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エスプレッソより、少しだけ甘く  作者: かれら
変わる味、変わらない時間
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赤いウエットスーツ

今日も遥はカフェ ミルテに来ていた。


いつもの席、いつものエスプレッソを片手に揺らしていると、カフェの扉が勢いよく開いた。


「よっ、琴音ちゃん。元気してる?」


軽快な声とともに、海風がふわりと入り込む。


振り返ると、入り口に立っていたのは、赤いウェットスーツを片手に、日に焼けた肌の女性 だった。


濡れた髪を適当にかきあげ、どこか少年っぽい笑みを浮かべている。


カフェの外、サーフボード置き場 には、彼女の鮮やかな赤いボードが立てかけられていた。


琴音は、カウンターの向こうで彼女を見て、淡々と口を開く。


「……汐留さん、久しぶりですね」


「あはは、相変わらずカタイなあ。海歌でいいって言ってるのに」


海歌は、ひょいっとカウンターの椅子に腰掛けると、遥の顔を見てニヤリと笑った。


「おっ、遥じゃん。相変わらず暇そうだな」


「……いや、別に暇じゃないです」


「へぇ? でもほら、こんな可愛い店長さんと毎日お茶してるってことは、それなりに時間あるんでしょ?」


遥は、思わず言葉に詰まる。


琴音も、わずかに眉を寄せた。


「汐留さん、そういうことを軽々しく言わないでください」


「いやいや、こんな美人の店長さんがいたら、普通は惚れるでしょ?」


「……仕事の邪魔です」


琴音は淡々とした口調で、手元の布巾を折りたたんだ。


海歌はケラケラと笑いながら、俺の肩をポンと叩く。


「ま、冗談はさておき。遥、お前そろそろ働けよ。貯金、そろそろやばいんじゃない?」


「……どうしてそれを」


「大家さんだからね?」


海歌はニッと笑う。


「そろそろ家賃免除期間も終わるし、仕事探しなよ」


遥は、カップを手に取りながら、小さく息をつく。


確かに、そろそろ何かしないといけないのは分かっていた。


「で、琴音ちゃん。こいつ雇ってみる気ない?」


琴音が、ふっと俺を見た。


「……考えていませんでしたが」


「ほら、ちょうどいいでしょ。遥、手先器用だし、接客もそんな悪くないと思うよ?」


「どうして俺のことそんなに知ってるんですか」


「いや、昔からお前のこと見てるし?」


海歌は楽しそうに笑いながら、琴音を振り返る。


「ね、どう?」


琴音は、遥をじっと見つめた。


しばらくの沈黙の後、静かに口を開く。


「……やる気があるなら、考えます」


「琴音さん、不器用なんですか?」


遥がそう尋ねると、琴音は少しだけ目を瞬かせた。


「……そんなことはないと思いますが」


淡々と答えながらも、どこか微妙な間があった。


その様子を見て、海歌はニヤリと笑う。


「いやいや、あるよ。昔から、ちょっとしたミスが多いんだから」


「……具体的には?」


「えっとね、プリンのカラメルを焦がして、苦すぎて食べられなくなったり」


「……」


「あと、計量ミスってコーヒーがやたら濃くなったり」


「……」


「それから、砂糖と塩を間違えて――」


「汐留さん」


琴音は、ふっとため息をつきながら、布巾を手に取った。


「それは……昔の話です」


「いやいや、最近もやらかしてない?」


「やっていません」


琴音はあくまで冷静に答える。


けれど、どこか目をそらしたように見えたのは、気のせいだろうか。


「ま、琴音ちゃんは真面目だからな。その分、ちょっと抜けてるとこがあるんだよ」


海歌はケラケラと笑いながら、遥の肩をポンと叩いた。


「でもまあ、そこが可愛いとこでもあるんだけどね?」


琴音の手が、ピタリと止まる。


「……からかうのは、ほどほどにしてください」


「はいはい」


海歌は楽しそうに手をひらひらと振りながら、カウンターの上のグラスを手に取った。


「で、どうするの? 遥、働く?」


遥は、琴音のほうを見る。


彼女はカウンターの向こうで、静かに俺を見つめていた。


「じゃあ、手伝わせてください」


遥がそう言うと、琴音はわずかに目を瞬かせた。


「……いいんですか?」


「ええ。俺も、そろそろちゃんと働かないといけないですし」


「そりゃそうだ。貯金ばっか減らしてたら、すぐに詰むぞ?」


海歌がニヤリと笑いながら、俺の背中をバシッと叩いた。


「それに、琴音さんの店、気に入ってるんで」


遥はカウンターを見渡しながら続ける。


「ここで働くの、悪くないかなって思いました」


琴音は、静かに俺を見つめたあと、ふっと目を伏せた。


「……わかりました」


そう言って、静かに頷く。


「じゃあ、今日からお願いします」


「はい。よろしくお願いします」


遥がそう答えた瞬間、海歌が楽しそうに手を叩いた。


「おー、いいねいいね! これで琴音ちゃんも少しは楽になるんじゃない?」


「……汐留さん、あなたが言うと、何か裏があるように聞こえます」


「いやいや、純粋に応援してるだけだって!」


ケラケラと笑う海歌を見ながら、遥はカウンターの中に立つ琴音をちらりと見た。


彼女は、静かに仕事の手を進めながら、どこか安心したような表情をしている気がした。

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