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代償魔法  作者: 若君
第一章は44話まで、第二章毎週月曜日に更新
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第十七話 初めての夜

**第十七話 初めての夜**


夜。

エイブリンはベッドに横になり、本をめくっていた。

コン、コン──と、ドアが軽く叩かれた。

「ランか?」彼女はドアを見て、少し訝しげな口調で言った。

しかしランは決してノックなどしない。


「入ってこい、鍵はかかってない」部屋の中から声がした。

ドアが開けられ、金髪の少女が枕を抱えて立っていた。

「お邪魔します、エイブリン様」

彼女は礼儀正しくドアの傍に立ち、ベッドにいる年長の魔術師を見つめた。


「何か御用ですか、姫君?」

エイブリンはだらりと本のページをめくり、若干の冗談めいた口調で言った。

「命令するなら朝まで待ってくれ、今日はもう十分疲れた」

ライラは枕を抱えたまま部屋に入り、そっとドアを閉めた。


部屋には二人きり。

「お伺いしたいのですが……」彼女はベッドの傍に立ち、落ち着いた目で言った。

「今夜、私をあなたのそばで寝かせていただけませんか?」

エイブリンが持っていた本が、布団の上にすとんと落ちた。

彼女は困惑した様子で相手を見上げた。

「まさか……」


---

「一つ聞くが、もし『ダメ』だと言ったらどうするつもりだ?」

「何もしません。ただお伺いしただけです」

ライラは穏やかな口調で、枕を抱えていた。

「はあ……今夜だけな」エイブリンは仕方なさそうに言った。


「それと……」

ライラの口調が突然沈み、目つきが一変した。

「私を『ライラ』と呼んでください、エイブリン様」

彼女の口元がわずかに緩み、背筋が凍るような笑みを浮かべた。


(この強制感……嫌な感じだ)

エイブリンは警戒しつつ、ライラがゆっくりと近づき、ベッドの端に上がってくるのを見た。

「あなたと仲良くなれば、ランも警戒しなくなるかもしれませんから」

彼女は枕を置き、布団にもぐりこんだ。

「もちろん、これを命令と受け取っていただいても結構ですよ」彼女は軽く笑った。


「あの子は元々そういう性格だ」

エイブリンは布団の上に落ちた本を拾い上げ、淡々と言った。

「あの子が名乗る称号を見れば分かるだろう?」

孤高の魔女ここうのまじょ、ラン。


「それはエイブリン様を真似て付けたんじゃないんですか?」

ライラは静かな声で言い、布団の中から伝わる体温がほのかな温もりを運んでくる。

辺境へんきょう孤高ここうは違う」

エイブリンの口調は落ち着いていた。


「私はただ、人の少ない場所が好きなだけだ」

「たまには魔女たちの茶会にも顔を出す」

ランには『老人会』呼ばわりされているが。

「世捨て人になるつもりはない」


「この間……ランは一人きりだったんですか?」ライラが尋ねた。

エイブリンの手が止まり、視線が天井へと向かった。

「ああ」

「彼女は『人』には全く興味がないようだ」


「確かに一般人には気をつけるよう言ってはいたが……ここまで孤高になるとはな」

「魔法の研究に没頭しすぎて……」

エイブリンはため息をつき、口調に少し諦めが混じった。


「つまり……彼女のそばにはエイブリン様しかいなかった?」

ライラは彼女を見つめ、静かな口調で言った。

「どうすれば、彼女と関係を築けるのでしょう?」

彼女は微笑みながら言い、探りと誠意を込めた口調だった。


「知らん。あの子に友達なんて一人もいない」

エイブリンは冷たく答えた。

(他の魔女たちにも「さすが辺境の魔女の弟子だな」と言われてな……この孤高っぷりは確かに俺に似ている)

辺境と孤高は違うんだってば!

「とにかく、参考になるような話は持ち合わせていない」


「どうして彼女に友達を作らせなかったんですか?」

ライラは考え込むように言った。

(そうすれば、私はその友達からアプローチできたのに……)

ゼロからイチが一番難しい。

「……それとも、家族から入るべきでしょうか?」彼女は小声で言った。


「あの子に両親はいない」エイブリンは即座に遮り、口調が瞬時に厳しくなった。

「彼女の前でその話は出すな。彼女に嫌われたくなければな」

ライラは一瞬考え込み、口を開こうとしたその時──


ドアが勢いよく開かれた。

「師匠……」

ランがドアの前に立ち、枕を抱えていた。

「今日……一緒に寝てもいい?」


エイブリンは軽くため息をついた。

「またか……」


ランの視線がベッドの上の二人に向けられた。

「なんであいつがここにいるんだよ!」

ランは枕をぎゅっと握りしめ、怒りを露わにした。


---

「なんで師匠のベッドの上にいるんだよ!」

ランはぷんぷんしながら、枕を抱えてドアの前に立って叫んだ。

「ラン、夜中に騒ぐな」

エイブリンは横になったまま、呆れたように言った。


「だって……師匠……」

「くっ、俺に断られたからって、師匠の部屋に来るなんて!」

ランは悔しそうな表情を浮かべた。

「断られた?」エイブリンは隣の金髪の少女を一瞥した。


「お前、最初はランと寝るつもりだったんだろ? わざわざ俺の部屋に来なくてもいいのに」

エイブリンは呆れ気味に言った。

「仕方なかったんです」

ライラは落ち着いて言った。

「だって、私の部屋には……布団がなかったんですから」

王宮から持ってきた枕だけだった。


「だからランと一緒に寝てもいいかなと思ったんですが、断られてしまいまして」

「実は、一人で寝る方が慣れているんです」

ライラは横になりながら言った。


「布団は明日探すって言っただろうが!」

「一晩くらい布団なくても平気だろ、まだ秋だし」ランは不機嫌に言った。


「布団がないと眠れません」

「私は睡眠の質にはとてもこだわるんです」彼女は笑いながら言った。


「ちっ……」ランは枕をぎゅっと抱きしめた。

「俺、部屋に戻って一人で寝る……」

彼女は振り返ろうとした。


「ラン」エイブリンが呼び止めた。

ランは足を止め、振り返った。

エイブリンがそっと、自分の反対側の布団をめくっているのが見えた。

「こいよ、一緒に寝るって言ったんだろ?」

どうせ今となっては……こうなってしまったんだし。


---

エイブリンは本を閉じ、片側にラン、もう片側にライラがいるのを見た。

「ねえラン、これで私たち、一緒に寝たってことになるのかな?」

ライラが笑いながら尋ねた。

「だ、誰がお前と一緒に寝るかよ!」

ランはぷんぷんしながら背を向けた。


「それに、これじゃ一緒に寝たことになんてならない!」

「だって同じベッドの上じゃない~」

「ならないって! これは俺のベッドじゃないんだから……」

ランは意地を張って言った。


「はあ……」間に挟まれたエイブリンは深いため息をついた。

「もう寝る時間だ、ラン、それと──」彼女は一瞬間を置き、

「ライラ」


「え? 師匠がなんであいつの名前を呼ぶんだよ!」

ランは目を見開いた。


「何がおかしい? 彼女はもう王女じゃないんだぞ」

エイブリンが言い終えると、本がひらりと浮かび上がり、自動的に本棚へと戻っていった。

(確かに以前はわざと名前を呼ばないようにしていたがな。)

「どうせこれからも一緒に暮らすんだ」


「うぅ……」ランは布団をぎゅっと引き寄せ、声が少し震えていた。

「変だよ……」

「なんで師匠はあいつをあんなに簡単に受け入れるんだ……」

「まるで……変わり者扱いされてるみたいで……」

エイブリンは横を向き、彼女を見た。


そして手を伸ばして、ランをぎゅっと抱き寄せた。

「よし、ラン、もう寝よう」

彼女は優しく耳元で囁いた。

「明日のことは……明日考えればいい」

エイブリンはそっとランの頭を撫で、ランは黙って彼女にしがみついた。


そして傍らで、ライラは静かに布団を引き寄せ、目を閉じた。


---

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