いつの間にか、そこに居る存在
夕方のカフェ ミルテ。
いつものように、常連客たちがゆったりとした時間を過ごしている。
琴音は、カウンターの奥でコーヒーを淹れながら、ふと視線を動かした。
(……潮見さん)
彼は、窓際の席で、常連客と軽く言葉を交わしていた。
静かに微笑みながら、穏やかな声で話している。
それは、この店に馴染んだ光景だった。
(……もうすっかり、この店の一部になっている)
琴音は、静かにそう思った。
最初は、彼がここにいること自体が不思議だった。
でも、今は——いないことの方が不自然に感じる。
「店長さん?」
声をかけられ、琴音は軽く瞬きをした。
「すみません。少しぼんやりしていました」
「珍しいですね、琴音さんがそんな顔をするなんて」
遥が、ふとこちらを振り向いた。
(……)
琴音は、一瞬だけ視線を逸らした。
(今、私……潮見さんを目で追っていた?)
自分の動きに、少しだけ戸惑う。
「……すぐに持っていきますね」
そう言って、琴音は静かにコーヒーカップを手に取った。
指先に伝わる、ほのかな温もり。
(なぜ、今、潮見さんのことを意識したのだろう)
それが「何なのか」、まだわからないまま、琴音は静かに微笑んだ。
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閉店間際のカフェ ミルテ。
琴音は、静かに店内を片付けながら、カウンターの向こうにいる遥をちらりと見た。
彼は、使い終わったカップを拭きながら、穏やかな表情をしている。
特に意識して見ていたわけではない。
ただ、気づけば目が向いていた。
(……どうして?)
最近、遥の何気ない言葉が頭に残ることが増えた。
例えば——
「琴音さんが弾いたら、どんな音がするんでしょうね」
ふとした一言が、妙に心に残っている。
(どうして、私はこの言葉を何度も思い出してしまうの?)
彼の仕草。
彼の穏やかな声。
彼の、ふと見せる真剣な表情。
どれも、以前はただ「この店の一員」として認識していたはずなのに。
最近、それが少しだけ違って見える気がする。
(私……潮見さんのことを、どう思っているんだろう)
自分の胸の中にある感情が何なのか、まだはっきりとはわからない。
ただ、確かなのは——
彼の存在が、以前よりも近くなっているということ。
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