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代償魔法  作者: 若君
第一章は44話まで、第二章毎週月曜日に更新
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第十六話 私は彼女が嫌い


**第十六話 私は彼女が嫌い**


「でも、実は魔法使いになること、そこまで急いでないんです」

金髪の少女はそう言いながら、テーブルの上の皿を重ねていた。


突然、食器がふわりと浮かび上がった。

「これは……?」

彼女は怪訝そうに、重ねられていた皿が一つずつ分かれて、

付着していた汚れが虚空から消え、ぴかぴかになり、

そのまま棚へと自ら飛んで行き、整然と並べられるのを見つめた。


「へぇ~、面白い」

「これも魔法?」彼女は興味津々で尋ねた。

エイブリンは向かい側に座り、黙って彼女を見ていた。


「すぐに『魔法を教えて』って言うかと思ったが」

そう言うと、彼女はさりげなく手の中に果物を一つ出現させた。

「ああ、ハズレか」手にしたリンゴを一瞥し、かじった。


少女は彼女を見つめる。

「リンゴ、食べるか?」エイブリンが尋ねた。

「いいんですか?」

「手を出せ」


少女が両手を差し出すと、エイブリンの手がその掌の上にかざされた。

みずみずしいリンゴが一瞬にして彼女の手の中に現れた。

「おお~」

少女は感嘆の声を上げ、手のひらのリンゴを見つめた。


「ああ、余計なことをして、また魔法に興味を持たせてしまったか……」

エイブリンはリンゴをかじりながら、ため息をついた。

「まあ、人が使うのを見るのは面白いですけど」

「自分で使いたいとはあまり思いませんね」


「え? 子供ってみんな魔法に興味を持つんじゃないのか?」

エイブリンは眉を上げて尋ねた。

「私はもう子供じゃありませんから」

彼女は冷静に答えた。

(いや、俺の目にはガキだが……)

ランよりはよっぽどしっかりしているがな。


「だって魔法って、今は使うのに制限が多すぎますから」

「というか、世間の風潮もあまり良くないですし」

「私が生まれた王国は、魔法を禁じている国でした」

王族の私でさえ、魔法に関する情報に触れられるのはごくわずか。

もし王女でなかったら、一生魔法とは縁がなかったかもしれない。


「多くの場所では、まだ魔法はタブー視されています」

彼女の目は強く、しかし口調には一抹の哀しみがにじんでいた。

魔法使いになれば……捕らえられ、尋問され、火あぶりにされるかもしれない。

「だから、最初から関わらないほうがいいんです」


「もしあんな制限がなかったら……魔法使いってきっと楽しいんでしょうね」

彼女は独り言のように呟いた。


「じゃあ、お前は諦めるのか?」エイブリンが問う。

少女は手の中のリンゴを見つめながら俯いた。

「いいえ、もう王国を離れた以上、あなたたちに溶け込むためには、魔法使いになるしかありません」

「さもなければ、私たちは永遠に別世界の人同士のままですから」

魔法を持つ者と、持たざる者――その間には、常に越えられない溝がある。


「でも……ランがまだ私を受け入れてくれないなら、私は待ちます」

彼女はリンゴを一口かじり、ゆっくりと言った。

「もし彼女が私に魔法使いになってほしくないと言うなら、私はなりません」

「全ては彼女が決めること」

「私は彼女が好きな姿になって、彼女のそばにいる」


エイブリンは静かに彼女を見つめた。

(この状況を読み解く力……魔法使いに向いてるな……)

(そして、その覚悟こそが最も重要なのだ)

――誰にも教わらなかったばかりに、道を踏み外したのが惜しいがな。


「でも、もしあなたが私の師匠になってくれるなら」

「きっと私はすぐに魔法使いになれますよ~」

少女は軽やかな口調で言った。


(覚悟があると思った矢先のこの豹変……見誤ったか?)

「残念ながら無理だ。それに、なぜ俺でなければならない?」エイブリンが口を開いた。

「まさか、ランの立場を奪おうってのか?」

エイブリンは向かいの彼女を見据えた。


少女はほほえんだ。

「だってあなたは、私を破滅させそうにない人に見えますから」


---

ランが目を覚ました。

「師匠があの人と二人きりで……私が寝てる間に食事してる!」

(それに食べ終わってるし!)

彼女は腹立たしげに食卓に座り、抗議した。


「自業自得だろ、勝手に寝てたのは」エイブリンが横で言う。

「起こしてくれればよかったのに!」ランはぷんぷんしながら言った。

「そんな無駄な労力、使う気はない」

それに、お前が寝入ったら、どうやったって起きないんだ。


「今、相手してやってるだろ?」

彼女は何かの本に書き込みながら言った。

「リンゴ、食うか?」

「食べる!」ランは即答した。


「あの人は? 帰ったの!?」ランは目を輝かせて尋ねた。

「部屋に戻った」エイブリンは淡々と答えた。

「はあ……」口調が一気に落ち込んだ。


「師匠の料理、相変わらずまずいなあ……」

ランは食べながら文句を言う。

「年取るほどに、なぜ料理の腕は上がらんのだ?」

彼女はお皿の中のおかずをつつきながら言った。


「あの娘は全部平らげたぞ……」エイブリンは不機嫌そうに言った。

わざわざ作り直してやったのに……文句言うなんて!

「マジで!? 味覚おかしくない?」ランは驚きの表情を見せた。

「あの娘は、食べたことのある高級料理みたいだって言ってたな」複雑な味わいだと。

「なるほど……」ランは自分の皿を見つめ、考え込んだ。


「変なものばっかり食べてるから、こういう普通の味に感動しちゃうんだろうな」

ランはそう結論づけた。

「無理して食べなくていい。俺が処分する」

エイブリンは自暴自棄に言った。


「ダメ! あの人が完食したんなら、私も負けられない!」

ランは拳を握りしめ、妙な闘志を燃やした。

「私も全部食べる!」

――そういうところで勝負するなよ……


---

ランは苦しそうに口を押さえた。

「食、食べ終わった……」

「お前の反応、大げさすぎる。俺の料理、そんなに酷いか?」

「これは心と体の、二重の試練です……」


「私、『忘却の術』ってのを覚えるべきかも……」

「この味を忘れてから食べれば、問題ないはず……」


空になった皿がふわりと浮き上がる。テーブルの上にいた小さな精霊が口を大きく開けてそれを飲み込み、ピカピカになった皿を吐き出す。その皿は翼を生やし、ひらひらと羽ばたいて食器棚へと飛んでいった。

「そういえば、師匠が突然夕食を作る気になったのはなぜ?」

ランはテーブルの上の小さな精霊をつつきながら尋ねた。


「気まぐれだ」彼女は冷たく言い、相変わらず何かを書き続けている。

ランはテーブルに突っ伏し、彼女を見つめた。


「ああ、明日、俺は出かける」

エイブリンが突然言った。

「お前とあの娘で家を見ておけ」

「えっ!? 私とあの人だけ!? なんでよー!」

ランは飛び上がった。


「理由はない。行く場所は、お前たちが付いてくるような場所じゃない」

「それに、家から出るな」

書き続けながら、彼女は落ち着いた口調で言った。


ランは彼女をしばらく見つめ、沈黙した。

そして、そっと彼女の袖を引っ張った。

「私……あの人、嫌いなんだ」

ランはうつむき、辛そうな表情で小さな声で言った。


エイブリンはペンを止め、唯一の弟子を見た。

「今の師匠……師匠なの?」

ランは顔を上げ、見慣れているはずなのにどこか違和感のあるその顔を見つめた。


(まったく……家に一人でいる時間が長すぎたか……)

エイブリンは溜息をつき、ペンを置いてランの頭を撫でた。

「本物だよ」

彼女は微笑みながら言った。


---

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