第二十六話 暗く深い闇
---
第二十六話 暗く深い闇
「こんなに余計にもらってしまって、すみません…」
金髪の少年は両手に買い物袋を提げながら、魔法都市のきらめく街路を歩いていた。
「ランが喜んでくれるといいな。」彼はうつむき、手にした精巧なケーキボックスをじっと見つめ、口元に温かな笑みを浮かべた。
「素材を届ける者は、どうやら魔法都市に到着したようだ…」傍らで、青い長髪の魔女――静が魔法書のページを指で撫でながら、呟くように言った。
「エイブリン様に任せておけば問題ないですよね?」彼女は振り返り、魔法の光輪に包まれた少年を見つめた。
「ねえ、静様、ランのこと、教えてくれませんか?」少年は慎重に口を開いた。碧色の瞳に探るような色が浮かんでいる。
「ラン…? 君、彼女と一緒に住んでるんじゃなかったの…?」静は少し訝しげに応じた。
「そうなんですけど…嫌われてしまったみたいで…」彼は呟くように言い、端整な顔に明らかな憂いが滲んだ。
「でも、私が知ってる彼女は、もともと人を見下すような態度だったわ…」静は回想するように言い、その口調には複雑な思いが混じっていた。
「むしろ、君とは真逆の性格だと言ったほうがいい。」
(確かに最初、彼女の無口で冷ややかな様子には、奇妙な魅力があったけど…)
「でも、どうしても彼女の心の奥までは届かない気がしたの。」静は声を潜めて続けた。その調子には一抹の寂しさが漂っていた。
初めて胸をときめかせた相手に、手の届かないものを感じてしまったのだ。
「彼女が心を許すのは、エイブリン様だけみたい…」静は率直に言った。かつて彼女と顔を合わせた時のことを思い浮かべながら。
「エイブリン様が言うことなら、何でも聞く様子よ。」
(私も見習いの頃は、エルリス様の一言一句に従わされることが多かったけど…)
(今もそうかもしれない…)その思いが、彼女の心に小さな波紋を立てた。
「もしも、」少年の声が突然、落ち着きと真剣さを帯び、無視できない探究心を含んで響いた。
「エイブリン様がいなくなったら、ランはどうなるんでしょう?」
(エイブリン様がいなくなる…?)静の思考が遠のく。
魔法使いにとって「いなくなる」とは、恐ろしい光に包まれ、遠い国へと去って行くことを意味した。それが魔法使いにとっての「いなくなる」だった。
「彼女は七大魔獣を倒すことに、異常な執着を持っているようだって、覚えてるわ…」静は言った。ランについての乏しい知識を総動員して。
「七大魔獣…」金髪の少年はその言葉を低く反芻した。
「私はエルリス様から聞いただけだけど…」静が説明を続ける。
【彼女が執着しているのは、全ての魔法使いの中で最強になることではなく、七大魔獣を倒せる純粋な力そのもの。】
彼女の目標は、最初から最後まで、私たちのように魔法体系の中で育った者たちとは、全く異なっていた。
「七大魔獣、か…」ライラは深く考え込んだ。
「でも、エイブリン様は、絶対に彼女に挑戦させないでしょう。」静が傍らで付け加えた。その口調は確信に満ちていた。
七大魔獣は、一人の力で対処できるものでは決してない。
(今回エイブリン様が倒したグレンヴァルクでさえ、七大魔獣の中では最も弱い存在だったのに…)
【陸地】の魔獣、グレンヴァルク。
その後に控えるのは【飛天】、【海洋】、【植物】、【昆虫】、【鉱物】、そして最も恐ろしい【巨人】だ。
(半数以上は、完全に倒された記録すら残っていない…)静は考えた。魔法世界の歴史全体において、七大魔獣を倒した記録は極めて少ない。
それは、それらへの挑戦がほぼ不可能であることを示していた。
(しかし伝説では、「召喚」されれば、強大な力を得られるらしい…)
魔法使いはその力で魔獣と戦うが、代償として永遠に自由を失い、ある意味の囚人となる。
(こんな重いことは、深く考えないほうがいいわ…)静は首を振り、暗い影を払おうとした。
この天に浮かぶ魔法都市で静かに暮らすこと、地上の争いや宿命には、今の魔法使いはもう関わらないのだ。
彼女の視線は、傍らにいる金髪の少年へと向かった。
「七大魔獣、か…」少年の口元に、深い意味を秘めた微笑みがゆっくりと浮かんだ。
(これだ! これさえあれば、ランは俺に…!)
少年の心は激しく高鳴り、思わず胸に抱えた新しい魔法のローブをぎゅっと強く抱きしめた。
---
黒衣の黒髪の男が大きな荷物を背負って魔法都市にやってきた。
「早く届け物を済ませよう…」彼は魔法帽のつばを深く押し下げ、街の流れる光と影に溶け込んだ。
彼は一軒の店の前で足を止めた。
「静の小店…」手にした魔法書を見ながら、彼は店の名を小声で読み上げた。
(この名前、どこかで聞いた覚えが…)
彼は魔法書をしまい、背中の重い荷物を背負ったまま、店のドアを開けた。
「失礼します、届け物に来ました…」店内へと足を踏み入れる。
カウンターの向こうで、オレンジ色の長髪の魔女がうつむいてページをめくっている。
その魔女は顔を上げることもなく、冷ややかな声がすでに響いた。
「ラン、何をしている?」
エイブリンの視線は変装を見抜き、正確に入口の黒髪の少年へと注がれた。
「師匠!?」少年は驚きの声を上げた。目の前にいるのは、なぜここにいるのか分からない師匠だった。
師匠として、エイブリンはランの全ての魔法を容易に解くことができた。変装も例外ではなかった。
「なんでここにいるんだ!」ランは驚きを隠せない。
エイブリンは落ち着いて手にした本を閉じた。
「店番を頼まれてね。」
「そ、そいつは!?」ランは警戒して周囲を見回し、その目は鷹のように鋭かった。
「静に買い物に連れ出してもらったわ。」エイブリンは本を片付け、入口に立つランを静かに見つめた。
「ラン、彼女と喧嘩はしていないわね?」彼女は眉間にわずかな心配を浮かべて尋ねた。
「べ、別に…していないよ…」ランの手が無意識にリュックの肩紐を握りしめ、指の関節が白くなった。
「ただ…あいつが嫌いなだけ…」彼女は頑なに顔を横に向け、師匠の探るような視線を避けた。
---
ランは獲った魔獣の素材を次々と取り出し、テーブルの上に並べた。その動作にはかすかな興奮が込められていた。
「火トカゲの群れに遭遇したから、ついでに全部倒しちゃった!」
「水トカゲの素材も何匹かあるけど、あいつに必要かどうか…」ランは生き生きとした口調で話した。
彼女は水トカゲの尻尾を一本手に取った。
「これを曲げるだけで、尽きることのない清水が湧き出るんだ、」通常は洗浴用に供給される。
「この鱗の角度を調整すれば、水の出る速さを精密にコントロールできて、攻撃用の武器としても使えるって気づいたんだ!」ランの話すスピードは速くなり、新しいものを発見した光が目に輝いた。
「でも魔法都市じゃあ、あまり役に立たないかもな。」平和が特徴のこの街では。
ランがしゃべり続けるのを、エイブリンは静かに聞いていた。
「ラン…」エイブリンの声が柔らかく、しかしはっきりと響き、彼女の話を遮った。
「彼と仲良くできる?」彼女の口調は穏やかだったが、期待を込めて、ランを見つめていた。
ランは顔を上げ、師匠の憂いでいっぱいのオレンジ色の瞳に飛び込んだ。
言いようのない窒息感が心臓を締め付け、ランの手の中の魔獣素材は無意識にぎゅっと握りしめられた。
「なんで…なんで師匠がそんなこと言うんだ…」ランの声は感情の高ぶりでわずかに震えた。
「あいつは俺たちを騙したんだぞ! それに師匠を操ったんだ!」
「俺が嫌いなのは、当たり前じゃないか!」
「あいつにこれ以上師匠を操らせるくらいなら、いっそ俺が直接…」
「ラン…」エイブリンの目に深い憂いが浮かび、彼女の名前を優しく呼んだ。
その瞬間、店のドアが勢いよく開かれた!
「エイブリン!」入口から興奮した呼び声が響いた。
「静が言うには、あんたのそばに金髪のイケメンがいるってさ!」雪のような長い髪、クールな雰囲気の魔女エルリスが勢いよく入ってきた。
彼女の鋭い視線が店内を一掃した。
「黒髪?」エルリスの視線は成人男性に変装したランの上に留まり、明らかに当惑した口調だった。
---
「本当にタイミングが悪いわね…」エイブリンは感情の渦に飲まれそうなランをそっと抱き寄せながら、ため息をついた。
ランが持ってきた素材は一時的に脇に置かれた。
(でも、ちょうど良かったとも言えるかも…)
彼女はうつむき、腕の中の弟子の微かに震える肩を見つめた。
「私は知らせを受け取ったらすぐに飛んできたんだから。」エルリスが近づき、興味津々の顔をした。
「で、その金髪のイケメンは? どこ?」
「何言ってるの…金髪のイケメンって?」エイブリンは顔を上げ、困惑の色を浮かべた。
「俺は行く。」ランはエイブリンの抱擁を振りほどき、堅い口調で床のリュックをつかんだ。
「ラン、もう少しいてもいいのよ。」エイブリンは引き留めるような目で言った。
「彼女たちもまだ戻ってきていないし。」
ランは背を向けた。その墨のように黒い瞳に、虚無と深い闇が一瞬走り、すぐに振り返ることなく歩き出そうとした。
「ラン…」エイブリンは急いで近づき、彼女の手首を掴んだ。
「この状態は…」エルリスが傍らで注意深く観察し、表情をわずかに引き締めた。
(昔のあの時と同じだ、また何かあったのか…)
エイブリンは再びランをしっかりと抱きしめ、まるでその温もりで彼女の目に潜む闇を追い払おうとするかのようだった。
「エルリス…」エイブリンの声にはかすかな懇願が込められていた。
「一つお願いしてもいいかしら…」
「何でも言ってよ~」エルリスは快く応じた。
「今、弟子が一人足りないんでしょ…?」エイブリンは事実を指摘した。静は卒業し、弟子はシャオ一人だけだ。
エルリスはそれを聞き、徐々に面倒くさそうな表情になった。それは彼女が聞きたくなかった言葉だった。
「誰か一人、弟子にしてもらえないかしら。」エイブリンは強い意志のこもった目で言った。
---




