誰かのための音
ピアノの音が、ゆるやかに流れていく。
今度の演奏は、遥のために——
けれど、それは店内にいるすべての人の耳にも、静かに届いていた。
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「おや、またピアノか」
菊池さんが、コーヒーを飲みながら目を細める。
「いい音じゃないか」
「本当にねえ。琴音ちゃんがピアノを弾いてると、なんだか安心するわ」
前田さんが、微笑みながらカップを置く。
「やっぱり、この店の音ね」
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「……へえ」
カフェの入り口に、天音の姿があった。
彼女は、じっとピアノを見つめたまま、小さく笑う。
「今の音、すごくいいね」
琴音は、一瞬だけ演奏を止め、天音を見る。
「……そんなに変わりましたか?」
「うん。最初に聴いたときは、どこか迷ってる感じがした。でも、今は違う」
天音は、ホワイトボードに描かれた勿忘草のイラストを指でなぞりながら言った。
「ちゃんと、誰かに届く音になってる」
琴音は、その言葉を静かに噛み締める。
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カフェの隅で、静かにコーヒーを飲んでいた霧島秋人も、目を閉じて耳を澄ませていた。
「……なるほど」
琴音が奏でる音の変化に、秋人は確かなものを感じ取っていた。
遥が、ふと秋人に声をかける。
「どうですか?」
「いい音です」
秋人は、静かにカップを置いた。
「以前よりも、ずっと優しくなった。あなたの音には、確かに“想い”がありますね」
琴音は、その言葉を受けながら、鍵盤に視線を落とす。
(私は……今、どんな想いで弾いていたんだろう)
遥が、自分のために弾いてほしいと言ってくれたこと。
それが、こんなにも嬉しかったなんて——
(遥さんは、私の音をちゃんと聴きたいと言ってくれた)
それが、こんなに心を満たすなんて。
琴音は、そっと微笑みながら、再び指を動かした。
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