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エスプレッソより、少しだけ甘く  作者: かれら
音が届く場所へ
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そっと鳴らす音

翌日、カフェ ミルテの朝。


いつものようにカウンターに立ちながらも、琴音の視線は自然とピアノの方へ向いていた。


(昨日の夜、私は何を考えていたんだろう)


遥の言葉を思い返す。


「また、聴かせてください」


(……あのとき、私は嬉しかった)


自分の音を聴きたいと言ってくれる人がいる。


それが、こんなにも心を軽くするなんて。



---



「おはようございます、琴音さん」


遥が、カフェの扉を開けて入ってくる。


「おはようございます」


いつもと同じ朝。


でも、琴音の心の中は、ほんの少しだけ違っていた。


(また、弾こう)


遥がカフェにいるときに、さりげなく——


(……聴いてもらいたいから)


自分がこんなふうに思うことになるなんて、数日前までは考えもしなかった。



---



遥もまた、琴音の様子の変化を感じ取っていた。


昨日より、少し柔らかい表情。


カップを手に取る仕草も、どこか落ち着いているように見えた。


どこか、いつもより穏やかな空気をまとっている気がする。


(琴音さん……変わってきてる)


琴音がピアノを弾いたとき、あの音が広がったとき——


それは確かに、店の空気を変えた。


(もっと、多くの人に聴いてもらいたいな)


この音は、きっと誰かの心にも届くはずだから。


遥の中に、新しい考えが芽生え始める。



---



昼のカフェ ミルテ。客足が落ち着き、窓際には穏やかな陽射しが落ちていた。


カップを置く小さな音が響き、店内には、心地よい静けさが広がっている。


ふと、琴音がピアノの前に座る。


遥は、カウンター越しに彼女を見つめる。


指先が鍵盤に触れ、静かに音が響いた。


(昨日よりも、少しだけ自然に弾けている気がする)


遥の視線を感じながら、琴音は演奏を続けた。



---


琴音が奏でる音が、店内に優しく広がる。


昨日よりも、どこか迷いがなく、より自然に響いている気がした。


(やっぱり、いいな……)


遥は、カウンターの向こうでそっと微笑む。


昨日までは『また聴きたい』と思っていた。


でも今は——


(もっと多くの人に、この音を聴いてもらえたら)


この音が、誰かの心にも響くはずだから。


そう、願うようになっていた。



---



「……なるほど」


秋人が、コーヒーを飲みながら呟く。


「やはり、似ていますね」


遥が、秋人の言葉に振り向く。


「何が、ですか?」


秋人は、琴音のピアノを聴きながら静かに言った。


「この音……昔、よく似た音を聴いたことがあります」


琴音が、指を止める。


「……秋人さん?」


「ええ」


秋人は、一度カップを置き、遠くを見つめるように続けた。


「あなたの母上が弾くピアノを、私は聴いたことがあるんです」


遥も琴音も、驚いて秋人を見る。


「……母の?」


遥は琴音の横顔を見つめた。


琴音の母——琴音さんが、ピアノをやめるほど大切だった人。


その人の音が、どんなものだったのか。


秋人は、それを知っているというのか——?


秋人は、穏やかに微笑んだ。


「詳しい話は、またいずれ」


静かな音の余韻が、カフェの空気に溶けていった。

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