すれ違う時間、気付き始めた想い
昼下がりのカフェ ミルテ。
ランチの忙しさもひと段落し、穏やかな時間が流れていた。
遥は、テーブルを片付けながら、ふと琴音の視線を感じた。
彼女はカウンター越しにこちらを見つめていた。
「潮見さん、最近、全然顔を見せませんね」
拗ねたような口調。
遥は驚いて、思わず手を止めた。
「……え?」
「いえ、別にいいんですけど」
琴音は、カップを磨きながら、どこか素っ気なく言う。
「忙しいのはいいことですけど、ちょっとくらい顔を出してくれてもいいのに」
遥は、少しだけ苦笑する。
「いや……顔は出してるつもりなんですけど」
「閉店後、最近はすぐに帰ってしまいますよね?」
彼女の言葉に、俺は軽く息をのむ。
(……気づいてたんだ)
「前は、片付けのあと、少しくらいおしゃべりできたのに」
琴音はそう言って、指先でカウンターをなぞる。
まるで、昨日、閉店後に一人でそこに座っていたときのことを思い出しているように。
「……俺がいないと、寂しいですか?」
思わず、軽く冗談めかして言ってみた。
琴音は一瞬きょとんとして——
「……さあ、どうでしょう」
そう言いながら、少し頬を膨らませて目をそらした。
(これは……拗ねてる、のか?)
普段の琴音さんとは違う、その仕草が妙に可愛らしく思えた。
「……まあ、もう少しだけ、お店にいるようにしますよ」
遥がそう言うと、琴音は静かに微笑んだ。
「……それなら、良かったです」
カウンターの向こうで、彼女の指先がそっとカップの縁をなぞる。
その仕草は、どこか嬉しそうだった。
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カフェ ミルテの昼営業が落ち着き、琴音はカウンターで一息ついていた。
(……潮見さん、最近何をしているんだろう)
彼はいつも通り働いているけれど、以前よりもどこか忙しそうで、閉店後もすぐに帰ってしまうことが増えた。
少しずつ気になってはいたが、本人に直接聞くのも気が引ける。
(……別に、詮索するつもりはないけれど)
「琴音ちゃん、今日もいいお天気ね!」
突然の快活な声に、琴音は軽く肩を揺らした。
「……海歌さん?」
振り向くと、赤いポニーテールを揺らしながら、汐留 海歌がカフェに入ってくる。
「よっ! 今日はちょっと時間があったから顔出しにきたよ」
彼女はカウンターに腰を下ろし、いつものように陽気に笑う。
「ねえねえ、最近、遥って何してんの?」
琴音は、一瞬言葉に詰まった。
(……海歌さんも、そう思ってたんだ)
「……潮見さんが、ですか?」
「そうそう! なんかさ、朝早く出ていくし、夜は遅く帰ってくるし。バイトの時間、変えた?」
琴音は、カウンター越しに彼女の顔を見つめる。
「いいえ。ここでのシフトは変わっていません」
「ふーん? ……あいつ、なんかコソコソしてない?」
海歌がからかうように笑いながら言う。
(……コソコソ)
その言葉に、琴音の胸の奥で小さな違和感が広がる。
「でも、遥ってさ、不器用な割に一生懸命なとこあるじゃん?」
海歌はカウンターに肘をつきながら、ニヤリと笑った。
「……もしかして、琴音ちゃんのために何かしてるんじゃない?」
「え?」
琴音は、思わず目を瞬かせる。
「だって、ほら……遥って、そういうとこあるでしょ?」
海歌の言葉に、琴音は思わず遥の姿を思い浮かべた。
(……私のために?)
それは、考えもしなかった発想だった。
潮見 遥が、自分のために何かをしている。
(そんなこと、あるのだろうか)
けれど——
「……忙しいのは、いいことですけど」
昨日、自分が言った言葉が、頭の中でふと蘇る。
(私、本当は……何を期待してるんだろう)
琴音は、小さく息をついて、静かにカップを拭いた。
「……潮見さんが何をしているのか、私にはわかりません」
「そっか。でも、気になってるでしょ?」
海歌は、からかうようにウィンクをする。
琴音は、ふっと目を伏せた。
(……気になって、いるのかもしれない)
でも、それを認めるのは、少しだけ恥ずかしかった。




