第十五話 もう一人にはさせない
**第十五話 もう一人にはさせない**
二階の一番奥まった部屋で。
「ツインベッドか……」
金髪の王女がそのベッドを見つめながら呟いた。
「なかなか良いじゃない。私はシングルベッドでランと一緒でも構わないけどね」
そう言うと、彼女は微笑んだ。
王国を離れてから、私は魔法使いの師弟が住むこの家に身を寄せている。
とはいえ……言ってしまえば、少々強引に押しかけた形だった。
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「何言ってるのよ! あなたと一緒に寝るなんてこれっぽっちも考えてないわ!」
目の前の黒髪の少女が怒りながら言い放つ。
彼女の名はラン。魔法使いで、その称号は――孤高の魔女。
なぜ、彼女はそんな名を名乗っているのだろう?
だって彼女は……
「つまり、私に先に試しに横になってみてほしいってこと?」
「ち、違うに決まってるでしょ!」
彼女は顔を赤らめて視線をそらし、緊張した小声で言う。
「だって、その……」言葉に詰まる。
「じゃあ、夜に私をあなたの部屋に呼んで一緒に寝ようってこと?」
「違うってば!」
勝手なこと言わないでよ!
「一人じゃ動かせないんだから……」
彼女は顔を赤らめながら小声で言った。
「ああ、そういうことか……」
「だったら魔法で動かせばいいんじゃない?」私は当然のように言った。
「それとも、わざわざ私と一緒に動かしたかったの?」
私は笑いながら彼女を見た。
本当に寂しがり屋なんだな。
「ち、違うわよ! 頭の中いったい何考えてるのよ!」
「シングルベッドなら魔法で動かせるけど、ツインベッドは無理なんだもん!」
「なんでわざわざツインベッドなのよ……なんでなのよ!」
彼女は傍らでブツブツ呟いていた。
「くっ……やっぱり師匠を呼んで手伝ってもらおう……」
彼女はこっそりと私を一瞥した。
「と、とにかく、動かしましょう」
私は袖をまくり上げると、彼女は呆けたように私を見ていた。
「エイブリン様は自分たちで片付けるようにって言ってたんじゃ?」
「そうだけど……」
「せーのっ……」
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「重い……」
彼女は疲れ切ってベッドにべったりと倒れ込んだ。
私はベッドの端に腰掛け、動かなくなった彼女の様子を見ている。
「少し休む?」
無意識に、彼女の頭を撫でてしまった。
(変だな、彼女の頭を撫でるのは初めてのはずなのに)
この懐かしい感覚はなんだろう……
(思い当たる節はない……)
それに彼女がすぐに避けなかったのは、本当に疲れている証拠だ。
「疲れないの?」彼女が顔を上げた。
「王女として、普段から鍛えはしているわ」
「よければ、他の部屋にこれらを運ぶのも手伝ってあげるわよ」
「私の物に触らないで……」彼女はまたベッドに伏せた。
「ちょっと寝れば自分で運べるから……」
「少しだけ寝かせて……」
声のトーンがだんだん低くなり、そのまま眠り込んでしまった。
「運び終わったか?」
エイブリンがドアの前に立っていた。
「夕食ができた。お腹が空いたら下りてきなさい」
彼女は部屋の中の二人を見て、静かに言った。
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食卓で。
「ご飯、美味しいですね、エイブリン様」
金髪の少女が食卓に座りながら、食事を口に運びつつ称賛した。
「お世辞は結構だ」
エイブリンは自分にもご飯をよそい、彼女の向かいに座った。
「ランはいつも、私の料理はまずいって言うんだ」
「彼女を起こさなくて大丈夫ですか?」
彼女はソファでまだ眠る黒髪の少女を見た。
「構わん。彼女は時間がくれば自然に目を覚ます」
エイブリンはおかずを箸で取りながら、そう言った。
「ランに料理を任せすぎたな……」まずい。
彼女は向かい側で、自分が作った料理を平然と食べている金髪の王女を見つめた。
「無理して食べなくていい。残りは私が処分する」彼女は淡々とした口調で言う。
エイブリンが口を開いた。
「ご心配なく、全部食べきりますから」
金髪の少女は微笑みながら言った。
「昔、ある国で食べた高級料理と同じ味がしますね」独特の食感だ。
「私をディスってるのか、それともその国のシェフをディスってるのか……」それとも両方か?
「お前は本当に魔法使いになりたいのか?」
エイブリンが突然尋ねた。
少女はそっと箸と茶碗を置いた。
「ええ」その口調は軽かったが、目は鋭かった。
「でも、あなたは私が魔法使いになることをあまり望んでいらっしゃらないようですね? 何か特別な理由が?」
「お前がやってきたことは、お前が危険人物だと私が判断するには十分だ」
「それに、普通の人間を魔法使いにするなんて……」
彼女の口調が躊躇いを見せた。
「でも、魔法使いだって魔法使いになる前は、みんな普通の人間だったんじゃないですか?」
彼女は反論した。
(世に生まれながらの魔法使いはいないと聞いている)
全ては後天的に学んだものだ。
(いったいどんな方法で、多くの国が「魔法使いになる条件」を掴めていないのか……)
「確かに最初は皆、普通の人間だ」
「だが、だからこそ師弟制度というものがある――」
――適性のない魔法使いを選別するために。
「では、ランはなぜ、あなたに適任の魔法使いとして選ばれたんですか?」
彼女は問いを続ける。
「彼女と一緒にいれば、私も魔法の理を掴めるかもしれませんよ」
彼女は笑った。
ランからは、魔法の手がかりが多く見つかりそうだ。
「ランめ、また余計なことを喋ったな……」
本当に手がかかる弟子だ。
「あなたとランは、どうやって知り合ったんですか?」
少女は興味深そうに尋ねた。
「私の口から話を引き出そうとするのは無駄だ」エイブリンは冷たく応じた。
自分で作った料理を食べながら、「まずい」という表情を浮かべている。
「どうせ私が迫っても、あなたは遅かれ早かれ話すことになるんじゃないですか?」少女は微笑んで言った。
「それなら試してみろ」
エイブリンの口調は冷たく、目つきが鋭くなった。
「私はグレンヴァルクとの戦いで、魔力の大半を消耗した」
「今の私は、お前を(そしてランを)守るのもやっとなのだ」
「ましてや他の魔法使いと戦うことなど、到底無理だ」
「通常、魔術師協会は召喚された魔術師の救出には積極的ではない」
「だが、王国を離れたとなれば話は別だ」
「今、我々三人は魔術師協会に目をつけられている」
エイブリンは食卓の料理を見つめながら言った。
「私に王国に戻れとおっしゃるんですか?」金髪の王女が言った。
「私が戻るなら、あなたも一緒に戻らなければなりませんよ」
「まさか、自分を犠牲にしようとしているんじゃ?」
王国が召喚した魔法使いは、最後には完全に命令に従う虜とされる。
「なぜ私にそんなことを話すんです?」
「お前の目論見が、外れていると気づかせてやるためだ」
エイブリンは淡々と言い、湯呑み茶碗を手に取った。
「今の私はランにすら勝てやしない」
(とはいえ、まだ一つだけ願い(ウィッシュ)は使えるが……)
彼女は向かい側で黙考に沈む金髪の少女を見た。
(ただし……彼女が二つ目の願いを使った後でなければ……)
彼女はその願いを使ったりしないだろうな。
「ふむ~……なるほど……」
少女は軽く呟いた。
「つまり、私が死ぬことを心配してくれてるんですね?」
「はっ!?」
「何を言ってるんだ!」
エイブリンは眉をひそめて彼女を見た。
「師弟そろって反応がストレートで、考えが読まれやすいんですよ」
少女は笑い出した。
「でも、今の私に魔術師と戦う力がないのは確かです」
魔術師は金銭も名声も、政治も意に介さない。
「だから私はこうして、あなたたちに私を置いてもらうしかなかった」
「少々……手段が強引だったかもしれませんが」
少女はそう言った。
「自分の王国にいればいいものを……」
エイブリンは溜息をついた。
(一国の王女が。)
「王様を復活させないのは、自ら平民を犠牲にしたことがバレるのが怖いからだろ?」
「身代わりが必要なんだ、違うか?」
「私は本当に、王族としての責任を取って死のうと決めていたんです」
そういう意志があったからこそ、あの魔法も発動したのだ。
「でも、その後……気が変わったんです」
彼女は微笑みながら言った。
「私はランに救われたんです」
「だから、私は責任を取って、彼女のそばにいる」
「もう、彼女を一人にはさせない」
だって、私たち、約束したんだから。
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