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相談と決意

カフェの休憩時間。


遥は店を抜け出し、ふと海沿いを歩いていた。


(琴音さんのために、僕にできること……)


ピアノの調律には費用がかかる。


それをどうにかするには、何か手を打たないといけない。


考え込んでいると、ふと見覚えのある姿が視界に入った。


「……霧島さん?」


「やあ」


秋人は、海を眺めながら静かに微笑んだ。


「今日はお一人ですか?」


「ええ、少し考え事をしてて」


遥は、ためらいながらも切り出した。


「実は……琴音さんのことで」


秋人は、遥の言葉を聞きながら、興味深そうに眉を上げた。


「彼女のピアノのことですか?」


「……どうして、それを?」


秋人は、軽く笑う。


「潮見さんが彼女のことを気にしているのが、よくわかるので」


遥は、少し戸惑いながらも話を続けた。


「琴音さんが、ピアノに向き合うきっかけを作れたらと思って……でも、長い間弾いていないし、調律も必要だろうから」


秋人は、しばらく黙って考え込む。


そして、ぽつりと言った。


「……彼女のお母さんも、ピアノの調律にはこだわっていましたよね」


「……?」


遥は、その言葉に引っかかる。


「霧島さん、どうして琴音さんのお母さんのことを?」


秋人は、ふっと遠くを見るように微笑んだ。


「……以前、少し話を聞いたことがあって」


また、その曖昧な言い方。


でも、確かに彼は琴音の母のことを知っている。


遥は、それ以上は詮索せずに、話を戻すことにした。


「調律をするにも、費用が必要ですよね」


「そうですね。でも、それが潮見さんの本当にしたいことですか?」


「え?」


秋人は、遥をじっと見つめた。


「ただ調律するだけじゃなくて、"琴音さんが弾きたくなるような理由"を作らないと」


遥は、その言葉に少し考え込んだ。


(琴音さんが……弾きたくなる理由)



---


カフェに戻り、次に向かったのは——菊池さんだった。


ちょうど休憩がてら店に寄っていた彼は、遥の話を聞きながら腕を組んだ。


「ほう……琴音のために、か」


「ええ。何かできることがあればと思って」


菊池さんは、じっと僕の顔を見てから、ふっと笑う。


「なら、漁の手伝いでもするか?」


「漁、ですか?」


「ああ。しらす漁のシーズンじゃねえが、今は観光船をやってる。臨時で手を貸してくれるなら、それなりに稼げるぞ」


遥は、その提案にしばし考え込む。


(……やるしかないか)


「お願いします」


菊池さんは、満足そうに頷いた。


「いい心意気だ」


こうして——


僕は、琴音さんのために動き始めた。



---


夕方、カフェ ミルテのテラス席。


遥は、観光船のバイトの話を受けた帰りに、ふと店に立ち寄った。


すると、秋人が静かにコーヒーを飲んでいた。


「また来られたんですね」


声をかけると、秋人は微かに笑う。


「ええ。ここは落ち着くので」


遥も向かいに座る。


しばらく無言の時間が流れた後、俺は口を開いた。


「……琴音さんの母親のこと、本当に"少し話を聞いただけ"なんですか?」


秋人の指が、コーヒーカップの縁をなぞる。


「どうしてそう思います?」


「琴音さんの母がピアノを弾いていたこと、調律にこだわっていたこと……」


遥は、秋人の目を見据えた。


「それを知っているのは、"少し聞いただけ"の人の知識じゃない気がします」


秋人は、穏やかな笑みを浮かべながら、静かに目を伏せた。


「……なるほど、潮見さんは勘が鋭い」


そう言うと、秋人はゆっくりとコーヒーを口に運ぶ。


「私は旅をしています。色んな街を巡り、色んな人の話を聞く」


「……」


「その中で、琴音さんのお母さんについて"耳にしたことがある"というのは、本当のことですよ」


秋人は、それ以上は何も言わなかった。


けれど、その言葉には、どこか含みがあった。


(やっぱり、知っている……)


遥は、何かを掴みかけたような気がしながら、次の言葉を探した。


「琴音さんの母は……どんな人だったんですか?」


秋人は、しばらく考えるように沈黙した後、静かに答えた。


「……音楽を愛していた人でした」


その言葉に、俺ははっとする。


「音楽を?」


「ええ。少なくとも、"音"に対して真摯だったことは間違いありません」


そう言って、秋人はカップを置いた。


「ピアノの音が、"生きているもの"だと信じていた人だったと思います」


遥は、その言葉を反芻する。


"ピアノの音が、生きているもの"——


それは、琴音さんがピアノを弾かなくなった今、どう響くのだろうか。


「彼女の母が好きだった曲も、そんな"生きた音"を持っていましたよ」


秋人の言葉に、僕は少し驚く。


「琴音さんの母の好きだった曲?」


秋人は、それには答えず、ただ静かに目を伏せた。


(……この話の先は、琴音さんから聞くべきなんだろう)


そう思いながらも、僕の中には新たな疑問が生まれていた。


(琴音さんが、本当に弾きたい曲って何なんだろう?)


誤字脱字等ありましたら、報告くださると助かります。

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