それでも、少しづつ
夜のカフェ ミルテ。
閉店後の静かな店内に、コーヒーの香りだけが満ちていた。
カウンターで片付けをしていた琴音は、ふとピアノの方へ視線を向ける。
(また、弾いてもいいのかな)
遥に「俺、琴音さんの音が好きなんです。だから——また、聴かせてもらえますか?」と言われたとき、心がふわりと浮くような感覚がした。
誰かのために弾くことが、こんなにも嬉しいなんて——
---
(遥さんは、私の音が好きだって言っていた)
その言葉が、胸の奥にふわりと残っている。
まるで、音の余韻みたいに——。
その言葉が、ずっと心に残っている。
「また、聴かせてもらえますか?」
(……私は、また弾きたいと思っている?)
誰かのために弾くことが、自分の喜びになるなんて思わなかった。
でも、確かに——
今は、もう一度弾きたいと思っている。
(遥さんに、聴いてほしいな。)
---
琴音は、そっと鍵盤に指を置いた。
最初の音を奏でるわけではなく、ただそこに触れるだけ。
それだけで、心が落ち着く。
指先に伝わる木の温もり。
静かな夜の空気の中で、それだけが確かだった。
(私は、ピアノを弾くことが、やっぱり好きだったんだ)
遥がいなかったら、きっとこの感情には気づかなかった。
---
けれど、楽譜の棚に立てかけられた『悲愴』を見つめると——
胸の奥が、ぎゅっと締めつけられた。
まるで、遠い日の感情が、今になって蘇るように——。
(……これは、まだ弾けない)
遥がくれたこの楽譜。
母に贈るはずだった、私の曲。
遥に言われなくても、本当はわかっている。
この曲は、私にとって、ただの一曲じゃない。
だからこそ——まだ、向き合えない。
---
静かな夜。
カフェ ミルテの店内に、琴音はひとりだった。
ピアノの前に座るつもりはなかったのに——
気づけば、鍵盤に手を添えていた。
---
琴音は静かに目を閉じ、鍵盤をなぞる。
(でも、少しずつなら)
遥の言葉が背中を押してくれた。
私は、またピアノを弾きたいと思っている。
この音を、誰かに届けたいと思っている。
(今度、遥さんがいたら……また、弾こう)
そう思うだけで、ほんの少しだけ、心が軽くなった。
静かな夜。
カフェ ミルテの店内に、琴音はひとりだった。
ピアノの前に座るつもりはなかったのに——
気づけば、鍵盤に手を添えていた。
---
(また、弾きたい)
そう思ったのは、遥が「また聴かせてください」と言ってくれたからだ。
「琴音さんの音、好きなので」
その言葉が、ずっと心の中に残っている。
(……私は、遥さんに弾いてほしいと言われたことが、こんなに嬉しかったんだ)
自分が奏でる音を、誰かが必要としてくれることが、こんなにも心を満たすなんて。
でも、まだ弾けない曲がある。
視線の先には、『悲愴』の楽譜。遥がくれた、大切な楽譜。
けれど、指が動かない。
遥がくれた楽譜に触れたまま、琴音は静かに息をのんだ。
指先はそこにあるのに、楽譜を開くことができない。
まるで、その先にある音が、今の自分にはまだ遠すぎるように——。
---
ふと、遥の「どんな音がするんでしょうね」という言葉が、耳の奥で蘇る。
「琴音さんが、この曲を弾いたら」
(……どんな音がするんだろう)
遥の言葉が、私の手を引くようだった。
でも、まだ——
(……弾けない)
ピアノを弾くことが怖いわけではない。
ただ、この曲に触れたら、母との思い出が溢れすぎてしまう気がする。
悲しくなるわけではない。
それでも、今まで蓋をしてきた感情が、ほどけてしまいそうで。
(私は……まだ、向き合えないのかもしれない)
そっと、楽譜を棚に戻した。
手を離した瞬間、胸の奥に小さな余韻が残る。
——いつか、この曲を弾ける日がくるのだろうか。
---
ただ、今はまだ——
(遥さんに、もう少しだけ私の音を聴いていてほしい)
遥が、私の音を必要としてくれるなら。
私も、その音を届けてみたい。
(……もう少し、誰かのために弾いてみてもいいのかもしれない)
そう思えたのは、遥が私の音を聴いてくれたからだった。
遥がそばにいてくれると、なぜかピアノに向き合える気がする。
(もし、次に弾くとしたら——)
遥がカフェにいるときに、弾いてみよう。
「また、聴かせてください」
そう言ってくれた人のために、私はまた鍵盤に触れてみよう。
琴音の心の葛藤にもうしばしばお付き合いください。
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