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指先に宿る記憶

いろんな人に見てもらいたいため、投稿時間を実験的に20分ずらしました。

今までの定期的に見てくださった方々にはご不便おかけしますがご了承くださいませ。

閉店後のカフェ ミルテ。


店内は、日中の喧騒が嘘のように静まり返っていた。


カウンターの片付けを終えた琴音は、ふと奥のピアノに目を向ける。


古びたアップライトピアノ。


長い間、蓋を閉じたままのそれは、店の片隅で静かに佇んでいる。


天井のランプの光を受けて、くすんだ木目が鈍く光っていた。


(……ずっと、このまま)


そう思いながらも、足が自然とピアノの方へ向かっていた。


歩くたびに床が微かに軋む。


ゆっくりと、その前に立つ。


(最後に触れたのは、いつだっただろう)


思い出そうとすると、どうしても母の面影が浮かぶ。


小さな頃、母と一緒に連弾した記憶。


ピアノの横には、いつもコーヒーの香りが漂っていた。


「次は、あなたの好きな曲を弾いてみて」


あの温かい声が、遠くから聞こえてくる気がする。


——指先が、鍵盤へと伸びる。


けれど、その寸前で止まる。


「……」


触れたら、何かが変わってしまう気がした。


まだ、心の中で整理がついていない。


(……今は、まだ)


琴音は、そっと手を下ろした。


背後で、小さな物音がした。


振り返ると、遥がカウンター越しにこちらを見ていた。


彼の手には、さっきまで拭いていたグラスが握られたままだった。


目が合う。


彼は、何も言わなかった。


ただ、静かに、琴音の仕草を見つめていた。


「……片付け、終わりました」


琴音は、何事もなかったかのように言う。


「そうですか。じゃあ、そろそろ帰りましょうか」


遥も、それ以上は何も言わなかった。


けれど、琴音の心には、小さな余韻が残っていた。


それは、ピアノの弦が震えたかのような、かすかな響きだった。

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