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エスプレッソより、少しだけ甘く  作者: かれら
静かな鍵盤、遠い記憶
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自分の味

朝のカフェ ミルテ。


いつものように、遥はカウンターで珈琲を淹れていた。


琴音はピアノの前に座り、静かに鍵盤を撫でる。


最近、この店の日常に「音」が加わることが増えてきた。


(遥さんがいると、私は自然とピアノを弾こうと思える)



---



「……うーん」


遥が、コーヒーカップを見つめながら唸る。


琴音が、ピアノから視線を上げる。


「どうかしました?」


「いや、最近、考えてることがあって」


遥は、カップを片手に持ち上げ、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「琴音さんの音って、すごく変わったなって思うんです」


琴音は、一瞬だけ驚いたように目を瞬かせた。


「……変わりましたか?」

琴音は、一瞬だけ考えるように視線を落とした。


確かに、最初は戸惑いながら弾いていた。


でも今は——。


「……そうかもしれません」


琴音は、少しだけ鍵盤を撫でる。


確かに、最初は迷いながら弾いていた。でも、今は——。


「この店の音」になれた気がする。


そう思うと、自然と微笑みがこぼれた。


「だから、俺も考えたんです。琴音さんの音は、もうこの店に馴染んでる。でも——

 俺のコーヒーは、ちゃんとこの店に馴染んでるのかなって。」


遥は、カップの中の珈琲を見つめる。


この味は、本当に「カフェ ミルテの味」になれているのか?


琴音さんの音みたいに、この店に溶け込んでいるのか?



---



琴音は、遥の言葉をじっと考えた。


「遥さんのコーヒー、美味しいですよ」


「ありがとうございます。でも、俺はまだ『自分の味』を見つけられていない気がして」


遥は、カウンターに肘をつく。


「……琴音さんは、最近ピアノを弾くようになって、何か変わったって思いますか?」


琴音は、一瞬だけ考えたあと、静かに頷く。


「……はい。前よりも、自然に弾けるようになったと思います」


遥は、その言葉を聞いて、少し笑う。


「それなら、僕ももう少し自分の味を探してみようかな」


琴音が、遥をじっと見つめる。


「……どんな味を目指しているんですか?」


「それが、まだわからないんですよね」


遥は、小さく息を吐く。


「でも、琴音さんのピアノみたいに、誰かに届く味がいいなって思います」



---



「なるほど、それは興味深いですね」


遥と琴音が振り向くと、カウンターの隅で秋人が微笑んでいた。


「音と味、確かにどこか似ているのかもしれません」


秋人は、カップを置くと続ける。


「かつて、琴音さんの母上も、あなたと同じように“自分の音”を探していました」

秋人は、カップの縁をなぞりながら、ふっと目を細める。


「あなたのお母さんが弾くピアノは、いつも優しくて、でもどこか迷っているような音だった。

……今のあなたの音に、少し似ていますね」


琴音が、少し驚いた顔をする。


「……母も?」

琴音は、思わず鍵盤に視線を落とした。


母の音——それは、もう思い出の中にしかないもの。


でも、自分のピアノと似ていると言われると——胸の奥が、そっと疼く気がした。


「ええ。彼女はいつも、自分の音が誰かに届くのかを考えていました」


秋人は、ゆっくりと微笑む。


「遥さんも、もしかすると“自分の味”を探しているのかもしれませんね」


遥は、その言葉を静かに噛み締める。

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