表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エスプレッソより、少しだけ甘く  作者: かれら
ピアノの音が届く先
58/69

君に、届くように

遥がカフェを訪れた翌日、カフェ ミルテはいつもと変わらない午後の営業を迎えていた。


カウンター越しに客へコーヒーを提供しながらも、琴音の意識はどこか上の空だった。


遥の言葉が、ずっと心の中に残っていた。


「琴音さんの音は、もう届いていますよ」


その言葉の意味を、何度も噛み締める。


本当に——届いているのだろうか?



---


ピアノの音が、誰かに届くという感覚を、琴音はもう長い間忘れていた。


弾く意味を見失い、音を出すのが怖かった。


けれど、あの夜、遥の前で指を鍵盤に置いたとき、初めて「弾きたい」と思った。


そして今——


遥の言葉が、確かに心を震わせていた。


「琴音ちゃん?」


ふいに、前田さんの声が響いた。


「あ……すみません。少し考え事をしていました」


「ふふ、いいのよ。忙しいのに悪かったわねぇ」


前田さんは紅茶を一口飲むと、にこりと微笑んだ。


「ねぇ、琴音ちゃん。また、ピアノを弾いてくれない?」


「え……」


「この前の音、すごく良かったのよ? なんというか……誰かのために弾いてる音に聞こえたわ」


琴音の手が、ふと止まる。


「誰かのために……?」


「ええ。前はどこか遠くを見て弾いてるような気がしたけど、この前は違った。誰か、特別な人のために弾いてる音だったわ」


「……」


心臓が、軽く跳ねる。


(そんなつもりはなかった……はずなのに)


(でも、もしかして……)



---


ふと、カフェの隅に置かれたピアノに目を向ける。


鍵盤に触れたのは、ほんの数日前。


でも、それはもう「過去の話」だった。


(私は、また弾きたい)


(もう一度、遥の前で——)


——違う。


琴音は静かに目を閉じ、胸に手をあてた。


(私は……遥のために弾きたい)



---


遥の言葉が蘇る。


「琴音さんの音は、もう届いていますよ」


なら、今度は——私から届けよう。


遥に向けた音を。


私の、心を。


「……前田さん」


琴音は、静かに口を開いた。


「次の休みに、ピアノを弾こうと思います」


前田さんは、驚いたように目を丸くした。


「まぁ、それは楽しみねぇ!」


琴音は、小さく微笑む。


「でも……今度は、今までとは違う演奏になると思います」


「違う演奏?」


「ええ……ただ弾くだけではなく、ちゃんと、私の音を届けたいんです」


ピアノの鍵盤をそっと撫でる。


「だから……自分が何を伝えたいのかを、もう一度考えてみます」


前田さんは、その言葉に目を細め、そっと微笑んだ。


「……きっと、あなたの音はちゃんと届くわよ」


琴音は、その言葉に静かに頷いた。


(——届くでしょうか?)


遥に、私の音は届くのだろうか。


不安と、期待と、ほんの少しの高揚感。


それが入り混じったまま、琴音はピアノを見つめていた。

ここまで読み進めていただき、本当にありがとうございます。


物語は、いよいよクライマックスの章へと入ります。

遥と琴音、そしてカフェ・ミルテの時間が、ひとつの終着点へと向かうなかで、

ふたりがどんな想いを抱き、どんな言葉を紡ぐのか——

その瞬間を、最後まで見届けていただけたら嬉しいです。


そして、本日は22時の投稿とは別に、12時に間章を投稿予定です。

この間章は、物語の流れをより深く感じてもらえるような、大切な一篇となっています。

遥と琴音のこれまでの足跡、そして彼らが迎えようとしている未来を、

少しだけ違った角度から見つめる時間になるかもしれません。


物語の終わりまで、あともう少し。

カフェ・ミルテの扉が閉じるその時まで、どうぞ最後までお付き合いください。


次回更新も、心を込めてお届けします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ