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支える手と、支えられる時間


昼下がりのカフェ ミルテ。


店内は穏やかな時間が流れ、琴音がカウンターでコーヒーを淹れ、遥はホールの仕事をこなしていた。


客の様子を見ながら、静かに店内を歩く。


前田さんがプリンを楽しみながら、菊池さんが新聞をめくる。


いつもの光景。


けれど、その静寂を破るように、カチャリと不穏な音が響いた。


「……あれ?」


琴音の小さな声。


遥が振り向くと、彼女がレジの前で困ったように立ち尽くしていた。


「どうかしました?」


遥が近づくと、琴音は少しだけ目を伏せる。


「……レジが開かなくなりました」


「レジ?」


遥が覗き込むと、確かにディスプレイにエラー表示が出ている。


「エラーコードが出てるみたいですね」


琴音は、少しだけ頬を染めながら、小さく息をついた。


「最近、たまにこうなるんです。でも、いつも何とかして開けてました」


「どうやって?」


「……叩いたり、揺らしたり」


「ええ……」


思わず苦笑する。


琴音の意外な一面を知るたび、どこか可愛らしく思えてしまう。


「ちょっと見せてください」


遥はレジの端を指で軽く押しながら、エラーコードを確認する。


(たぶん、内部の機構が引っかかってるだけだな……)


遥は、琴音の代わりにレジの端を軽く持ち上げ、小さく振る。


すると、カチャという小さな音がして、ディスプレイのエラーが消えた。


「よし、これで大丈夫なはずです」


琴音は、少し驚いたように俺を見る。


「……どうして直せるんですか?」


「前に似たようなレジを触ったことがあるんです」


「そうなんですね」


琴音は小さく頷きながら、レジのボタンを押す。


カシャン


無事に開いた。


「……助かりました」


琴音は、小さく微笑みながらレジを閉じる。


「潮見さん、こういうの、得意なんですね」


「まあ、得意ってほどじゃないですけど、困ってるなら手伝いますよ」


「……ありがとうございます」


琴音の声は、いつもより少しだけ柔らかかった。



---



レジのエラーが解決したのも束の間。


今度は、店の奥の方からドンッという音がした。


「……あれ?」


遥と琴音が顔を見合わせる。


「ちょっと見てきます」


遥が奥のストックルームへ向かうと、そこには崩れたダンボールの山があった。


「おっと……」


どうやら、上に積んでいた備品の箱がバランスを崩して落ちてしまったらしい。


「琴音さん、大丈夫ですか?」


琴音も後ろからついてきて、小さくため息をつく。


「また崩れてしまいました……」


「また?」


「ええ。積み方が悪いのか、たまにこうなるんです」


遥は、崩れたダンボールを見ながら、少し考える。


「琴音さん、これ、奥の壁に寄せて積んだほうがいいですよ」


「……どうしてですか?」


「壁を支えにすれば、崩れにくくなるのと、出し入れしやすくなるので」


遥は、崩れた箱を整理しながら、積み直していく。


琴音は、その手つきをじっと見ていた。


「……潮見さんって、器用ですよね」


「いや、そんなことないですよ」


「いいえ。とても助かります」


琴音は、ふっと小さく微笑んだ。


「これまで、こういうことは全部ひとりでやっていたので」


「ひとりで?」


「ええ。だから……誰かにこうやって助けてもらえるのは、不思議な感じがします」


遥は、その言葉に少しだけ驚く。


琴音は、店のことをすべてひとりで抱え込んでいたのかもしれない。


だからこそ、遥がここにいることで、彼女の負担を少しでも軽くできたなら、それは意味のあることなんじゃないかと思った。


「これからは、困ったら俺に言ってください」


遥がそう言うと、琴音は少しだけ目を瞬かせた。


「……潮見さんに?」


「ええ。レジでも、荷物の整理でも、何かあったら俺に頼ってください」


遥はダンボールの位置を整えながら、静かに言葉を続ける。


「琴音さん、一人で何でもやろうとしすぎですよ」


琴音は、少しだけ視線を落とす。


「……そう、でしょうか」


「そうですよ。今回みたいに、ちょっとしたことでも誰かが手伝えば、楽になることってありますよね?」


琴音は、しばらく何かを考えるように、カウンターの縁を指でなぞった。


「……そうかもしれません」


ふっと、目を伏せる。


「でも、私はずっと、一人でやってきましたから……誰かに頼るというのは、少し慣れなくて」


「だったら、慣れていきましょう」


遥は微笑みながら、崩れた荷物を整え終える。


「俺はここにいるんですから」


琴音は、遥の言葉にふっと息をつく。


そして、カウンターの奥から、静かに声を漏らした。


「……はい」


小さな声だったけれど、その響きはどこか温かかった。



---



それから、少しずつ琴音が遥に仕事を頼むことが増えた。


「潮見さん、コーヒー豆の在庫を確認してもらえますか?」


「了解です」


「今日のおすすめ、何にするか一緒に考えてもらえますか?」


「もちろん」


最初は遠慮がちだった彼女が、少しずつ遥に頼るようになっていく。


それが、妙に嬉しかった。

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