれながら、呆然と遠くを見つめた。
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金髪の少年はエルリスに指示された部屋に入り、魔法都市で買い込んだ品物をそばに置いた。
エルリスは既に部屋の中央にある長いテーブルに立って待っていた。
「師弟契約を結ぼう」エルリスは単刀直入に言い、一見普通の白紙をテーブルの上に広げた。この件には早急に対処することを決めていたのだ。
「『普通人』をずっとここに置いておくわけにはいかないからな」
「普通人」――これは北方の魔女が、魔法世界に触れたことのない者たちを指す呼称だ。北方魔女の代表格であるエルリスがこの呼称を使うのは自然なことであり、他の地域の、よそ者をより極端に嫌悪する魔女たちと比べれば、これは十分に友好的な呼び方だった。
ライラの視線が何も書かれていない白紙の上に落ちた。
「言っておくが、私は君を『見習い魔女』として認めるだけだ」エルリスは言いながら、テーブル脇の精巧な木箱から細長い銀の針を取り出した。
「魔法の知識には触れられるが、どんな魔法も使ってはならない」
彼女は手慣れた様子で針先を自分の指先に刺し、まるで「何度もやった」かのように自然に、一滴の鮮やかな赤い血の玉を紙の上に落とした。
血が紙ににじんで広がると、すぐに、紙の上にはっきりと読み取れる鮮やかな赤い文字が浮かび上がった。
【師弟契約】の四文字が躍る。
師匠の欄には既に「高冷の魔女 エルリス」と記されており、その下の弟子の欄は空白のままだ。
「もう一つ、魔術師になる前に知っておかねばならないことがある」彼女は傷ついた指を唇の端に持っていき、残った血をそっとなめとった。その動作には冷たさの中に優雅さが混ざっていた。
【魔術師になった者は、一生魔術師として生きる】
これがこの世界に足を踏み入れる者が守らねばならない鉄則の一つだ。
「君が虐待され、苦しめられ、強制されたかどうかに関わらず、」
「自ら魔術師としての身分を放棄した者は、一生涯、魔法世界から締め出される」
「同意するなら、この契約書に君の血を一滴落とせ」これが魔術師になるための必須の儀式だった。
これが完了すれば、彼らの間に「師弟関係」が結ばれる。
エルリスは彼女を見つめ、エイブリンを操れるこの存在を十分に掌握できる自信はなかった。師匠としてどう対応すべきか、彼女はまだ模索中だった。
ライラは静かに、運命を担うその契約書を見つめ、ゆっくりと手を上げた。
彼女は木箱の中の銀の針には手を伸ばさず、自分の人差し指を唇の端に持っていき、口を開けて――




